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14 街で




 街に着いたルークは馬を繋ぐと、着ていた上着のフードを深く被った。

 慣れた動作を私はじっと見つめてしまう。


「どうした?」

「いえ。⋯⋯慣れてるな、と」

「はは。執務を抜け出して街に来ることは度々あるからな。リディアを見つけたのも街に来ていた時だ」

「そうなのね⋯⋯」


 街をぐるりと見てみれば活気のある通りが広がっている。

 私に対して、珍しそうに見られたり、ごく稀に嫌悪の表情を向けられたりすることはあったが、表立って私を害する様子は無かった。


「⋯⋯珍しい髪色は流石に目立つか。綺麗な髪を隠したくはないんだがな」


 ルークはぽつりと呟くと、私の手を引いて近くの帽子屋へと入る。


「これを」


 あっという間に今日のドレスに合った、装飾の少ない帽子を選んで私に被せた。

 リボンを結んで可愛い、と口に出す。

 甘い、甘すぎる。

 口の中に広がる甘みに顔を顰めたくなる。

 ルークは私を恥ずかしさで殺したいのだろうか。帽子屋の店主は白い髪を不快に思っていないようで、にやにやと私たちの様子を見つめている。

 店主からは若い男女の初々しい様子にみえるのだろう。


「も、う行きましょう」

「そうだな」


 ありがとうございましたー、と間延びした店主の声を背中に聞いて店を出た。



「皆祝祭の準備で忙しそうだな。ほら、街の飾り付けをしている」


 私がルークの指さす方向に目を向ければ、店先に星の印を飾ってまわっている人たちがいた。

 祝祭の準備を見るのは初めてのことで、祭りが近づく予感に私の気分は知らず高揚していく。

 今だけは過去も、これからのことも何も気にせず心からの笑みを浮かべていた。


「ドレスを仕立てる店は決めているんだ。着くまでに軽く何か食べるか?」

「じゃあ⋯⋯」


 選んだのは簡単に食べられるサンドウィッチだ。ルークは挟んである野菜を見て嫌そうにしていたが私は構わず受け取った。


「何で野菜が入ってるのを選ぶんだよ」

「そんなに顔を顰めないでちょうだい。子供みたいよ」

「お前だって良いのか、トマト入ってるのに」

「あなたと違って大人なの。これくらい食べれるわ」


 ルークは私の大人という言葉が不愉快だったようでむきになったように一口。レタスを咀嚼した。

 その様子がひどく子供っぽくて私は声を出して笑ってしまう。


 飲み込んでちらりと私の方を窺うルークに手を伸ばして頭を撫でた。


 ──本当に恋人同士みたいだ。




 食べ終わった私たちは街を歩き、ルークの言う服飾店まで辿り着いた。


「いらっしゃいませ、あらルーク様」

「彼女に祝祭のドレスを仕立ててもらいたいんだ」


 店に入った私たちに気づいた中年の女性は、ルークをよく知っているようですぐに個室に通してくれた。


「ついに恋人ですか?」

「残念ながら、まだ片想いだ」

「あらまぁ、ルーク様にそんなことがあるんですのね」


 店の主人らしいその女性は可笑しそうに笑って私の全身をじっと見つめた。


「上品でとびきり美しいお嬢様じゃないですか。細いけど胸は⋯⋯あら、殿方の前でする話じゃないですわね」


 それで、どんなドレスにしましょうか、と布を持ってきた女性に、ルークは迷わず口を開いた。


「薄紫が似合うんじゃないか?」

「まぁ、ルーク様、お嬢様のことをよく分かっていらっしゃいますね」


 薄紫色の布地を体に当てた私を見て、女性が大きく頷く。私の白い肌に淡い紫がよく映えるのだそうだ。


「どのようなデザインにいたしましょう」

「薄い布を何枚も重ねて、スカートが広がった時に下の布地が見えるようにしよう。肌はあまり出さないように」

「ではこのような形は?」

「ああ、それが良い。後ろはレースのリボンで絞って⋯⋯」


 私は一切口を開くことがないまま、店の女性に言われた通りに立ち上がったり、後ろを向いたり、腕を伸ばしたりと人形に徹する。


「あとアンダリュサイトの首飾りを」

「まぁ! では、本当に⋯⋯」


 ルークは女性の意味あり気な視線に頷く。

 何だろう。私には視線の意味は分からなかった。


「それは喜ばしいことですわ。⋯⋯さ、お嬢様、あとは採寸をしますからこちらへ」

「⋯⋯ここでしてもらっても構わないが。今後の参考にする」

「何をおっしゃいますか。冗談を言っていないで待っていてください」


 軽口をかけ合いを後ろに聞きながら私が小さな部屋に入ると、店の女性が微笑んで耳元に口を寄せてきた。


「お嬢様はご存知ないみたいですが、フィリトンの祝祭では、パートナーの女性にドレスを送るのが慣例なんですよ。その上アンダリュサイトなんて、ルーク様の必死のアピールですね」


 アンダリュサイトを用意するよう頼んだのは、ルークの瞳の色を身につけるということだ。

 私はその意味を知って、燃え上がるような熱を体に感じる。

 初々しいわ、という女性の声も耳に遠く、採寸を終えてルークの元へ戻っても、店を出てもまだ頬が赤いままだった。


「リディア? 顔が赤いが、大丈夫か?」

「気にしないで⋯⋯」


 日が沈みかけた街を二人で歩く。

 こんな日はこの先の人生で二度と来ないかもしれない。

 ルークの横を歩きながら、何となく眺めた先。覚えのある気配がそこにいた。


 金髪に白い肌。以前見た白髪に褐色の肌とは全く違う色味。しかし、それが昔見た悪魔だということはすぐに分かった。

 一度私の前に現れてから約百年、姿を見ることのなかったそれが私の前にいる。


「久しぶり」

「⋯⋯っ」

「リディア、どうした?」


 体を強張らせて足を止めた私をルークが不思議そうに見ている。ルークには目の前の悪魔が見えていないようだった。


「随分長かったね。君の(苦しみ)だけでも胃もたれしそうだったよ。だけどもう終わる。あとは君の想いだけかな」

「どういう⋯⋯っ」


 微笑む悪魔。私が聞き返す前に悪魔の姿は煙のように消えていた。


「⋯⋯リディア?」

「あ⋯⋯今、金髪の男性がいませんでしたか?」

「金髪の男? 隣を歩いて通り過ぎて行ったが⋯⋯もういないな」


 ルークが後ろを確認して呟く。知り合いか? と聞かれて、私は首を振って誤魔化した。悪魔を追いかけようとしても、もう会えないという確信が何故かあり、ルークに一つ謝罪をしてまた歩き出す。


 何が終わるのだろう。理解できないことは私を不安にさせる。


 私の不安に呼応するように、空に雲が広がってきた。暗くなった空に店先に出てきた店員は慌てて札を片付け始める。

 雨が来るのだ。


「早く戻った方が良さそうだ。飛ばすが大丈夫そうか?」

「ええ」


 行きと同様、馬に乗り、屋敷まで駆ける。

 不安に冷たくなる体には背中に触れるルークの熱が心地よく、私はじっと身を固めてその温もりを感じていた。






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