1. 意地悪な姉と意地悪な噂
「その顔、生意気なのよ!」
ドンと押されたアンジェラは、思わずフラついて尻もちをついた。
無い物ねだり。
自分にも、この女にもそれが良く当てはまるとアンジェラは思った。
アンジェラは容姿に非常に恵まれていた。
透き通るような白い肌、紅く色づくみずみずしい唇、そして大きなアーモンド型のロイヤルブルーの瞳。
逆三角の小さな顔が艶やかな波打つシルバーブロンドに囲まれている。
15歳ながらに豊満な胸元は妖しげで、それと対比してウェストはしっかりくびれており、手脚は華奢である。
美しいロイヤルブルーの瞳は印象的で、目と目の間隔がほんの少しだけ離れているところが何とも言えない隙をつくっており、話すとぽってりとした上唇が何とも色っぽい。
つまりアンジェラ・カートライト侯爵令嬢は男性に強烈な魅力を与える美貌を持っており、その立場も高位貴族である。
アンジェラになりたいと思う女子は、たくさんいるだろう。
しかしアンジェラは、男性に好かれると同時に女性に蛇蠍のごとく嫌われた。
女性がアンジェラを嫌う理由は、男性に好かれる美貌の他に二つある。
まず、アンジェラが妾の子である事実。
アンジェラはカートライトを名乗っており、戸籍上の母はカートライト前侯爵の妻である。
しかしアンジェラは妾である実母ニーナと瓜二つであった。
ニーナは妾であるが、非公式なパーティーにはカートライト侯爵と共に顔を出しており、社交界に顔を知られていた。
したがって、アンジェラの出自はもはや自明である。
嫌われるもう一つの理由も、やはり母にある。
ジョン・カートライト侯爵の妾であったアンジェラの母ニーナが、ジョン氏が亡くなったあと、次のカートライト侯爵となった弟のピーター氏の妾の座にいみじくも納まったのである。
悪女の娘――こうしてアンジェラが社交界の女たちに嫌われる条件が揃ったわけであるが、それを煽った者がいた。
先ほどアンジェラを押したレティシア・カートライトだ。
アンジェラの2つ上の姉で、ジョン・カートライトの正妻の子である。
レティシアとジョンの妻は、ジョンの喪が明けるとすぐに妻の実家であるチチェスター公爵家に帰った。
レティシアに嫌われてことごとく虐められてきたアンジェラはホッとしたが、レティシアは虐めを止めたわけではなかった。
ニーナは誰にでも脚を開く売女だが、アンジェラも然りで、15のデビュタントを迎える前だというのにもう身体は清くないだの、事実無根の噂を社交界に流したのである。
アンジェラはそれにより、こうした噂を間に受けた男どもに学園にて追いかけられることになったのだ。
今日も手篭めにされそうなところを何とか切り抜け、アンジェラの唯一の癒しの場所である図書館に逃げ込もうとしたところ、レティシアに会ってしまった。
「いい気味ね。あなたは這いつくばっているのが似合うわ」
レティシアは尻もちをついたアンジェラを見下ろしてニヤリと笑った。
焦茶色の髪を丁寧に編み込み、綺麗な卵型の顔をすっきりと出したレティシアは、一見すると聖女のように見えた。
茶色の瞳は優しそうで、ふんわりと花が咲くような可愛らしい印象のレティシアの評判は、確かにすこぶる良い。
実際、「お手本令嬢」との二つ名すらある。
アンジェラが「レティシアに押されて侮辱された」と誰かに訴えてみたところで、信じるものはいないだろう。
しかし先にも述べたように、レティシアはこれまでアンジェラを虐め倒してきた。
目立たないように、誰にもわからないように、寝床に虫を入れる、わざと転ばせる、髪を切る、顔に傷をつけようとする、そういったことを断続的に行なってきた。
ずっとアンジェラはレティシアを恐れていたが、ある日髪を切られた時、レティシアが単に自分の美貌を妬んでいるのだと気がついた。
レティシアは、令嬢としてのアンジェラの価値を下げたくて仕方がないのだ。
この虐めは自分が惨めに見えれば止むーーアンジェラはそう思って耐えてきた。
だから今日も、レティシアに押されて尻もちをついて、惨めそうに倒れ込んだ方が良いと判断したのである。
「ずっと這いつくばってるつもり?噂の悪女が本当は姉に逆らえない気の弱い女だなんて皆知らないものね。あー可笑しい」
フフフとレティシアが笑った。
アンジェラはレティシアを刺激しないように、彼女が立ち去ってから立ち上がるつもりだったが、どうやらレティシアはもう少しアンジェラをいたぶりたいようだ。
無い物ねだりね、そうアンジェラは心のなかでため息を吐いた。
あなたは清楚だけど、男の人に強烈な印象を与えるかと言えばそうではない。
だから私のことを卑しいだとか妾の子と見下しながら、妬ましくて仕方がないのね。
だけど私はあなたの守られた立場が心の底から羨ましい・・・!
アンジェラは心の中のドロドロに気がつかないふりをした。
冷静に。落ち着いて。ここでレティシアに挑戦しても意味がないわ。
立ち上がるべきか、惨めそうに尻もちをついたままの方が良いのか、アンジェラが冷静に思考を巡らせたとき、威厳のある声が聞こえた。
「何をしている?」