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08 辺境での戦闘




 朝に出発したルーク達は日が沈む頃には盗賊の現れる村に到着するかと思われた。

 速度を保ち走り続けた一行だが、表情に疲れは見られない。鍛えられたフィリトンの騎士は王国でも有名な騎士団だ。

 今は昼過ぎ、もうしばらく走れば村に着く頃合いだった。


「ルーク様、なんか良いことでもありました? 今日はご機嫌じゃあありませんか」


 大柄な騎士がルークに声をかける。

 そうか? と返しながらもルークは自身の頬が緩んでいることに気づいていた。

 昨夜のリディアに口付けたのは衝動的なものだったが、予想以上の初心な反応に気分が良かった。

 いつもどこか達観したようなリディアが、自分の行動で真っ赤になって動揺しているのは面白い。


「これが片付いたらまた女を抱きに行こうか⋯⋯ルーク様も一緒に行きます?」


 別の騎士が、こともなげにルークを誘う。

 戦いの後で昂った気分を落ち着ける為、女を抱く騎士は多い。妻や恋人がいる者は、愛する者の待つ家へ、いない者は娼館へ。

 娼館はこの国では合法とされているが、意思に反して体を売る者はいない。商売として後腐れなく抱ける女のため、ルークも利用したことがあった。


「いや。今回はいい」


 女を抱く所を想像すると、ルークの頭にリディアの真っ赤な顔がちらついた。

 今はそれよりも、早く領主の屋敷に帰りたい。


「お遊びの女性関係はそろそろ止める頃合いですよ。ルークには縁談が来ているんです」

「またか!」

「縁談が来てもルーク様が本気にしたことはないだろう?」


 どっ、と笑う騎士達に、ロイは一つため息を吐く。


「今回ばかりはルークも逃げられないかもしれません」

「おい、ロイ⋯⋯相手はやべぇ家柄なのか?」

「俺らのルーク様がついに結婚⋯⋯?」


 ルークは嫌なことを思い出した、と小さく舌打ちをする。いつもの縁談と違い、今回は領主である父が直接手紙を渡してきたのだ。

 断るにしても何かしらの理由と配慮がいるだろう相手で、考えるだけでも面倒になる。

 にわかに騒つき出した騎士達を無視して、ルークは馬の腹を蹴り、速度を上げた。





 雲が流れて、雨が降り始めた。

 一番暑い季節は過ぎたとはいえ、まだ暖かい季節。雨で体が冷えることはないが、視界の悪さに眉を顰める。

 到着したルークは、待っていた村の騎士に騎士の詰め所まで案内された。


「状況は?」

「昨日の日が落ちてから、悪魔教を名乗る盗賊が集団で現れ、村に火をつけようとしていた所を巡回の騎士が発見しました。その後、交戦。領地の境の森に逃げられましたが、森の包囲はできています。奴らは森をよく知っているらしく、騎士に対して一撃を入れると姿を眩ますという戦法をとっておりまして。包囲を狭めている所ですがあまり良くない状況です」

「ワイエス領主に連絡はしたのか」

「はい。すぐに。ワイエス領からは、ワイエスの騎士団が到着するまではまだしばらくかかると」


 領地の境の森まではワイエス領主よりもフィリトン領主の屋敷の方が近い。屋敷に常駐している騎士を動員するならば、ワイエスの騎士が来るのはまだ先だろう。

 フィリトンの騎士がこの短時間で到着する方が非凡なことだ。


「分かった。この村の騎士も疲れているだろう。早く決着をつけた方が良いな」

「感謝いたします」


 村の騎士が頭を下げると、ルークは見知った顔に向き直った。


「必ず二人一組で行動しろ。深追いはせずに包囲を縮め、取り逃さないように」

「はっ」


 移動中とは打って変わって真剣な声に頷くと、ルークは馬に跨り森の戦闘へ入って行った。



 ほぼ丸一日戦闘を続けていた村の騎士は、かなり疲弊していたが、ルークたちフィリトンの騎士を見て、顔を綻ばせた。

 盗賊と何度か剣を交えたルークは、この少人数でよく持ったものだと、心の中で村の騎士を称賛する。

 厄介な相手ではあったが、フィリトンの騎士の前には盗賊達は手も足も出なかった。森の中程でぐるりと包囲して、逃げ場を完全に断たれた盗賊は騎士達を睨みつけるだけしかできない。


「⋯⋯子供もいるのか」


 ルークが驚いたのは十数人の盗賊の内五人ほどは子供だったことだ。

 短い刃物を持ち、がむしゃらに、自分を顧みない戦い方で騎士に向かって来た。騎士は上手くいなしていたが、丸腰の村人にとっては十分な脅威だ。


『⋯⋯馬鹿な軍隊が! こっちに来てみろ! せめて道連れにしてやる!』

「アスクウィス語? 隣国から来たのか」


 盗賊の頭らしき男が錆びた剣をちらつかせて、叫ぶ。ラティマで使われる言葉では無いが、ルークはすぐに理解した。


『俺たちはラティマ王国、フィリトン領の騎士だ。ここまで来たら逃げ道はないだろう。お前達が投降するなら体に傷はつけない』

『信用できるか! 住む所も食い物も無くなった俺たちが信奉するのは悪魔だけ。お前達が武器を置くなら信用してやらないことも無いが』


 ルークは盗賊の言葉に呆れのため息を吐き、底冷えするような冷たい視線を浴びせた。


『お前達にそんな選択肢は無い。今すぐ投降するか、無理やり投降させられるかだ。後者の場合、命の補償はできないから、今選ばせてやっている』

『ひっ、く、くそっ殺してやる!』


 盗賊は後者を選んだようだった。ルークに向かって来た所を、ロイが間に入り、剣を弾く。


「交渉は決裂ですか」

「残念ながら、な」


 (かしら)の交戦をきっかけに、盗賊達は一斉に騎士に向かって来る。

 武器を弾き落とす、気絶をさせる、足の腱を切る。騎士が相手それぞれに合わせたやり方で無力化をさせると、ようやく戦闘が終わった。


 拘束された盗賊達の左肩には揃って、角と尾が生えた悪魔が彫られている。歪なそれは互いの手で彫り合ったのだろう。


 拘束が完了したとの声に、ルークは村の責任者を呼んで後のことを頼んだ。


「まだフィリトンの領地内の出来事だ。この盗賊達はこっちの法で裁けば良い。後はフィリトンの騎士はいらないな?」

「はい、ルーク様。ご助力心から感謝いたします」


 深々と頭を下げる姿に頷いて、ルークは馬を屋敷に向かって走らせる。


「ちょっ、と、ルーク様! 休憩しても⋯⋯」

「軟弱だな。じゃあ付いてこなくて良い。休憩してろ」


 そんな! と叫ぶ騎士達の悲痛な声に構わずルークはさらに速度を上げる。

 これくらいで音を上げる馬ではないが、帰ったら愛馬に美味い水と干し草を与えなければ。

 今から帰るなら、リディアに会うのは明るい時間だろう。

 血の匂いを落として、睡眠を少しとれれば良い。


 ルークはいつも感じたことのない、恋しさに首を傾げながら、真っ直ぐ帰路を進んだ。




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