3. 王子様はやっぱり素敵
ヘンリー王子が連れてきてくれたのは、学園内にある王室のスペースであった。
「医務室よりこちらの方が良いと思って。さぁ医者を呼ぼうか」
4人掛けの大きなソファにアンジェラをそっと下ろすと、ヘンリー王子は足元に座ってアンジェラの靴を脱がそうとする。
アンジェラは思わず起き上がった。
「で、殿下にそんなことをさせるわけには!」
「もう脱がしちゃったよ」
切れ長の目でアンジェラの顔を覗き込んで、クスッとヘンリー王子が笑った。
目に毒だわ、この人。
アンジェラは思わず真っ赤になって黙り込んだ。
「意外だな、ウブなんだね」
「ウブ・・・」
「だって君、噂だと結構な悪女だから。すごい美人だしそうなのかなと思ってたけど。本当はウブなの?」
アンジェラはガンと頭を殴られたような感覚に陥った。
実際、その噂によってアンジェラは手篭めにされそうなところを図書館まで逃げようとしていたのだ。
そうか、この王子様も自分をこんなところに連れ込んで、イイコトをしようとしたわけか・・・
アンジェラはスッと心の中が冷えていくのを感じつつ、不敬にならないように目だけを動かして逃走経路を確認した。
窓・・・はちょっと無理そうね、ここは4階だもの。
そうなると扉。
だけど護衛騎士の方がいらっしゃるから止められてしまうかも。
私、ここで王子様の慰みモノになってしまうのかしら。
妾の子だものね・・・
アンジェラの心の中に再びドロドロとしたものが広がっていく。
「プッ」
ヘンリー王子が吹き出した。
「大丈夫だよ、何もするつもりないよ。逃走経路なんか確認しなくて良いから」
王子に頭の中を覗かれていたようで、アンジェラはまた恥ずかしくなった。
「も、申し訳ございません」
「確かに、ちょっと撫でたくなる気持ちはあったけどね」
そう言ってヘンリー王子はアンジェラのシルバーブロンドを掬った。
アンジェラはどうしていいかわからず、赤くなって俯いた。
その様子を見て、ヘンリー王子はクスクスと笑った。
「ごめんね、からかって」
「いえ、お気になさらず。黙り込んでしまい申し訳ございません」
「立ちくらみだっけ?もういいの?」
「はい、少しフラついただけですので、5分ほど休ませていただければ帰ります」
「立ちくらみって嘘でしょ?」
「えっ?」
「僕見てたんだ。レティシア嬢が君を押して罵ってるところ」
見てたなら止めてよ・・・という言葉を飲み込んで、アンジェラは冷静に頭を働かせた。
ここでヘンリー王子にレティシアの虐めを暴露すべきか・・・
暴露すれば、もちろん胸のすく思いだ。
レティシアが悪者となり、自分は被害者だとの真実が皆に知れ渡る。
しかしそうすると、妾の子とはいえ、侯爵令嬢である。
アンジェラを妻にと求める釣書が激増するだろう。
そうなれば・・・「彼ら」が黙っているわけがない・・・そして一旦「彼ら」が動き出せば、アンジェラはこうやって自由にさせてもらえないだろう・・・
かと言って、一部始終を見たと言っている王族に対し、虚偽を申請するのはそれなりのリスクがある。
「諸事情があり、今は真実を申し上げることができません・・・」
「諸事情?」
ヘンリー王子は片眉を上げてアンジェラの顔を覗き込む。
「はい・・・」
じっと切れ長のヴァイオレットがアンジェラの瞳を捉える。
やっぱり綺麗な色。
アンジェラはぼんやりとヘンリー王子の瞳を見つめた。
そんなアンジェラを見てフッと笑ったヘンリー王子は、アンジェラを安心させるように言った。
「わかった。僕が必要になったら、その時には教えてくれ」
その後、ヘンリー殿下は何事もなかったかのように楽しく雑談を始めた。
そして1時間後、公務があるからと、従者にアンジェラの送りを任せて帰っていった。