瑠音の家
「入んないじゃんこれ……」
困った。瑠音の家に着いたはいいものの画用紙がポストに入らない。
提出用の画用紙だから折るわけにもいかない。
インターホンを鳴らすか?
いや、誰が出てくるかわからないし、万が一瑠音が出てきたとしたら俺はどんな顔をして接すればいいかわからない。
そういうところ考えて人に頼めよなと半ば担任を恨みながら、どうしようかと狼狽える。
ちょうどその時、家のガレージが開いた。
驚いて振り返ると、瑠音のお母さんらしき人物が車を入れようとしていた。
運転手と目が合う。茶髪の女性はハッとした表情で窓を開けた。
「連午くん、久しぶりね! もしかして届けに来てくれた?」
俺はこくりと頷いた。
「ありがとうね! 今日は暑いでしょ。よかったらジュースでも飲んでいって!」
「いえ、そんな……」
「いつもお世話になってるんだから、遠慮しないで!」
にっこりと笑う瑠音のお母さんの優しさを無下にすることが出来ず、俺はたどたどしく家に入っていった。
この家に入るのは、小学6年以来のことだ。
中学に入ってからはたまにこうして連絡物をポストに入れに来ることはあっても、敷地内に入ったことはない。
「すっかり大きくなったわね! 私の身長越してるんじゃないかしら」
そう言いながら、コップに入れたオレンジジュースを机の上に置く。
「それにしてもちょうどよかったわ。今日はたまたま仕事が早く終わったの。そうじゃなかったら連午くんを待たせたままだったもんね」
瑠音のお母さんはシングルマザーだ。
小さい頃、瑠音と瑠音のお母さんの目の前でお父さんはいないのかと聞いて空気が凍ったことを覚えている。
葛原親子が、というより俺の母親がとんでもなく気まずそうにしていた。
大変だろうなと思いつつ俺はジュースを半分ほど飲んだ。
正直、俺は瑠音の今が知りたい。
せっかく家に入って、家の人と言葉を交わせる機会が出来たのだから、それを聞かずに帰るのはどうしても出来そうにない。
しかし、この場で聞いてもいいのだろうか。
常識的に考えて、それは良くないことだろうというのは自分でもわかっている。
それでもこの家に入ってしまったことにより、その目的が生まれ、果たさなければならないものになってしまっている。
俺は軽く息を整えながら、キッチンで皿を洗っている瑠音のお母さんに話しかけようとした。
「瑠音のこと、気になる?」
「えっ」
先に言葉を発したのは向こうだった。
「今は会わない方がいいわ。その方が連午くんのためになると思う」
俺は一瞬わけがわからなくなった。