1話 お前を追放する!
「お前をこのパーティから追放する!」
薄暗い室内に男の声が響き渡った。
ここは俺が所属するパーティ――青の一党の本拠地、その会議室。
パーティリーダーのラインハルトが人差し指を突きつける。
その先にいるのは俺――ではなくて、銀髪の可憐な少女。
(なんで、こんなことになったんだ?)
ラインハルトの言葉は俺にとって、まったく理解できないものだった。
俺はその原因となった三日前のとある出来事――銀髪の少女との出会いを思い出していた。
***
迷宮――ワルプルギス大幽林。
その最奥にて。俺たちパーティは死地に立たされていた。
目の前に立ちふさがるは、漆黒の甲冑とマントに身を包む暗黒騎士――名を持つ魔族・暗幕のナハト。
パーティの仲間たち――リーダーで聖騎士のラインハルト。魔術師のマーガレット。聖職者のリリアン。彼らは皆、ナハトの致命の一撃を受け、ボロ雑巾のように地面に転がっていた。
この場に立っているのは俺とあと一人。
俺は隣に立つ銀髪の少女に目を移す。彼女は先ほどまで背負っていた大弓に矢をつがえ、まっすぐナハトを見据えていた。
無骨な狩猟服に身を包んだ可憐な少女。
彼女は新参のパーティメンバー。
職業が狩人であること以外、俺は彼女の名前すら知らない。
ただ、常識的に考えて、彼女一人の力で強力な名を持つ魔族の相手をできるとは到底思えなかった。
俺は視線をナハトへと戻す。
真っ黒い兜の奥で、魔族の特徴たる赤い瞳が怪しく光っていた。
その昔、自分が冒険者として初めてギルドに登録をしたとき、ベテラン冒険者から聞かされたことを思い出す。
どんなに勇ましい言葉で自分を飾ったとしても。
どんなに便利で強力なスキルを覚えていったとしても。
俺たちはちっぽけな一人の人間にすぎない。だから、死ぬときは、あっさりと死ぬ。それが魔族と戦う冒険者の現実なのだと。
そんな当たり前のことを今更ながら痛感し、全身の血の気が引いていく。俺たちパーティは、今まさに全滅の危機に直面しているのだ。
「終わりだ……」
絶望と諦念が、俺の口からかすれた声としてもれる。
「まだ終わっていません」
狩人の少女が声を上げた。
「私がナハトを引きつけます。その間にアナタはここから脱して、救援を呼んできてください」
「救援って――こんな迷宮の最奥で、都合よく他のパーティなんか……」
「それでも、このまま何もしなければパーティは全滅です。それならばわずかでも、助かる可能性にかけるべきです」
少女は淡々とした口調で言う。まるで恐怖などなにも感じていないかのように。
「だけど、キミ一人置いて逃げるわけには――」
「あなたは戦う術を持っているのですか? あなたは錬金術師。私は狩人。少なくとも私はあなたがここから離れるだけの時間を稼ぐことはできます。あなたにそれができますか?」
「それは――」
「生きるために、それぞれの役割を果たすべきです。それだけの話です」
少女がそう言い終わった刹那――ナハトが動いた。
暗黒騎士は、手にした片手剣を振り上げ、そして少女に向かって一気に振り下ろす!
少女はそれを紙一重で回避すると、すかさず矢を放った。
「行ってください――!」
少女の声に押されて、俺は後退り、そして踵を返した。
少女の言う通り、俺にできることはこの場から離れるだけだった。
(だけど――)
そのまま逃げ出そうとして、足を止めた。
ドクンッと痛いくらいに心臓が高鳴った。
(本当に逃げることしか、できることはないのか?)
