8. 恐ろしい王子様
「第二に、君の姉のレティシア嬢は僕の婚約者候補の一人であった。過去形だけどね。王家の影から、彼女の家での様子の報告を受けている。君をひどく妬んでおり、いじめていたことは知っている」
「な・・・」
「もちろん、レティシア嬢は婚約者候補の一人というだけなので介入することはないけどね。ごめんね、見殺しにして」
「いえ、とんでもございません」
私は複雑な気持ちで俯いた。
「そして第三に、昨日、君がレティシア嬢にいじめられているところを目撃して、噂の出どころを影に調べさせてみた。レティシア嬢周辺が出どころであることがすぐにわかり、この噂はデマであると結論づけた」
圧倒的な力を前に、私は平伏すしかなかった。
王家は影を持っていて、チョイチョイと指を動かせばすぐに情報が手に入る。
そしてその情報をうまく活用する方法もあるのだろう。
この人を敵に回してはいけない、と私は改めて心に誓う。
「さぁ、改めて聞こう。なぜ君の叔父さんのピーター・カートライト侯爵はこのデマを放置しているの?」
私はすべてを正直に話した。
そもそも、話す必要なんてあったのか、知ってるんじゃないのか、なんて思いながら。
「へえ、辛かったね。それじゃあ僕の配下に入った方がよっぽどいいね」
ヘンリー王子はニコニコと軽く話を続ける。
「叔父さんのこと恨んでる?」
「恨んでいる、というのは語弊があります。幸せかどうかは置いておいて、母を妻にして生活の面倒を見てくれていますし、私もまだ何かされたわけではないですし。ただ、恐怖というのか気持ち悪いというのか・・・」
「じゃあ叔父さんに死んでほしいとかそういうことは思わないってこと?」
「そこまでは思いません」
「それは困ったな」
話の方向がどんどん危険になっていくことに、私は白目を剥きそうになった。
「じゃあ、叔父さんが当主の座から降りて、これまで通り平民として商売を行えるとしたら、賛成?君を支配することをやめるってこと」
「それは歓迎です。」
「じゃあ、その路線で行こう」
うーん、と眉を寄せて美しい顔で何かを思案するヘンリー王子は、天気ことを話すように軽快に話しているが、内容はピーター・カートライト侯爵を当主の座から引き下ろすことである。
私は空恐ろしくなって、叔父様の支配下にいた方が良かったんじゃないかと一瞬考えたものの、もう何もかもが遅い。
「よし、色々考えたよ。ついでに君の処遇も」
「はい」
「ピーター・カートライトを当主の座から降ろしたら、カートライト侯爵家の領地は次期当主が決まるまで一旦王家預かりになる。そして一旦王家預かりになったカートライト侯爵家から、君はリンゼイ伯爵家の養女になる。母君も連れてきて良い。どうだろう?」
「リンゼイ伯爵家…初めて耳にしましたが…」
「僕が持っている爵位の一つだ。」
ヘンリー殿下の養女になるってこと?年齢差2つで?
そしてやはり私の処遇は、ヘンリー王子にコキを遣われる人生になるらしい。
「ふふふ、君のその顔、初めてマグロの刺身を目の前にした僕の猫と同じだ」
「あのブサ猫ですね」
「ブサカワイイの間違いだよ。さぁどうする?」
ヘンリー殿下は左右対称の美しい笑顔で私に是非を迫ってくる。
本当は聞きたいことは山ほどあるけど、質問しても意味がない。
王子サマを相手に、私に否と言える選択肢はない。
否と言った時点で、もしくは否と思っているとあちらに理解されてしまったら、私の命はないだろう。
「承知いたしました」
「同盟成立だね、これからよろしく」