112話 勇者に仕掛けた狩人の罠
冒険者ギルドでの用事を済ませた俺たちは、ギルドの建物から外へ出た。
討伐報告書のための聞き取りなどで思ったより時間をとったため、時刻はすでにお昼時に差し掛かっていた。
「これで王都での用事は全部終了。みんなお疲れ様でした」
俺は皆に振り返って労いの言葉をかける。
「それにしても討伐報酬がこんなに沢山貰えるなんて思わなかったな。ねぇねぇ、ちょっとその袋、ボクにも持たせてよ」
トゥーリアが横から俺の持っている硬貨がたんまり入った皮袋を覗き込む。
彼女の求めに応じて、俺は袋ごとトゥーリアに手渡した。すると彼女は、その中身を見て感嘆の声を上げた。
「わぁ……凄い。全部金貨だよ! えっと報酬は一万エルクっていってたから……ざっと百枚入ってるのかぁ」
トゥーリアはキラキラと輝く瞳を俺たちに向ける。
「ニコ、ミステル、やったね! 頑張った甲斐があったね!」
「はい、わたしとニコの仲介停止も無事に解除されましたし……」
「目的は全部達成、だね」
「……です」
俺とミステルは頷きあった。
「それにしても……ラインハルトって人……何考えて成果品の偽造なんてしたんだろ……? いつかは絶対にバレるのに……アホ……」
ソフィーが呆れたような様子で呟く。
「少なくとも俺がいた頃は、そんなことするパーティじゃなかったよ……そもそも滅多に依頼失敗なんてしなかったから。魔力不足で聖剣が思うように使えなくなって、焦ってたのかな」
俺はラインハルトの行動に疑問を覚えつつ、彼女の問いに答えた。
「ふーん……やっぱりこのまま冒険者ギルドから除名されるのかな? 逆恨みしてニコくんたちに粘着してこなければいいけどねぇ……」
「どうだろう……リーアさんは降格は避けられないって言っていたけど。腐ってもSランクパーティとして魔族討伐の功績はあるわけだから、除名ってことはないんじゃないかな。それに――」
「それに?」
「昨日話した通り、ラインハルトたちとは色々あって戦うことになったわけだけど――そもそものアイツらの一番の目的だった、【魔力自動回復】の付加効果つき回復薬のレシピは手渡しているんだ。だからラインハルトたちは今後はそれを使って、調子を取り戻していくんじゃないかな」
俺がそう言うと、トゥーリアが不満げな様子で横から口を挟んできた。
「でもさぁ、ニコとミステルは色々とアイツらから嫌がらせされたんでしょ? しかも最後は逆恨みで襲ってきて……そんな奴を結果として助けてあげるなんて、いくらなんでもお人好しすぎない? 納得いかないなぁ」
「うん……まぁ俺も色々と思うところはあるけど、レシピはもう渡しちゃったし――」
昨日ラインハルトたちと戦う前までは、俺自身彼らを助けてあげたいと思っていた。
だけど、彼らは恩を仇で返すかのような態度をとって、何よりもミステルを侮辱して傷つけたのだ。
トゥーリアの言う通り、そんな奴らを結果的に助けることになったことについては……思うところはある。
「そのことなんですが――」
そんなことを考えていると、ミステルがおずおずと声をかけてきた。
「実はわたしの【幻術】技能でレシピの一部を書き換えているんです」
「え?」
「ですから、レシピの一部書き換えを。だから、あのメモのとおりに回復薬を作っても、多分錬成は失敗します」
「ええ!? いつの間に?」
「噴水広場でレシピを見せてもらった時です」
俺は思わず目を丸くしてしまった。
そう言われてみれば、レシピを書いたメモ用紙を、ミステルに手渡した気がする。
「ニコは優しいから、ラインハルトたちを助けたいと言っていましたけど。生憎わたしは優しくありませんので。ラインハルトたちがわたしの目の前で、ニコに対して心からの謝罪をするまでは、彼らを許しませんし助けるつもりもありませんでした」
「そ、そうなんだ……」
「もちろん、彼らがきちんと謝ったなら、すぐに【幻術】を解くつもりでいたのです……結局最後まで謝罪の言葉を口にすることはありませんでしたけど。というか、昨日の様子じゃ――永遠にその機会はなさそうですね」
ミステルがいつもより低い声でそう呟く。
その言葉には、静かな怒りが込められているように感じられた。
とはいえ、それも一瞬。
彼女は俺の方に向き直ると、申し訳なさそうな表情を見せてぺこりと頭を下げてきた。
「勝手なことをしてごめんなさい。本来ならニコにきちんと説明したうえでそうするべきでした。でも、優しいあなたのことだから、言ったら絶対に止められると思って――その、もしニコが技能を解除するように言うなら、わたしはそれに従いますので……」
彼女は少しシュンとした様子だ。
勝手なことをしてしまったという自責の念があるのだろうか。
だけど。
「ぷっ――あははは」
俺は思わず吹き出してしまった。
ミステルがそんな俺の様子を見てキョトンとした表情を見せる。
「どうしました? ニコ――」
「ああ、ゴメン。なんだか可笑しくなっちゃって。ミステルそんな頭を下げないで。むしろありがとう。俺ができなかったことを代わりにやってくれて」
俺の口から出た言葉は偽りのない本心だった。
「その、俺は自分が色々と甘すぎるって自覚はあるから――それに今回はその甘させいでミステルたちに迷惑かけちゃったわけだし……だから、色々とミステルがフォローしてくれるくらいで丁度いいよ」
「ニコ……」
「ミステル……ありがとうね」
「はい……お安い御用です。恋人ですから」
恋人という言葉を受けてちょっとドギマギしてしまう。
俺たちはお互い見つめあい、微笑みあった。
すると、隣から咳払いが聞こえてくる。
「はーい、隙あらば二人の世界に入らないでくださーい」
「うふふ……お熱いのは結構なことだけどねぇ……」
トゥーリアとソフィーだ。
二人は呆れたような視線をこちらに向けていた。
「あ、いや、そういうわけでは……あはは、ご、ごめん」
俺は恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻いて苦笑いを浮かべた。
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