109話 帰り道。かつて孤独だった少女
青の一党のパーティ本拠地から宿への帰り道。
俺、ミステル、トゥーリア、ソフィーの四人は陽が落ちて仄暗くなった街中を並んで歩いていた。
戦いの後、マーガレットとリリアンは、気を失ったラインハルトを連れ、転移魔法を唱えて何処かへと消えてしまった。
それを追いかける術も気力も俺たちにはなく、最低限の応急処置を済ませてから、宿に引き上げることにした。
「うーん。いい雰囲気だったのになぁ……あとちょっとでチューだったのにぃ」
「ふふ……トゥーリアのせっかちさん……でも大丈夫……あとは勝手に燃え上がっていくだけだから、若い二人に任せよう……うふふ」
俺の前を歩くトゥーリアとソフィーはそんなことを言いながら、楽しげな様子で笑い合っていた。
帰り道の道中、二人には、ラインハルト達との因縁のことや、回復薬レシピを巡って再会に至ったこと、そして戦いに至った経緯などなどを簡単に説明した。
とはいえ、二人にとってそんなことは些細なことらしく、もっぱら話題は俺のミステルに対する告白劇についてだ。
「それにしても驚いたなー! まさかあのタイミングで愛の告白だなんて! ニコがあんな大胆な行動に出るとは思わなかったな」
「うんうん……私もびっくりした……でも……とっても素敵だった……」
「ミステル、ニコ。ちゃーんとボクたちが今日の告白の証人になってあげるから、これからしっかりね!」
トゥーリアはこちらを振り返ってにっこりと笑った。
俺は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じる。
隣で俺に肩を貸しながら歩くミステルも耳まで真っ赤にして俯いていた。
「……というか、トゥーリア、ソフィー。君たち二人はどうしてここにいるのさ」
俺は恥ずかしさに耐えきれず、話題を変えようと二人に声をかける。
二人は俺たちが絶対絶命のピンチのとき、絶妙なタイミングで駆けつけてくれた。
……思い返すと、少々タイミングが良すぎる気がするのだ。
俺の問いかけに二人は妙にそわそわした様子を見せる。
「え? えっと……わたしは……目当ての本を買い終わってから、街をぶらぶらしてて……そしたら聞き覚えのある声がしてきて」
「あー、ボクもそんな感じ。その、急用を終えてから、散歩をしてたんだ。そしたらたまたま二人の姿を見かけてね、それでね、アハハハ――」
「それにしては二人ともやけにタイミングよく登場してくれたけど……」
二人とも妙に歯切れが悪い。
目も明らかに左右に泳いでいる。
「まさかとは思うけど、今日俺たちの後をずっとつけてたり……?」
「ギクッ……そっ、そんなことないですヨ……」
「そうだよ! ボクたちは偶然通りかかっただけなんだってば!」
「本当に?」
「嘘じゃないもん!」
「絶対絶命のピンチを救った仲間たちの言葉を……信じてくれないなんて……やっぱつれぇわ」
二人の必死な様子が逆に怪しかった。
これは十中八九、後をつけられていたな。
まあ、おそらく俺とミステルが二人きりになれるように気を使ってくれたんだろうな。
俺は二人のお節介に少し呆れて、ため息を一つつく。
そして、二人の方に向き直り。
「なんにせよ二人ともありがとう。二人が駆けつけてくれたおかげで命拾いしたよ」
「そうですね……わたし達二人だけではラインハルトたちに勝てていなかったかもしれません」
俺とミステルは、二人に感謝の言葉を口にした。
「そんなの、ボクたちもキミの仲間なんだから当然だろ?」
「うん、気にする必要……ない……」
トゥーリアとソフィーはそう言って、俺たちに笑顔を向けてくれた。
「それにしても、ソフィーの魔法には驚いたよ。あんな凄い魔法を使えるなんて知らなかった」
「ああ、あれ? すっごい疲れるから……滅多にやらないんだけど……緊急事態だったから……」
