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10 自称天才、再会する


 魔族化現象を引き起こす魔族はこの時代で珍しい。

 存在を知る者が少ないその能力を持つ魔族を利用していると思われるのが、クスリシ村を襲撃した何者か。つまり同一人物かもしくは関係者がカイメツ村に立ち寄ったかもしれない。


「いきなり現れたんですか?」


「ええ、最近突然。襲われたのか草を育てていたウッカさんも行方不明になってねえ。本当に怖いわあ。だからあなた達は討伐が終わるまで近付いちゃダメよお」


「討伐って、いやいや危ないだろ。ただの村人が魔族と戦うつもりか?」


「いえいえまさかまさかあ、戦うのは専門家ですよお。村長がダスティアに依頼をして戦士さんに来てもらったの。きっとすぐ倒してくれるわあ」


 ジニアは「……ダスティア」と呟く。

 いずれ滅びてしまう魔族討伐組織の名前だ。魔術が使えない集団だし、未来で魔族に敗北するのを知るジニアとしては不安しかない。下手したら来た戦士も村人も殺されてしまうのではと思ってしまう。


「ダスティアっていやジニア、お前の知り合いも所属しているんだよな。案外また会えたりしてな」


「あーヒガか。ないない、そんな偶然あるわけないって」


「ま、何にせよ戦士様には頑張ってもらわねえとな。魔族を処理してもらわなきゃカタストロフ草が手に入らんわけだし。もう来てるなら数日で片付くだろ」


「そうねえ、早く魔族を討伐してもらわないと私達も困るわあ」


 魔族討伐専門家ならと村人達は安心しきっている。

 仮にダスティアの戦士が負けてしまったら村人達はどうなるだろうか。

 敵の行動にもよるが殺される可能性は高い。ダスティアの戦士が次に送り込まれる前に事態は悪化してしまう。ダスティアについてジニアは滅んだ事実しか知らないためあまり信用出来ない。


「あ、そうだ。二人共お腹空いていない? 私でよければ何か作るけどお」


 ジニアとネモフィラの腹から丁度いいタイミングで音が鳴った。

 二人は羞恥に襲われて俯き、顔を若干赤くする。


「ふふっ、お腹空いているみたいねえ。よーし、お姉さんが料理を振る舞っちゃおーう」


「ありがとうございますトーメルさん。とびっきりの美味しい物をお願いします」


「図々しいな。すみません、適当でいいんで」


「任せておいてー。カイメツ村の伝統料理、食べさせてあげるわあ」


 トーメルは立ち上がりキッチンで料理を始めた。

 手際よく作られる料理に入れられるのは野菜、肉、そして草。


 笑顔で「はいかんせーい」と言いながら運ばれてきた料理の見た目は非常に美味しそうだった。ローストチキン。野菜スープ。野菜炒め。食べられるとはいえ草入りとは思えない見た目だ。


 食卓の席に着くジニア達は料理を食べ始める。

 ローストチキンをナイフとフォークで一口サイズに切り分け、一欠片を食べたジニアとネモフィラはついつい頬が緩む。中に封じ込められた旨味が舌の上で広がっていく。


「美味いなあ、この肉。よかったなジニア」


「天才の私の推理によれば、これはカイメツ村の伝統料理だね」


「……嘘。なんで、分かったの?」


「いや、さっきトーメル自身が言ったろ」


 柔らかい肉を堪能した後で野菜炒めに手を出す。

 絶妙な塩胡椒の味付けはシンプルなのに、いやシンプルだから美味しい。

 満足して食べ進めるネモフィラはふと、見慣れない野菜があるのに気付く。


「なあトーメル、この野菜って名前何? 見たことがねえんだが」


「ああ、それですかあ。ホロビ草という野草ですよお。体の悪い部分を滅ぼしてくれるんです」


「へえー、凄いな。じゃあこっちの黒い野菜……これも野草か?」


「それはカタストロフ草ですねえ」


「へえ……聞き間違えたみたいだ。もう一回言ってくれ」


「カタストロフ草ですねえ」


「聞き間違いじゃねえ! 何で料理に使っちまってんだよ!?」


 現代では絶滅して絵でしか見たことがないからネモフィラは気付けなかった。いや、知っていても切って炒められたら分からなかったかもしれない。まさか探し物が料理の具材に使われるなんて思いもしなかった。


