4. カートライト侯爵家
従者の方にカートライト家の馬車まで送ってもらったアンジェラは、何だか狐に包まれたような気持ちになった。
結局、ヘンリー王子に頼って良いってこと?
良い人なのかな?
アンジェラは胸の中のドロドロがスッと消えていくのを感じた。
こんな風に下心のない優しさって初めてかも・・・
フフフ、王子様って本当にいるんだ。
王子様の瞳、宝石のアメジストみたいだったな。
あんな王子様と結婚できる人って、私の姉みたいな立場の人かしら。
それともどこかのお姫様とか。
私だって侯爵令嬢だけど、妾の子だし王子様って雲の上の人みたい・・・
カートライト家に着くと、アンジェラの心の中はまた曇っていった。
趣向を凝らした風雅な邸宅は、アンジェラにとってはむしろ重く自分を閉じ込める檻のように見えた。
吹き抜けになった優雅なエントランスには、大きくエレガントなフラワーアレンジメントが粋なスタイルで生けられている。
数日おきにフローリストが訪ねて生けていることを示しており、この邸宅の持ち主の美意識と財力を表していた。
リビングに至るまでの長い廊下に、同じ趣向の花が所々飾られている。
執事がリビングのドアをノックする。
「アンジェラお嬢様がただいま戻られました」
「おじ様、お母様、ただいま帰りました」
アンジェラは、優雅なカウチソファにかけてティータイムを楽しんでいる実母と新しいカートライト家当主に挨拶をした。
32歳になる実母ニーナは、まだまだ20代前半と言っても過言ではない美貌で、アンジェラとそっくりである。
唯一異なる点は、若々しさの代わりに色っぽさが漂っていること。
その色っぽさは、体にピッタリと密着し溢れんばかりに胸をはだけさせている真っ赤なマーメイドラインのドレスにぴったりである。
別にこれはニーナの趣味ではない。
その趣味の持ち主である亜麻色の髪の中年のスラリとした男は、ニーナの横に腰掛け、愛おしげにアンジェラを見つめている。
「やぁアンジェラ、よく帰ったね。学校はどうだった?」
「いつもどおり勉学に励んで参りました」
「そうか、そんなに頑張る必要はないのに。君はニーナに似て本当に美しいからね。何もしなくて座っていて良いんだよ」
「そんなわけにはいきません。妾の子とはいえ、貴族の末端として国に尽くす義務がございます」
「アンジェラ、また可愛いことを言っているんだね」
そう言ってリビングルームの続き部屋から出てきたのは、ハロルド・カートライトだった。
ピーター・カートライトの長男で、アンジェラにとっては1つ年上の学園の先輩でもある従兄弟だ。
ピーターと同じく亜麻色の髪にグリーンの瞳を持つ好青年である。
スラリと背が高く、整った顔立ちで、次期カートライト侯爵の座を確保したハロルドは、学園で今最も人気があると言ってもよい。
本来であれば卒業後騎士になる予定であったため婚約者がおらず、令嬢たちが色めき立っているのだ。
「アンジェラは、勉強なんてしなくて良いんだよ」
ハロルドは優しくアンジェラの腰を抱いた。
アンジェラは曖昧な笑顔を浮かべて、失礼にならないようにやんわりと距離を取った。
「おじさま、ハル兄様、お母様、私少し疲れておりまして、ご挨拶が済みましたので、夕食まで少し休ませていただきます」
ピーターが慌てて立ち上がった。
「なんだって?体調が悪いのかい?医者を呼ぼう」
「いえ、少し疲れているだけで、体調は全く問題ございません。夕食には参りますので。失礼いたします」
「アンジェラ、部屋まで送るよ」
ハロルドが爽やかな笑顔を向けて言った。