93話 勇者と再会する
食堂を出て、女性陣と分かれた後。
俺は王都の大通りをにぎやかすことにした。
色々と行き先を考えてみたのだが、特段行きたい場所も思いつかない。だけど、このまま宿に戻るのも流石に味気なさすぎるので、とりあえず当て所なくぶらぶらすることにする。
この大通りは、街の中央に位置するエルミア城の城門へと続いている。
通りには実に多くの人の姿で溢れているし、両脇に立ち並ぶ煉瓦造りの建物には、様々な店舗が軒を連ねていた。
青果店や雑貨屋、薬屋など、一般的な日用品を売る店の他に、武器種ごとの専門店や、魔術師向けの魔法具の店など、様々な専門店も見受けられた。
その中に錬金術師向けの専門店を見つけたので、俺は何とはなしに足を向けた。
一歩店内に入ると、香草の強い香りが鼻をつく。
狭く薄暗い空間の中には、大小さまざまな錬成具や錬金術の素材と思しき品々が、所狭しと陳列されていた。
俺にとって馴染み深い錬成釜や錬成符などの他に、瓶に入った謎の発光液体や黒焼きになったイモリといった怪しげな素材など、そのラインナップは実に幅広い。
「あ、そうだ――」
俺はふと思い立ち、店内を見回し、とある錬成具の取扱いがあるかを確認する。
程なくして、俺は目的の品を見つけ、それを手に取った。
それは一冊の本だった。
高級そうな装丁が施された本の表紙には、互いが互いを喰らい合う二頭の竜の姿――錬金術の真理を表す、円環の竜の図が描かれていた。
俺が中身を開くと――しかし中身は白紙で、何も書かれていない。
そう、これは錬金術師なら、誰もが一冊は所有する備忘録。
備忘録は、見た目は普通の本だが、れっきとした錬成具だ。
所有者は備忘録に自身の魔力を通すことで、ある種の契約を交わす。
備忘録と契約を交わした所有者は、ペンのインクではなく、自らの魔力でその内容を記すことが出来るようになり、記載した内容は、自分以外は読み取ることはできない。
もちろん、俺の持つ備忘録も同様だ。こうして、錬金術師は自身の研究成果を守っていくのだ。
この間、俺の一番弟子がめでたく錬金術師としての第一歩を踏み出したんだ。
師匠としては、何かお祝いをしてあげないとな。
俺は備忘録を購入し、店を出た。
***
その後もしばらく大通りに沿って歩く。
そして、俺はとある建物の前で足を止めた。
俺は、その建物を見上げる。
「ここから出て行ってから、まだ数ヶ月しか経ってないのに……随分と久しぶりな気がするな」
俺は思わず独りごちた。
この建物は、青の一党のパーティ本拠地。
俺がパーティのメンバーとして三年間過ごし、そして追放された場所だった。
冒険者ギルドで、青の一党の名前が出てから、やはり心の片隅で気がかりだったのかもしれない。
特にこの場所で誰かに会おうだとか、何かをしようというつもりはまったくなかったのだが、半分無意識のうちに、俺の足はここに向いていた。
「いや、今更ここに来てどうするんだ。俺はもうパーティメンバーじゃないんだし。帰ろう」
そう思い直し、立ち去ろうとしたとき――
「あれ? ニコさん! ニコさんじゃないですか!」
突然背後から声をかけられた。
振り向くとそこには、青の一党のメンバーだった、地図職人の青年、ハインツが立っていた。
「やっぱりニコさんだ! うわぁ、久しぶりだなぁ。いつ戻ってきたんですか?」
ハインツは笑顔を浮かべて俺の元に駆け寄ってくる。
「やぁ、久しぶりだね、ハインツ。元気だった?」
「はい! 僕は相変わらずです」
ハインツは半年ほど前に青の一党に加入した新入りだ。俺と歳が近く、地図職人という同じ支援職ということもあって、気が合う間柄だった。
ラインハルト達から軽視されているという立場も一緒で、たまにお酒を片手に、パーティでの互いの境遇について愚痴を吐き合ったりした。
