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11 自称天才、バカな集団と出会う


 標高四千メートルもある高い山、タッカイ山をジニア達は登る。

 山頂に生えるカタストロフ草を手に入れるため、ジニアとネモフィラはダスティアの戦士三人に同行させてもらっていた。そして……完全に足を引っ張っていた。


「うえっ、えええっ、もう、もう限界だあ」

「もうダメだあ、おしまいだよぉ」


「……体力ないね二人共」


 疲れ果てた二人は足を止め、雪道に両膝を突く。

 現在居るのは標高二千八百メートル地点。

 まだまだ山頂までの道のりは長い。

 早くもヒガは二人の同行を進言したことを後悔していた。


「……お前、飛べばいいじゃん」

「魔術使えるってバレたくないの」


 飛行魔術を使えばジニア一人楽出来るが、やらないのにも理由がある。

 魔術、この時代では奇跡と呼ばれる力が使えると知られれば、ダスティアに勧誘される可能性が高くて面倒だからだ。ヒガには既に知られているが、彼には理由を話して内緒にするよう頼んである。


 バレない程度に浮いて進む手段もあったが雪道では不可能だ。

 歩けばくっきり雪に残るはずの足跡が浮いていては残せない。

 誰かに足下や後ろを見られれば違和感を持たれ、浮遊に気付かれる可能性がある。

 最初ジニアは深く考えず僅かに浮いて進もうと考えていたが、ヒガからの意見でバレる可能性に気付かされた。そのため今はネモフィラと一緒に苦労して歩いている。


「ヒガ三等兵、なぜ足手纏いを連れて行きたいなんて言ったんですか」


 中性的な顔のノッコルがヒガに鋭い視線を向けた。


「い、いやあ、まさかここまで体力がないとは思わなかったんだよ」


「素人を連れていくのは良くないぞヒガ。……でもこの二人可愛いから許す」


「許さないでくださいシヌワ二等兵。素人の同行なんて損が大きすぎる」


「だがもう連れて来てしまった。今更何を言っても遅いだろう」


 素人と言っても山登りの素人だ。魔族との戦闘は問題ないと伝えているので、山登りだけで足手纏いと判断された。ノッコルの発言は何も間違っていない。まだ山頂までの道が半分以上残っているのに疲れ果てているのだから当然である。普通の村人でももう少し歩ける。

