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06 進展




「⋯⋯?」


 いつまで経っても減らないサラダに違和感を感じて首を傾げる。

 顔を上げてみればニンジンを私の皿の中に入れようとフォークを差し出すルークが、悪戯が見つかった子供のような顔をしていた。


「⋯⋯何をしてるの」

「ぼうっとしてるからバレないかと思ってな。俺の分まで食べて栄養にしてくれ」

「あなたが野菜嫌いなだけでしょう」


 ルークと二人で昼食をとっていた私は、考え事に耽っていた頭を振って思考を元に戻そうとした。


「ここ最近ぼんやりしているが何かあったのか?」

「⋯⋯何も」


 ふーん、とルークは納得したのだかしてないのだか分からない声を出してニンジンを放る。


「⋯⋯じゃあ私の苦手なものと交換する?」

「苦手なものなんてあるのか」

「出されるから食べているというだけ。いつまで経っても苦手なのよ」


 これ、と私が指すのはトマトだ。

 特に生トマト。噛んだ時に口の中で皮が弾けて中身が現れるのが苦手な所だった。


「トマトは俺も無理だ」

「じゃあこれらの野菜も返すわ」

「ええー」

「カミラさんに告げ口するわよ」

「それはずるいだろう」


 給仕もいない二人だけの部屋の中、口で負けたルークは不満そうに唇を尖らせるが、譲るつもりは無かった。

 嫌々サラダを食べ始めるルークを見て私もようやくトマトを口にする。

 私が幼い頃は苦手な物などあってはならないと厳しく叱られたものだ。



「大分頬が丸くなってきたな」


 ルークの言葉にフォークを置いて、頬に手を当ててみた。

 痩せてこけていた頬は屋敷で過ごす内にふっくらと健康的になり、青白かった肌には自然な朱がさしている。

 自分ではあまり気にしていなかったが、カミラが私の世話をする度に美しくなったと言っていた。お世辞で無かったら、健康的な今の方が見目が良いのだろう。

 鏡を見ても、黒髪ならば貴族令嬢の頃の姿と変わらなかった。


 散歩を続けて、体力も以前よりついた。

 いつでも屋敷から離れられる、筈だ。


 屋敷から離れ、何をするの?

 分からない。

 これからどうやって生きていけばいいの?

 答えは無い。


 こんな私は 生きているとも言い難(死んでいないだけ)い。


 じわりと舌に苦味が広がって、顔を上げる。


「何か分からないが相談ならいつでも乗るぞ」


 榛色(ヘーゼル)の瞳に真っ直ぐ見つめられて、私はルークから目を逸らした。


 ルークに何もかも話して差し伸べられた手を掴んでしまいたくなる。

 ルークも私が悪魔だと知ったら、手を離すに違いないのに。


「俺じゃあ力不足か?」


 違うの。

 誰も私を愛すなんてできやしない。


 そんな言葉を飲み込んで、私は唇に笑みを乗せた。


「ありがとうございます。私は大丈夫。⋯⋯そう言えば髪を切るか悩んでいるのだけど」

「髪?」

「長いから邪魔かと思っていて」


 あからさまな話題転換にも、ルークは私を追求しなかった。


「長くても良いと思うが。緩く結い上げても似合いそうだ」

「あなたの好み?」

「そうだな」

「⋯⋯参考にするわ」


 美しく整えてくれた髪を切るのも勿体無い気がする。屋敷を出た後に切っても良いだろう。そんな風に思って私は残りの昼食を食べるためにフォークをとった。





 月が高く上る時間。就寝の準備をする頃に外が騒ついているのを感じて、私は窓の外を覗いてみた。

 部屋からではよく見えないが、灯りが集まっているのは騎士の訓練場の方向だ。


 今夜は何かあるのだろうか。

 一度気になった騒つきは小さい音ながらも、私の耳を度々(よぎ)り、私を寝つかせてはくれなかった。


 用意されたベッドの上で、体を丸めるように横になる。

 眠れなくても早く夜が過ぎるようにと、固く瞼を閉じた。



 キィ、と極僅かな音で部屋の扉が開いて、誰かが部屋に入ってくる。眠っていたら気づかなかったであろうその音は、今は耳が敏感になっているのか、よく聞き取れた。


「起きていたのか」

「⋯⋯次期領主様。寝ている女の寝室に勝手に入るなんて無礼よ」

「そうだな」


 暗い部屋に溶けるような黒の騎士服を着たルークは、起きた私に気づくと目を瞬かせて近づいてきた。

 そのままベッドの端に腰掛けたことでギシリと軋む音が聞こえる。

 夜、恋人でもない女の部屋に勝手に入り同じベッドに座るなど、あり得ない。

 苦言が喉まで出かかったが、私の口から代わりに漏れたのはため息だった。

 同時に暗い部屋でも慣れた動作にまさか、という思いが浮かぶ。


「⋯⋯私が寝ている時に勝手に部屋に入るのは初めて?」


 私の低い声色に、ルークはふい、と視線を逸らした。


「魘されていると聞いたから、様子を見にきてたんだ」

「まさか毎晩?」

「まぁ、そうだな」


 呆れと、恥ずかしさと混じって何を言って良いか分からなかった。

 そんな私を窺うルークは、私の機嫌を気にしているものの、全く悪いとは思っていないらしい。


 ルークは私のことを拾ってきた動物のように思い、気に入っているのだ。

 深く気にしたら負けなのかもしれない。


 私はそう結論付けて、ルークの見慣れない騎士服を指差した。


「今夜は何かあるの?」

「ん? ああ。この間司教も言っていた悪魔教だか何だかの集団がまた現れたらしく、領の境の騎士から応援要請があったんだ。俺も数日屋敷を空ける。屋敷の守りに影響は無いから心配するな」


 だから外が騒ついていたのだ。

 ルークは簡単に言葉にすると、いつも通りの微笑を浮かべた。


「⋯⋯」


 私の能力は、私に向けられる感情を知ることができるだけで、ルークの気持ちを知ることはできない。

 私はルークが不安を隠していないか、感情を読み取ろうと、榛色ヘーゼルの瞳をじっと見つめた。


 

 見つめて数秒。突然降ってきた温かい感触に何が起こったのか分からず瞬きを忘れる。


「え⋯⋯?」


 もう一度近づいてくる唇を、戻った理性が押し留めた。

 両手でルークの唇を塞ぐ。


「な、何を⋯⋯!」

「⋯⋯口付けて欲しそうな目だった」

「してないわ!」


 悲鳴を上げる私に、ルークは何が面白いのかにやりと笑う。


「口付けは初めてか?」

「は⋯⋯」


 唇をはくはくと戦慄かせる私の頬はきっと暗い中でも分かる程真っ赤だ。

 急いで隠すように顔を背けようとするが、ルークの大きな手で後頭部と頬を支えられ、それも叶わない。


「可愛い」


 混乱する私に追い討ちをかけるように、至近距離で囁かれ、体が沸騰するような心地になる。

 すり、と頬を撫でてひとまず満足したのか、ルークが体を離した。


「なるべく早く戻って来る。俺がいなくてもちゃんと食事は食べろよ?」


 頭が追いつかない私を見て、ルークは返事を待たず部屋から出ていった。

 一人、部屋に残された私は指で唇をなぞる。意外にも柔らかかったルークの唇の感触が思い起こされて大きく頭を振った。




「⋯⋯百歳も年下に何を考えてるの」


 一旦赤くなった頬はしばらくは治まりそうに無かった。




 



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