そう言ってソフィーは手元に抱えた一冊の本を見せてくれた。
「これは禁書の写本……」
「ネ、ネクロノミコン!?」
禁書――
それは魔法をかじるものなら誰でも一度は耳にしたことがある、遥か昔に禁忌とされた魔導書である。
そこに記された魔法は、今俺たちが一般的に使っている魔法とは全く別の体系を持つとされ、秩序を持って発動する現代魔法と異なり、混沌の力をもって発動すると言われている。
俗に、禁書に記載されている魔法は、黒魔法と呼ばれており、数ある魔導書の中でも抜群に物騒な代物だ。
「な、なんでそんな物騒なモノを……?」
「ほら、わたし一時期魔導書研究所で働いてたって言ったでしょ……? そこを辞めるとき、こっそり魔導書の蔵書室に忍び込んで、片っ端から読み漁ったの……それで、後から自分で写本にした……そのうちの一冊が、禁書……護身用に持ち歩いてる……」
「それって、バレたら不味くない……?」
「バレてないから……問題なし……」
そういってソフィーはにやりと笑った。
ま、マジか……
この子は……
こと本に関してはぶっ飛んだ発想をするんだな。
俺は心の中で冷や汗を流す。
「でも……そんなの読んで大丈夫なの? その……精神に異常をきたしたりとか」
「そういうのは平気……ちょっと頭の中を……誰だから知らない声が響くくらい……むしろ……楽しい」
「そ、そうなんだ……」
それはやっぱりけっこうヤバいのでは?
と思わなくもないが、本人が大丈夫だといっているのだから、これ以上追求するのはやめておいた。
***
「そういえばさ、ミステル。いっこ聞いていい?」
トゥーリアがミステルの方を振り返って尋ねた。
「なんですか?」
「キミの瞳――」
トゥーリアはそう言ってミステルの瞳を指差す。
そう、そのことはさっきから俺も気になっていた。
ミステルはいつも【幻術】技能で、自身の赤い瞳を隠しているのだが、さっきのラインハルトとの戦いの途中、その効果が切れたのだった。
いつもなら本来の瞳の色を隠すために、すぐに【幻術】をかけ直すのだが、今日の彼女はそのままだった。
隠さなくてもいいんだろうか?
「はい、わたしの瞳の色は本当は赤色なんです」
「え、そうだったの?」
トゥーリアの問いにミステルははっきりと答える。
「わたしはずっと自分の瞳の色が嫌いだったから、今までは技能で隠していたんです。だけど、もう隠すことはやめることにしました」
「なんで?」
ミステルは俺を見つめて、はにかむように微笑んだ。
「――綺麗だって言ってくれたから」
「え?」
ミステルが小声で何か呟いたけど、よく聞こえなかった。
「いえ、なんでもありません。その、少しだけ自分の瞳の色が好きになれたんです。だからもう隠すのはやめました。それだけです」
「ふーん、そうなんだ。でも隠さなくて正解だよ! そっちの方が似合ってるし、ボクの髪の色とおそろいだしね!」
「そういえばそうですね」
「なんか……秘めたる力がありそうだね……かっこいい」
「ありがとうございます、ソフィー。ふふ、でも残念ながらそんな力はありませんよ」
彼女たちはそんな風に軽口を叩き合う。
多分二人とも赤い瞳がこの世界で忌色として嫌われていることくらいは、知識として知っているだろう。
だけど、そこには赤い瞳に対する差別も偏見もなかった。
トゥーリアとソフィーもミステルの瞳の色のことを、まったく気にしていない様子だ。
まあ、それも当然か。
瞳の色の変化くらいで、今更お互いの関係が変わるわけがない。だって彼女たちは友達なんだから。
――ミステル。よかったね。
俺はかつて孤独だった少女の横顔に向けて微笑んだ。
作品を読んでいただき、ありがとうございます!
ページから離れるとき、
少し下にある「☆☆☆☆☆」をクリックして応援していただけると嬉しいです! 執筆の励みになります!