 立ち止まっているとシヌワが「む」と小さな声を上げて左前を指す。


「あそこに洞窟がある、一休みしていこう」


「そうですね。このまま休憩なしで進んだらジニアさんとネモフィラさんが倒れ……いえ既に倒れている。山頂まで二回か三回、洞窟を見かけたらそこで休憩しましょう」


 シヌワの提案に乗ったノッコルがネモフィラを、ヒガがジニアを洞窟へと運ぶ。

 倒れたとはいえ意識があった二人は「ありがとう」と礼を言う。


 休憩のために入った洞窟はあまり深さがなかった。

 精々十五メートルしか奥行きがないが、休憩ならそれくらいの広さで十分だ。

 冷気は入ってくるが外に居るより寒さは軽減される。


「今火を起こすから待っていてね」


 寒い場所で休憩するのなら体が温まるように火は必須。

 ヒガが懐から取り出したのは火を起こすために使う――木の道具。

 加工された木の杭が木板に刺さっており、杭を高速で回転させる摩擦熱で火を起こすものだ。


「なんて原始的な。そんなんで火が付くわけ?」


「またジニアは訳が分からないことを言って。一般的な火起こし棒じゃないか」


「……火起こし棒って名前すら初めて聞いたよ」


「おいおいどうしたんだジニアあああ、火起こし棒は一般的だろお?」


 ネモフィラが左手でジニアの肩を掴み、全力で握る。

 強烈な痛みから早く解放されたくて「よく思い出せば一般的だねえ!」と叫ぶ。

 そんなやり取りをシヌワやノッコルは不思議に思いつつ、火起こし棒での着火を手伝う。

 慣れた作業なので短時間で火が着き、息を吹いたりして大きくしていく。


「シヌワ二等兵、ノッコル三等兵、この場所ちょっとおかしくないですか?」


 全員で温まっていた時、ヒガが周囲を見ながらそう言った。


「気付いたか。自然に出来た洞窟ではないだろう。恐らく何者かが強引に掘ったな」


「ええ、最近開発に成功した爆弾でも使ったのかもしれません。壁が焦げています」


「でも爆弾が世に生まれたのはつい最近ですよ。今はダスティアや軍しか取引していないし数も少ないはず。一般人が持っているとは考えづらいですよね」


「……山頂まで何事もなければいいが」


 体は温まるのに心には不安が広がる。

 休憩は二十分で終わらせ、ジニア達は先を進む。


 再び歩き始めて四時間。疲労しては休憩を繰り返すこと二回。

 山頂まであと三百メートルというところの現在、さらにもう一回の休憩を取るため洞窟に入った。

 最後になるだろう休憩場所となる洞窟も最初の休憩場所と同じで壁が焦げている。


「ここもか。道中休憩した洞窟の壁も焦げていたし、やはり人の手によって作られたな。何のためにかは分からないが」


「登山の休憩場所が欲しかったんだよきっと。私達みたいに」


 シヌワの発言にジニアがそう答えながら壁際に座る。

 わざわざ山肌を破壊して穴を作る目的としては納得出来なくもない。

 ただ、問題なのはそんなことが出来る人間の正体。

 爆弾かそれに近い威力の何かを所持している者で、何らかの理由でわざわざタッカイ山の山頂まで登ろうとした。口には出せない不気味さが情報から出ている。


「そういえばヒガは三等兵でシヌワさんは二等兵だっけ? ダスティアに階級とかあるんだね」


「そうだね。下から三等兵、二等兵、一等兵。僕はあまり階級に興味ないけど給料のためだったり、強い魔族を討つ仕事を受けたかったりする人は階級を上げたいみたい」


 新人はどんなに強い人間でも三等兵。

 一定数の魔族を討伐したら二等兵。

 称えられる程の功績を残したら一等兵。

 階級が上になる程に給料が上がり、厳しい仕事が与えられる。

 一応ダスティアも組織なのでそういった所はきちんとしている。


「ノッコルはもうすぐ二等兵になれるな。今日の仕事が終わったら昇級するんじゃないか?」


「……ええ、まあ」


 苦笑して答えるノッコルはシヌワから目を逸らす。

 奇妙な反応を見てネモフィラは「ダスティアにも色々あんだなー」と呟く。


「さて、もうすぐ山頂だ。山頂には魔族が……いる」


 シヌワが当然のことを言うので全員が頭に疑問符を浮かべた。


「あったりまえじゃんシヌワさん。魔族倒すために山登っているんでしょ」


「いや違う。いる、奥に人間がいるぞ!」


 シヌワが洞窟奥を指すので全員が注目すると、洞窟奥には四人の男女が座り込んでいた。光があまり届かない薄暗い場所だったのと、物音一つ立てていなかったので今まで誰も気付けなかった。


 男女四人は異常な程に体を震わせている。

 震えの原因は寒さだろう。四人の服装を見てもそれは明らかだ。

 男性二人は半袖短パンの少年スタイル。女性二人はビキニのみの露出スタイル。

 普通気温が低い場所に行くなら温かい服を着込むはずなのに四人はその真逆。雪山の登山には全く適していない。


「何だこの人達、雪山の登山を舐めているとしか思えない! 凍死寸前じゃないですか!」

「本当だ。遭難者か?」

「盗賊にでも盗まれたんじゃねえか、服」


「ノッコルの言う通りこのままじゃ凍死する。火や人肌で温めてやろう。ジニアとネモフィラは女二人を頼む。男二人は我々で温める」


 シヌワの提案により同性同士で密着して温めることになった。

 こっそりとジニアは三級炎魔術〈熱気(ヒ・エア・ネツキ)〉を、ネモフィラは熱気を出す魔道具を使う。低気温の雪山で二人が平気な顔をしていられたのは、魔術や魔道具で自分を温める手段があるからだ。

 女性二人が早めに回復して「ありがとう」とか細い声で礼を言う。


「おお喋れるようになったか。俺はダスティア所属、二等兵のシヌワ。お前達はいったい誰だ、何があったんだ? 辛いだろうがゆっくりでいいから話してくれ」


「私達は……カタストロフ草を欲して、登ってきた。クサウリにはなかったから、原産地に行くしかなかった。……登ったはいいが、あまりの寒さに凍えている。私達にはカタストロフ草が……必要だ。いくら寒くても、手に入れなければならない」


「服はどうした。もっと暖かい服はないのか?」


「ないし着ない。私達はオルンチアド。着るのはいつも、若く見えそうな服だ」


 盗難被害に遭ったわけでもなければなくしたわけでもない。ただの馬鹿げたプライドとアイデンティティのために雪山で寒い服装をしていた。理由を聞いてジニアは「うわあ、バカがいるよ」と引き、他の人間は掛ける言葉を失う。


