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100話 デートのおわりに

 店を出た俺たち二人は、そのまま広場まで移動することにした。


 この広場はエルミア王国の直営で管理している公園で、王都にある公園の中でも、最大の面積を誇る。

 広大な敷地の中にはあちこちに緑地や花壇が広がっており、日中は多くの人々が集まる、民の憩いの場となっている。

 公園の中央には巨大な噴水広場があり、今日のように暑い日でも涼を求めて訪れる人も多い。

 噴水広場の周辺は特に景観が美しく、ベンチもたくさん設置されているため、休憩するのはもちろん、カップルのデートスポットとしても人気の場所となっていた。


「ということらしいよ――」


 俺はガイドマップに書かれている情報を、隣に座るミステルに伝えた。


「なるほど、確かに素敵な場所ですね」


 ミステルは周囲を見回しながら呟く。

 

 広場に到着した俺たちは、そのまま大噴水があるエリアまで移動した。

 ちょうど大噴水が正面に見える位置のベンチが空いていたので、そこに並んで腰掛けていた。


 今の時刻は午後三時くらい。

 大噴水から流れる水は、だんだんと傾いてきた太陽の日差しを反射してキラキラと輝いていて、とても綺麗だ。

 

 辺りには俺たち以外にも、家族連れや恋人同士と思われる人たちの姿が見える。

 噴水から流れる水音と共に、時折、遠くから子どもたちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「ミステル、改めて。これを、その、今日の記念に――」


 俺はそう言って、懐からラッピングされた小箱を取り出し、ミステルに手渡した。


「ありがとうございます――」


 それを両手で受け取ったミステルは、慈しむような手つきで胸許に抱える。

 

「こんなに素敵なプレゼントを頂けるなんて……思ってもいませんでした。本当に嬉しいです」

「ううん、喜んでくれたのなら何よりだよ」


 俺は笑顔を浮かべて応える。

 

「本当に、あなたからは色々なものを貰ってばかりです」

「え、そうだっけ……?」


 ミステルの言葉を受けて、俺は、はたと考えてしまう。

 確かミステルへのプレゼントはこれが初めてだったと思うけど。


「ふふ、なんでもありません」


 ミステルはそう言って悪戯っぽく笑った。


「どうしよう、もう開けちゃおうかな。でもなんだか勿体ないな……」


 彼女は小箱を胸に、迷ったような様子で呟いた。

 

 その様子を見て、俺は思わず苦笑してしまう。

 だって自分で選んだものなんだから、中身は既にわかっているだろうに。

 それでもここまで喜んでくれるのは、プレゼントを贈った側としてはとても嬉しい。贈り甲斐があったというものだ。

 

「せっかくの髪飾りだから、早く着けたところを見てみたいな」


 俺はそんなミステルの背中をそっと押してあげた。

 俺の言葉を聞いて、決心をしたのだろうか。

 ミステルはすこしはにかんだ後、「開けちゃいます――」と言って、リボンを解き、丁寧に包み紙を剥がし始めた。

 そして中から現れた白い箱を開けると、中に入っていた髪留めを手に取る。


 小さな青い花――ミステルが一番好きな花であるミオスティスをモチーフにした髪飾り。


 ミステルは(うやうや)しい手つきでそれを手に取ると、そっと自身の髪に留めた。

 彼女の透き通るような銀髪に、可愛らしい青色がよく映えている。

 それはまるで、微風(そよかぜ)に吹かれた花びらが、やさしく舞い降りたかのように見えた。


「その……どうでしょうか。変じゃないですかね……?」


 ミステルは自身の髪に手を当て、少しうつむき気味に、モジモジしながら訊ねてきた。

 そんな仕草や表情がまた可愛らしくて……

 俺は彼女に微笑みながら答えた。

 

「すごく似合ってるよ。想像していた通りだった」


 俺が正直な感想を伝えると、ミステルの表情はぱあっと明るくなった。

 

「よかった――」


 嬉しそうにしている彼女を見ていると、こっちまで幸せな気持ちになってくる。

 プレゼントをして本当によかった。


「わたし、今日のこと、絶対に忘れません。あなたと二人で過ごせた時間のことを――この髪飾りも一生大切にします」


 一生って……そんな大袈裟な。

 

 俺は気恥ずかしさと共にそう思ったけれど、よくよく考えてみると、俺も同じ気持ちだった。


 今日一日を思い返す。

 

 予期せぬ形で始まった俺とミステルの二人の時間。

 異性とのデートなんて初めてで、どこに行けばいいのかも、何をすればいいのかもよくわからなかった。


 最初はお互い緊張して、戸惑いの連続で。

 だけど、二人で過ごす時間は、楽しくて、大切で。

 いつの間にか二人の間の緊張は嘘のように溶けて消えて。

 気が付けば、俺もミステルも自然体だった。


 これから先どんなことがあろうとも、きっとこの日のことは、かけがえのない想い出として、色鮮やかに俺の心の中にも残るのだろう。


「俺も忘れないよ」

「はい、忘れないでください」


 そう言って俺たちは、微笑みあった。


***

 

 それからしばらく俺たちは無言のまま、目の前の大噴水を眺めていた。

 空は徐々に茜色に染まってゆき、大噴水から流れ落ちる水が、西から刺す夕陽の光を受けて、きらめきを強めていた。


 じきに陽が落ち、今日という一日が終わる。

 俺にとって掛け値無しに、本当に楽しかった一日が。


 それと共に。

 俺の中で、心の奥底に仕舞い込んでいた悩みが、頭をもたげた。

 それは、まるで白いキャンバスに黒い絵の具が一滴だけ垂らされたように。

 最初はほんの少しの滲みだったけれど、ゆっくり確実に、周りに広がっていく。


 

――回復薬(ポーション)のレシピを教えてくれ。お願いだ。僕は君のことを信じているよ。

 


 俺の脳裏に、ラインハルトの言葉(のろい)がリフレインした。

作品を読んでいただき、ありがとうございます!


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