第3話
翌日、太一はいつもの日常に戻ったが、心の奥底ではあのクロマニヨン人のことを考え続けていた。
「また会えるだろうか・・・」
太一にとって夢での出来事はとても大切な意味のある出来事のように思えて仕方なかった。
待てど願えどクロマニヨン人は一向に夢に現れない。
また出会えたら今度はこうしよう!ああしよう!と思う気持ちだけが募っていった。
そして、ついにその日がやってきたのだ。
半ばもう諦めかけていた太一は会えないもどかしさから深酒を煽り眠りについた。
どのくら時間が経ったであろうか?
気がつくとあの日来た大木の根元に座り込んでいた。
太一は「はっ!」と、なり顔を上げた。
するとりんごを大切そうに抱えながら心配そうに覗き込むクロマニヨン人と目があったのだ。
「クロちゃん!!」
思わず、大きな声でそう叫んでしまった。
太一はまた再会した時のために、彼にあだ名を付けていたのだ。
その大きな太一の声にクロマニヨン人は目を丸くして驚いていた。
そんな事にはお構いなく、今度は太一がクロちゃんとのコミュニケーションをとる方法を試行錯誤し始めた。
まずは、自分の名前を教えるところからだ。
太一は自分の名前「太一」を何度か繰り返し、自分の胸を指してみせた。
クロちゃんは真剣な眼差しで太一を見つめ、彼の言葉を真似ようとした。
しかし、クロちゃんにとって現代の言葉は全く新しく、彼の口から出た音は「タイチ」とはかけ離れていた。
彼が出した音は、むしろ「たーち」と聞こえた。
太一は最初は少しもどかしさを感じたが、すぐに心からの笑顔を浮かべた。
このユニークな発音が、クロちゃんなりに頑張って言葉にした呼び方だと理解したからだ。
この「たーち」という呼び名は、太一にとって非常に愛おしく思えた。
それはクロちゃんが始めて言葉を話し、太一に与えた彼らだけの特別な名前。
彼らの友情の、本当の始まりになった出来事だった。
太一はクロちゃんに向かって笑いながら、
「うん、たーちでいいよ」と優しく言った。
クロちゃんはその言葉を聞いて、不器用ながらも嬉しそうに笑った。
そして、太一はクロちゃんと指差し
「く、ろ、ちゃ、ん」とゆっくり何度も言い聞かせた。
クロちゃんもいつしか自分の名前が「クロちゃん」だと言うことを理解したらしい。
「たーち」「クロちゃん」
2人はお互いの名前を呼び合い笑い合った。