(何だ……何か、引っかかる。こいつらはいったい何なんだ)


 ネモフィラだけは若い男女から何かを感じ取っていた。

 必要と言うばかりでカタストロフ草を求める理由が分からない。

 カイメツ村では料理に使われていたし料理目的なのかもしれないが、こんな高い雪山まで登る程に手に入れたいものだろうか。全てに納得するための情報がまだ不足している。


「どうしますかシヌワ二等兵、このバカ集団」


「ふむ、放ってはおけないな。君達、カタストロフ草は俺達が手に入れてくるから村まで下りてくれないか。横取りなんてしないから大丈夫だぞ」


 女性の一人が「……本当?」と訊いたのでシヌワは頷いて肯定する。

 バカ集団は村まで下りることを承諾し、四人だけでは不安なので村まではノッコルが同行することになった。ノッコルはカイメツ村出身であり、雪山で非常事態が発生した時に一番対処しやすい人間。彼なら荷物が多くても無事村まで帰れるという判断だ。


「それじゃあノッコル、頼んだぞ。魔族討伐は俺達に任せておけ」


「分かっています。人命救助もダスティアの仕事ですしね。戻ったら温かいスープでも用意しておきましょう」


 ノッコルとバカ集団が山を下り、ジニア達は休憩を終わりにして先へ進む。

 山頂近くで休憩を挟んだおかげで、体力の消耗は少しで山頂まで辿り着けた。

 山頂には黒い葉が数多く生えていたことから、おそらくそれがカタストロフ草だとジニア達は察する。

 早速採りたいところだが、カタストロフ草は守るように魔族が一体立っている。


 白熊のような獣型魔族の体のあちこちに灰色の体毛が生えている。びっしり生えているわけではなく毛と毛の間に隙間が開いていた。隙間なく生えていれば灰色の熊のようなものなのに、毛の位置も長さもバラバラなせいで不気味な外見だ。


「あれね、知性のある魔族ってのは」


「そのようだ。ジニアとネモフィラは下がれ、俺とヒガで奴を殺す。……格好いいところを見せなければ」


「魔族殺す魔族殺す魔族殺す魔族殺す魔族殺す」


「うおっ、何だこいつ急にどうした!?」


 シヌワとヒガが前に出て剣を構える。

 異常なヒガの変わり様を初見のネモフィラは驚いているのでジニアが解説した。

 彼は故郷を魔族に破壊された影響で魔族を憎んでおり、見た途端に心を憎悪に支配されてしまう。つまり彼は敵を目にした途端、魔族絶対殺すマンに変化するのだ。


「……だ、誰、だ? お、前、達、は?」


 全員が戦慄する。今喋ったのは人間ではない、目前の魔族だ。

 事前に情報を聞いていたとはいえ半信半疑だったので今事実と悟る。

 恐怖で錯乱した村人が聞いた幻聴ではない。

 魔族が人間の言葉を理解して喋っている。


「俺達はダスティア。魔族である貴様を討ちに来た」


「余所、者。カタ、ス、トロ、フ草。わ、たさ、ない」


「……会話が成立しない。知能が高いわけではないのか? いや、余所者という言葉からして我々を正確に認識している? 我々が余所者ということは」


「シヌワ二等兵! 魔族殺す、喋ったとしても魔族殺す! 魔族殺す関係ない! 魔族殺すでしょ魔族殺す!」


 魔族ともヒガとも会話は成立しないせいでシヌワは戸惑う。

 後方待機する二人はヒガの発言を聞いて「どっちも同じじゃん」と呟きを漏らす。

 戸惑っていたシヌワは静かに深呼吸して心の中から迷いを消す。


「許せ名も知らぬ魔族よ。俺達は……貴様を斬る!」


 シヌワとヒガは疾走して剣を振るう。

 二人の剣が魔族の体を切り裂くが絶命には程遠い。

 赤い鮮血を噴出する魔族は長い爪を武器に二人と戦った。


 戦闘を見守っているジニアは熊のような魔族の動きに違和感を抱く。

 攻撃も防御も、動き全てが人間臭い。今まで見たり戦ったりしてきた相手、知性の欠片もない力任せな魔族の戦い方とは明らかに違う。人間が変化した姿の可能性が高いと知っていなければ戸惑っていた。


 しかしジニアは知っている。知ってしまっている。

 格闘技のような戦い方をする目前の魔族が元は人間であるかもしれない。

 情報を持つせいか、ジニアの目には人間同士が戦っているように映った。そんな風に映ったからか魔族が息絶えた時、普通なら喜んだり安堵する瞬間に胸が痛んだ。


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