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102話 錬金術師は勇者と再び対峙する

 俺は備忘録(メモランダム)から、付加効果(エンチャント)【魔力自動回復】が付いた回復薬(ポーション)のレシピを、メモ紙に転記する。


「よし、これでオッケー」


 この回復薬(ポーション)を使えば、ラインハルトたちは魔力不足に悩まされることなく、その力を存分に発揮できるようになるはずだ。


 俺がメモ紙の内容に誤りがないか確認していると、ミステルが覗き込んできた。

 

「ニコ、ちょっとそのレシピを見せてくれませんか」

「ああ、いいよ」


 ミステルのお願いを受け、レシピが書かれたメモ用紙を彼女に手渡す。

 彼女はそれを受け取ると、少しの間じっと見つめた。


「ありがとうございます」


 そう言ってミステルは受け取ったメモ用紙を俺に返す。

 

「なにか気になるところがあった?」

「いいえ、大したことじゃないんです。それにしても、改めて思いますよ。【魔力自動回復】の付加効果(エンチャント)なんて聞いたことありません……凄いですね」

「ありがとう。そう言ってもらえると自信になるよ」


 俺はそう言ってから、レシピが書かれたメモ用紙を懐にしまった。


「それじゃあ行こうか。青の一党(ブラウ・ファミリア)のパーティ本拠地へ」

「はい、行きましょう」


***


 パーティ本拠地の建物にたどり着いた俺たちは、堅牢な扉の前に立つ。

 扉の横にはとある魔法陣が記されていた。

 

 通達(コール)の魔法陣。

 この魔法陣に手を触れることで、来訪者の存在を中へと伝えることができる仕組みだ。


 俺は魔法陣に右手をそっとかざす。すると触れたところを中心に、魔法陣が広がるように発光した。


 しばらくして。

 扉がゆっくりと開かれた。


「きてくれたか、ニコ・フラメル」


 扉の向こうにはラインハルトの姿があった。

 そしてその両の(かたわら)には、マーガレットとリリアンが、彼に寄り添うように立っていた。


「やあ……マーガレット、それにリリアンも。久しぶり」


 俺は久しぶりにあった彼女たちに声をかけた。

 二人は軽く頭を下げて、会釈をした。

 

 残念ながら、いや、当然ながら。

 彼女たちの反応は、久しぶりの仲間に再会したというものではなく、どこかよそよそしい、他人行儀なものだった。


 そのことに一抹の寂しさを感じながらも、俺は気を取り直してラインハルトに向かい合った。


「中に入るかい?」

「いや、このまま……ここで話を」


 俺たちを建物の内部へ促そうとするラインハルトを制止し、外で話をしたいと告げる。


「わかった。僕はそれで構わないよ。すまないね、せっかく来てくれたのに満足なもてなしもできず……」


 いいんだ、そんなもてなしは要らない。

 ここに来たのは、極論するとラインハルト達の為じゃない。ただ、自分の自己満足のためなのだから。


「ところで、彼女は?」


 ラインハルトは、俺の傍らに立つミステルに視線を向けた。


「彼女は……って、君は――」


 そう言いかけて俺は口を止めた。

 

 もしかしたらラインハルトは、今ここに立つ少女が、かつて自分がパーティから追放した狩人(ハンター)の少女だと気づいていないのかもしれない。

 ミステルはラインハルトとそこまでの関わりは無かっただろうし、今の彼女は洋服も髪型も、あの時と全然違う。


「彼女は俺の今のパーティの仲間だよ」

「そうか、美しいお嬢さんだ」


 そう言ってラインハルトはミステルの元へ一歩近づて、(うやうや)しく挨拶をした。

 

「はじめまして。僕の名前はラインハルト。王都エルミアのS級パーティ青の一党(ブラウ・ファミリア)のリーダーを務めている。ニコ・フラメルとは古い付き合いだよ」


 そう言ってラインハルトは爽やかな笑顔をミステルに向けた。

 

 やっぱりこいつ。

 ミステルのことを、彼女に自分が何をしたか、さっぱり忘れているようだ。

 それに態度の節々にミステルに対して、色目を向けているのが感じられる。

 

 ラインハルトは昔から女好きだったからな……

 あ、ほら。マーガレットとリリアンが冷たい視線を向けているよ。

 

 それに対してミステルは、無表情のままペコリと頭を下げるだけだった。

 あ、いや。微妙に口元がひきつってるな。

 本当に小さい変化だけど、彼女と長く一緒にいる俺には彼女の感情の機微が分かる。これは苛立っている様子だ。


「ラインハルト、彼女のことは今は関係ないだろう。お互い時間も限られているだろうし、本題に入ろう」


 俺は話を本筋に戻すために、ラインハルトに声をかけた。

 

「ああ、そうだったね。それで、ニコ。ここに来てくれたということは、僕の願いを聞いてくれるということでいいのかい」


 ラインハルトは探るような視線をこちらに向けた。

 彼は見返りに俺が何を求めてくるか探っているようだが、もとよりこちらはそんなものを求めるつもりはなかった。

 

 俺は、淡々と結論を告げる。


「ああ。君に依頼された回復薬(ポーション)のレシピは――ここに持ってきたよ」


 俺は懐から回復薬(ポーション)のレシピが記載されたメモ用紙を取り出した。


「おお!」


 ラインハルトの表情がぱっと明るくなった。

 

 俺はレシピを彼に差し出す。

 彼はすぐさまその紙を手に取り、中身を食い入るように見つめた。


「これが、君の――【魔力自動回復】付きの回復薬(ポーション)のレシピなんだね」

「そうだよ。俺が青の一党(ブラウ・ファミリア)にいた時に作っていた回復薬(ポーション)と同じものができるはずだ。別に特別な工程は組んでいないから、レシピに従えば、品質はともかく、誰が錬成しても同じものができるよ」


 俺の言葉を聞いたラインハルトは、さらに興奮したように息を荒げる。

 彼はメモ用紙を両手で持ち、まじまじと見つめていた。


「これで君のパーティの魔力不足問題が解決すればいいんだけど……」


 ラインハルトは俯いたまま、ぶつぶつとつぶやいた。

 俺の言葉は彼の耳に届いていない様子だった。

 

「ああ、これで解決だ。全部、全部解決だ……僕は再び、思う存分聖剣(エクスカリバー)を振るうことができる……勇者としての、地位も……名声も……全部取り戻せる」


「ふふ」


「ふふふ……」


「はははははは! あっはっはっはっはっはッ!」


 ラインハルトは肩を揺らして、狂ったように笑い出した。

 突然の彼の変貌に、俺もミステルも戸惑う。


 そして、ラインハルトはゆっくりと顔を上げた。

 そして、彼は俺を見据えて。


「ご苦労だったな。雑用係――」


 歪んだ微笑みを浮かべた。


作品を読んでいただき、ありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] 例えるなら、画家と一般人が同じ画材と画法で同じモデルの絵を描いても同じレベルの作品が出来るワケが無いですからね いくらレシピ通りに作っても、レシピに書けない要訣は才能や長年の積み重ねでしか…
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