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13 火照る




 セラフィーナはしばらくもしない内にグリンハルシュ領へ戻ることになった。

 そして私は、別れの前にセラフィーナから呼び出されている。

 セラフィーナが使っていた客室に向かい、扉を叩くと、彼女自身が迎えてくれた。


「おはよう、リディア」

「おはようございます」

「もぅ、最後の日までセラフィーナと呼んでくれないの?」


 頬を膨らませた彼女は次の瞬間には、ふっと笑った。私はその様子を見て、思っていたことがぽろりと口から溢れる。


「セラフィーナ、様は私の髪を厭っておられないのですね」

「白い髪? とても綺麗よ。あなたの髪色を嫌っていたらヴィダルを側になんて置いていられないわ」


 セラフィーナは微笑むと、用意されていた紅茶を一口飲み、目を伏せたまま口を開いた。


「今日リディアを呼んだのは少し話をしたいと思ったからよ。⋯⋯この屋敷であなたの存在を知る前から、ルーク様に恋人がいるなら、その人を妾として愛しても良いから私と結婚して欲しいと思っていたわ。領地の利になるのなら、ルーク様も頷くと思ってた。私はそれが正しいと思っていたけど、妾にされる方の気持ちを考えれば⋯⋯そうね、不安で、悔しくて、苦しかったんじゃないかしら。ごめんなさい」


 苦味が舌に広がる。


「結果はこの通りよ。でも、縁談を持ちかけたこと自体は後悔していないし、本当に残念に思っているわ。次期領主夫人になってしまえば、ヴィダルへの恋心に蓋ができそうだったのに」

「⋯⋯」


 恋心を口にしたセラフィーナに驚いていると、彼女が悪戯気に笑う。


「ヴィダルへの恋心⋯⋯ふふっ、そう、私ヴィダルのことが好きなのよ。初めて、声にしたわ。知っていたけどやっぱり私は彼のことが好きなのね。あーあ、本当に⋯⋯」


 セラフィーナは紅茶のカップを持ったまま、背もたれに深くもたれかかった。いっそのことルーク様みたいに、告白してみようかしら、と。目を閉じて呟く声が小さく聞こえた。

 葛藤がじわりと私に伝わってくる。彼女は閉じた瞳から涙を一つ落としていた。


 身分違いの恋を二回も経験したが幸せな未来を知らない私は、セラフィーナにかける言葉が見つからなかった

 そっと持っていたハンカチでセラフィーナの頬を拭う。


「ありがとう。⋯⋯あなたたちのこと、心から応援してるわ」


 ふわりと微笑んだセラフィーナの頬は濡れた後があったが、表情はいつもの彼女に戻っていた。





「ルーク様、私との縁談を断ったこと後悔しないでくださいね?」

「ああ。しない」

「⋯⋯しないとばっさり言われるのも中々傷つきますが」


 屋敷の前に停めた馬車の前で、私とルークはセラフィーナを見送っていた。


「⋯⋯リディア。私、家の者にヴィダルとの恋を認めてもらえるよう頑張ろうと思うの。あなたも私たちのこと、応援していて」

「ええ⋯⋯セラフィーナ」


 こそこそと私に耳打ちしてきたセラフィーナの名を呼んで彼女の言葉に返す。

 セラフィーナは嬉しそうに私を抱きしめた。


「何の話だ?」

「ルーク様には内緒ですわ!」


 言うもんですか、とセラフィーナが言うと、ルークの眉がぴくりと動く。

 この二人は破談になった後の方が仲が良さそうだった。ぎゅう、とセラフィーナの腕の力が強まって、私が声を漏らすとルークが私たち二人を引き離そうと私の腕を引く。


「⋯⋯セラフィーナ」


 ずっと黙っていたヴィダルがセラフィーナに声をかけると、ようやく私から腕が離れた。


「じゃ、もう行くわね。リディア、もし困ったことがあったらいつでもグリンハルシュに来てちょうだい」


 セラフィーナはヴィダルの手を取って馬車に乗り込むと帰って行った。



「⋯⋯何の話だった?」

「教えないわ」

「余計気になるな」


 ルークは私に告白をしてからというもの、体に触れてくることが多くなった。涼しい季節のはずなのに、暑い。これは触れるルークの体温のせいか、ルークに触れられて火照る私の体のせいか。


「ちょっと離れて」

「リディアはそればっかりじゃないか」


 今も私の髪を弄るルークを無理矢理引き剥がす。


「そうだ。もうすぐ祝祭だな。お前に新しいドレスを見繕わないと」

「そんな、必要ないわ」

「もう再来週か。早くしないといけないな」


 私の言葉は全く聞いてないようだ。


 祝祭まではまだ期間があると思っていたが、もう再来週。こんなに長く屋敷に留まるとは思っていなかった。


「よし、今から行くか」


 どこに、と問う間もなく私は部屋に戻され、驚くカミラに私の身支度を頼むとルークも自室に戻って行った。



「お嬢様、坊ちゃまとお出かけですか?」

「祝祭のドレスを用意するとか⋯⋯」

「あらあらあらあら」


 ルークが私への想いを言いふらしているそうで、屋敷の使用人たちの視線はルークの恋の相手として私を見るものに変わってきたように感じる。

 カミラも初々しい恋人を見るように目尻を下げて、私の髪を結い直した。


「祝祭の時くらい皆目一杯着飾るものですから、お嬢様もいつもより派手なものをお選びになってください」

「う⋯⋯はい」


 髪や化粧を少し整えるだけの身支度はすぐに終わり、カミラと共に執務室の方へ向かう。きっと、ルークは執務室にいるだろうというカミラの言葉からだった。




「坊ちゃま、カミラでございます。失礼いたしますよ!」


 カミラは返事も聞かずにずかずかと執務室に入って行った。


「お、準備できたか?」

「⋯⋯ルーク、もしかしてこれからどこかに行くんですか?」


 カミラに続いて顔を覗かせた私を見て、ロイがルークに低く問う。


「最近さぼっているせいで執務が大量に残っているんですが?」

「あー、明日だ。明日やる」


 執務から逃げ出して私と出かけようとしていたらしい。

 ロイが私に向ける感情は初めて会った時よりも随分和らいだが、いまだに警戒心が多くを占める。ルークが恋心を露わにしてからは、そこに複雑な感情が混じるようになった。ロイはセラフィーナと同じく身分や立場というものをよく理解している。私のような女に恋心を向ける自分の主君を心配しながら、それでも主君の意思を尊重しようか葛藤しているのだろう。


「全く⋯⋯」

「リディア! 逃げるが勝ちだ」

「わ⋯⋯!」


 ルークが私の腕を引っ張って走り出した。


「良いの? ロイさんを置いて行って」

「良いんだよ。あれがあいつの仕事だ」

「そんなことはないと思うけど」

「ほら、もう行くぞ」


 馬に乗せられて私は目を白黒させてしまう。

 思っていたよりもずっと高い。

 貴族令嬢だった頃、庶民だった頃もあまり乗馬は得意ではなかった。これは騎士を乗せる馬だからか体も大きく、目線が随分高かった。


「馬は苦手か?」

「苦手っていうか⋯⋯」

「背中を俺に預けていろ」


 背中に触れる彼の熱が感じられて、私は身を小さくした。

 ルークの顔を盗み見ればなんてことない表情で赤くなっているのは私だけのようだ。それがどうしようもなく不満で街までの道のりを私は顔を隠すように俯いていた。




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