「何怒ってんのネモフィラ。食事中に行儀悪いよ」


「何でお前は冷静なんだよ! オレ達が探していた物が炒められて腹の中に入っちまったんだぞ!? これさえあれば山頂まで取りに行く必要ないってのに!」


 ジニアが冷静でいられたのは話を聞いていなかったので当然である。

 説明された後に今フォークで刺しているカタストロフ草を一瞥して、事態を把握したジニアは全身から発汗した。その取り乱しようにネモフィラは「おせえよ!」と叫ぶ。


「トーメル、まだカタストロフ草を持ってるか!?」


「持って……ああ、スープに使ったのが最後だったわねえ」


「畜生! 贅沢に使いやがって!」


 トーメルの話によれば、カイメツ村ではカタストロフ草含めた野草を昔から食べていたらしい。薬草と似た効力に気付いた住民は、自分達の手で育てて数を増やし続けた……食べるために。

 その過去あって今でもカタストロフ草はカイメツ村の名物なのである。

 怒りながら野菜スープを飲んだネモフィラは「美味い!」と叫んだ。



 *



 複雑な気分で料理を完食したジニア達は気分転換のため外に出る。

 トーメルは申し訳なさそうにしていたが彼女を責める必要は……あるが、寝床も服も提供してくれた彼女は責めづらい。料理だって親切で作ってくれたのだ。うっかりどころではないミスはしたが、感謝の心は残っているので怒りをぶつけなかった。


 心のモヤモヤが消せないジニア達は村を歩く。

 寒い場所だというのに小さな畑があり、ボードショーツと白衣しか着用していない男性が出歩いていた。奇異な服装に興味が湧くジニアにネモフィラは「関わるな」と言い、村入口付近まで逃げる。


「ん? あれって」


 ジニアの目に三人の男性が留まる。

 民家の前に立つ三人のうち一人、赤髪の男の後ろ姿に既視感を覚えた。

 剣を腰に下げる彼等の服装は白いコートで統一されており、背中には剣を掲げる人間の絵が描かれている。


 立ち止まったジニアはネモフィラに「どうした?」と訊かれても頭に入って来ず、赤髪の男に向かって「うーん」と唸りながら歩いて行く。


「ねえ、もしかしてヒガじゃない?」


 振り向いた赤髪の男性は目を見開き「ジニア!?」と驚く。


「ジニア、ジニアじゃないか! 凄い偶然だな!」


「良かった合ってて。服が違うから分からなかったからさ」


「僕ずっと同じ服を着ていると思われてたのか」


 彼の名前はヒガ・イシャ。ジニアがこの時代で一時期共に旅をした仲間。

 ダスティアの支部に戻ると言った彼がカイメツ村に居るということは、例の魔族討伐に駆り出された戦士の一人ということになる。

 ジニアは自力でその考えに辿り着き、素直に再会を喜ぶ。


「おいおい、マジでお前の知り合いが来ていたのか?」


 ジニアを追ってきたネモフィラが驚いた様子を見せる。

 驚いているのは彼女だけでなく、ヒガと共にいる二人の男性もだ。


「ほう新人、女にうつつを抜かすとは……羨ましい」


「シヌワ二等兵、本音出てます」


「あ、ジニアに紹介するよ。この人達はシヌワ二等兵とノッコル三等兵。今は僕とチームを組んで魔族討伐しているんだ。シヌワさんは顔怖いけど優しい人だから安心していいよ」