「どうしてここに? パーティーを抜けたと聞いていたけど、もしかして戻ってきてくれたんですか!?」
「いや、違うよ。俺は今色々あってルーンウォルズで暮らしてるんだ。王都へはちょっとした野暮用でね。ここもたまたま通りかかっただけだよ」
俺が事情を説明すると、ハインツは少し寂しそうな顔をした。
「そうですよね……でも、それで正解ですよ。ニコさんが抜けた後、パーティは、ガタガタになっちゃいましたから……」
「それって、どういうこと?」
俺は思わずハインツに聞き返す。
俺がパーティから抜けた後、青の一党はどうなってしまったのか。
心の中では、もう自分には関係ないことだと思っていても、やはり、気がかりだった。
「えっと、実はですね――」
そう言ってハインツは青の一党の現状を語ってくれた。
少し前から依頼の達成率が著しく低下していたこと。
パーティの評判が下がっているのに、ラインハルトら幹部たちの尊大な態度は相変わらずで、パーティの悪評に拍車がかかってしまっていること。
そんなパーティに嫌気がさして、メンバーも次々と脱退しており、今や俺がいた頃の三分の一程度まで減ってしまったこと。
冒険者ギルドから与えられたSランクの階位も降格される可能性もまことしやかに囁かれていること。
「――最近は、ラインハルトさんの頼みの聖剣が、使えなくなってしまったっていう、妙なウワサまで流れているんですよ」
「聖剣が……?」
「あくまでウワサですけどね。でも、それが本当だとしたら、固有技能に鼻をかけて、あれだけ偉そうにしてたんだから、いいザマです」
ハインツは意地の悪そうな表情でそう言った後、気を取り直した様子で言葉を続けた。
「実は、僕もつい昨日、退団手続きをとったところなんです。青の一党は、そりゃあ大きくて強いパーティだったかもしれないけど、あんな傲慢で、僕たち支援職を蔑ろにするリーダーの元では、もうやっていけないと思って。ニコさんもいなくなっちゃったし」
「そうなんだ。次のパーティの当てはあるの?」
「はい! Bランクの冒険者パーティなんですけど、リーダーがちゃんと、僕たち支援職の役割も理解してくれていて。なんていうか……自分の役割が求められてるっていうのかな」
そう言ってハインツは恥ずかしそうに笑った。
「うん、その気持ちは俺もわかるよ。自分の役割が、価値が――仲間たちに受け入れられるって、こんなにも嬉しいものなんだなって……」
俺がしみじみ呟くのを聞いて、ハインツも笑顔になった。
「よかったです。その様子だと、ニコさんも新しいところでうまくやっているみたいですね。その、心配してたんです。突然いなくなっちゃったから……」
「うん、なんとか楽しくやってるよ」
その後、俺はハインツとしばらく互いの近況報告を交わしてから、再会を約束して別れた。
***
俺は、ハインツと別れた後もしばらく一人で建物のそばに佇み、今しがた彼から聞いた話を頭の中で反芻する。
やはり青の一党の内情は、なかなかまずいことになっているらしい。
となると、フリームニルの討伐依頼を偽装したという推測も、あながち的外れなものではなくなってくる。
「いや、もう俺には関係ないことだ……」
俺は無理やりそう思い込む。
「宿に戻ろう……」
そう言って、来た道を戻ろうと、踵を返した。
そのとき。
「待て――」
俺を呼び止める声が聞こえた。
ハインツのものではない。
それは、ある意味、この町では一番聞き慣れた声だった。
心臓の奥が冷えるような、そんな感覚があった。
俺はおずおずと、声の方に振り返る。
「久しぶりだな」
そして、俺は彼の顔を見た。
「ラインハルト――」
そこには、青の一党のリーダー、ラインハルトが立っていた。
作品を読んでいただき、ありがとうございます!
ページから離れるとき、
ブックマーク、
少し下にある「☆☆☆☆☆」をクリックして応援していただけると嬉しいです! 執筆の励みになります!