 シヌワという男性は巨体に強面と他人が萎縮してしまう外見だ。戦士としては恵まれた体をしており、一般人が持ち上げられなさそうな大剣を背負っている。

 ノッコルという男性はシヌワと真逆で美男子。女性と言われれば信じてしまいそうなくらい中性的な顔立ちだ。武器はヒガと同じ長剣を腰に下げている。


「ジニアだったか? よろしく。……美少女と知り合いのヒガが羨ましい」


「シヌワ二等兵、モテない男の本音出ちゃってます。気にしないでくださいジニアさん」


「よろしくお願いします。ジニアです」


 自己紹介した後にヒガは「それで……」とネモフィラを見る。


「ああこの人はネモフィラ。今の私の仲間。私に次ぐ天才なんだよ」


「どうも、ネモフィラだ。訂正しておくが隣の奴は天才じゃなくて阿呆だ」


「何でそんなこと言うの!?」


 真実だからだが自称天才のジニアは受け入れられない。

 鬱陶しく「何でえ」と繰り返すジニアにネモフィラは「事実だから」と返す。


「再会は嬉しいけどジニア、君はこんな山の中腹で何をしているの? 僕は仕事だからだけど君は無職だろ」


 二人のやり取りに苦笑していたヒガが問う。

 無職なんて棘がある言い方に若干傷付きながらジニアは真剣な顔になる。


「ヒガ、話しておきたいことがあるの。……クスリシ村の件で」


 村の名前を出した瞬間、ヒガの顔が強張った。


「分かった、話を聞かせてもらう。すみません先輩、少し彼女と話をしてきます」


「ああ、好きにしろ。……俺も女の子とお話したい」


「シヌワ二等兵、ちょっとキモいです」


 ジニアはヒガと一緒にその場を離れ、一旦村の外に出た。

 誰にも聞かれないために山道を歩き村から離れる。

 僅かに歩いただけだが二人きりのその時間は空気が重苦しい。

 故郷であるクスリシ村の話題を出した時から、ヒガは魔族や黒幕への憎悪を抑えきれずに殺気を放出している。空気が重いのはそのせいだ。


「で、クスリシ村についての話って何?」


「別れてから私が手に入れた情報を整理した仮説を話したいの。まだ黒幕の存在は明らかになっていないけど、仮に魔族を利用している黒幕がいるとしたら村を襲撃した目的がある。目的はおそらく、クスリシ村に保管されていた秘薬の資料。不老になれる秘薬、マクカゾワールを手に入れたかったんだと思う」


「不老になれる秘薬……そんなものが村にあったって言うのか? 聞いたことないぞそんなの。本当にそんなものがあったのか?」


 ヒガが知らないのも仕方ない。村の倉庫は村人なら自由に入れたが、興味がなければ入ろうとも思わないはずだ。医者や薬師になりたいと夢見ない人間なら近寄りもしない。


 信じられないのも当然だ。不老なんて魔術が発達した現代でも非現実的な言葉。しかし、ありえないとされた時空を超える魔術が開発されたように、この世に実現不可能なことはないのかもしれないとジニアは思う。

 人間が想像出来ることは実現出来ると偉人の誰かも言っていた。


「薬が実在したのかはともかく、製造方法が載った資料は確かにあった。メモあるから見せるね」


 ジニアはマクカゾワールの効果、調合に使う材料のメモをヒガに見せる。

 メモに目を通すヒガは次第に顔が青ざめていき、呼吸が激しくなる。

 ジニアが「大丈夫?」と声を掛けると呼吸を整えようと必死になり、やっと落ち着いてから「大丈夫」と答えた。


「とりあえず信じるよ。何者かが薬の資料を狙い村を襲ったって仮説、矛盾はない」


「うん、私もこれしかないと思う。他に狙われるような物はなかったしね」


 過去にまで行って調べたのだから間違いない。

 クスリシ村には秘薬の資料以外に貴重な物は一つもない。

 納得いってもらえたのでジニアはヒガからメモを返してもらう。


「だから私、今はこのマクカゾワールって薬の材料を集めているの。材料集めの最中に敵と会えるかもしれないからさ」


「それだけ? 完成させて不老になろうって思っているんじゃないの?」


 真意を見定めるためにヒガはジニアをジッと見つめる。


「興味はあるけど不老にはならない。未来を救うために必要だから」


「……本当のことを喋るつもりはないわけか」


「本当だよ。約束したんだ、世界の未来を救うって」


「……まあいい。君なら悪用はしないだろ」


 最後まで目的に関しては納得してもらえなかった。

 世界だの未来だのを救うと言っても普通は信じられない。

 ヒガは未来の世界を知らないし、時空を超えられるなんて微塵も思っていない。

 彼にとって世界とは今。ジニアの発言は彼にとって冗談にしか聞こえなかった。


「君の目的はカタストロフ草だね、秘薬の材料の一つだから。手に入れるには魔族が邪魔だろ。丁度僕も仲間と山頂へ向かおうとしていた。早く手に入れたいなら、ジニアとネモフィラさんも同行してくれて構わないよ。もちろん戦えなんて言わないからさ」


「ほんと!? じゃあお願い、私達も一緒に行かせて!」


 ジニアはダスティアもそれに所属するヒガも信頼していない。

 魔族相手に敗北する組織と、それに所属する者。

 一緒に旅をして彼の実力は分かっているのに、未来知識があるせいで信頼出来ないのである。魔族相手に戦って死んでしまうのではという疑念が消えてくれない。


 同行の提案はジニアにとって好都合。

 ジニアは旅の仲間であった彼含めて出会った三人を守るつもりでいる。



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