背後からは激しい戦闘の音が聞こえてくる。
歯を食いしばり、ギュッと拳を握りしめた。
(仲間を見捨てて、逃げ出したくない。助けたい)
自分がしたいこと。そして、そのために自分ができること。
全身の血が沸き立つように熱くなる。
心という器に、恐怖以外の感情が満ちた。
「逃げる以外に――できることはある……!」
俺は振り返った。
少女とナハトが激しく戦っていた。
「スキル展開――【分析】。対象は名を持つ魔族、暗幕のナハト」
俺は意識を集中させて、ナハトの全身を観察、分析する。
全身を漆黒の甲冑で身に包んだ暗黒騎士。
俺たちがナハトの攻撃を受けた時、まったく気配を感じなかったのは、おそらく甲冑かマントのどちらかに特殊なスキル――おそらく【気配遮断】のような隠密スキルが付与されているのだろう。
マントからは禍々しい魔力を感じるが、甲冑はそこまで特殊なものではなさそうだ。おそらくナハトの甲冑は通常の装備品と考えていいだろう。
(それなら、錬金術で――)
俺は更に【分析】を続け、甲冑の材質分析を試みる。
(甲冑のもつあの光沢、黒に混じる独特の色合い――たぶんオブシディアン鉱、ヘマタイト鉱、ブラック・スピネル鉱。その辺りか……)
さらに各鉱石の産地やこのダンジョンの環境など地理的条件、更に少女の攻撃を受けた箇所の甲冑の傷の付き方など、拾える情報はぜんぶ拾う。
(間違いない。ブラック・スピネル鉱だ)
次に俺は甲冑の構造分析を試みる。
(ナハトは人型の魔族。人間と同じく頭部が急所だと仮定しよう。兜は顔全体を覆うエルメット式。確か、兜鉢に面頬がついて、その下から喉当を重ねるという二重構造になってるはずだ)
頭の中でナハトの兜の構造を組み立てていく。
(つまり面頬と喉当――その二つの障害がなくなれば、ナハトの顔面が露わになるはず)
必要な分析を終えた俺は、片膝を立ててひざまずき、そっと右手を地面にかざした。
スキル展開。【錬金術】。
「分解せよ――」
俺が詠唱すると、右手のひらの周囲に青白い光の真円が描かれた。
「再結晶せよ――」
更に詠唱を続けると、先ほどの真円に沿うように、二つ目の真円が描かれて、二重円――円環となった。
「大いなる業は至れりッ!」
俺は叫ぶように最後の詠唱を唱える。
瞬間、円環に幾何学的な光の紋様が奔り、右手を中心にして青い光は眩いばかりに輝きを強める。
そうして出来上がったのは、錬成陣。
そこから生まれた青い光は、俺が立てた座標地点――ナハトに向かって、稲妻のようにジグザグと地面を這っていった。
その光がナハトの元へ到達した刹那、ヤツの兜が青い光に包まれ、まるで砂のように崩れ落ちる。兜の奥に秘められた、ナハトの異形なる形相があらわになった。
「今だッ! 攻撃をッ!」
俺は少女に向かって叫んだ。
彼女が戸惑ったのは一瞬。すぐに弓を構え、弦を引きしぼった。
少女の凛とした声が響く。
「我が魂に集う内なるマナよ……一条の光となりて、眼前の敵を穿ち滅ぼせ……!」
少女の詠唱と共に、まばゆい光が彼女の身体から発せられ、やがてその光の濁流は一本の矢として彼女の手元へ集約されていく。
「スキル展開! 【エーテルアロー】――!」
少女はその光の矢を解放した。
少女の右手から放たれたその一撃は、轟音とともにナハトへと一直線に向かって奔り、その顔面を貫いた――
グオオオオオッ――
ナハトが咆哮する。致命の一撃。
ナハトは苦悶に身を捩り、よろめき、ついには暗黒のマントに身を包み、何処かへと姿を消してしまった。
少女はしばらく追撃に備えて身構えていたが、やがて警戒を解き、小さく息をついた。
「安心してください。索敵をしていますが、周囲に魔族の気配はありません。どうやらナハトは撤退したようです」
俺は、緊張の糸が切れたのか、その場に尻もちをついてしまう。
「助かった……」
安心感から思わずヒザがガクガクと震える。
少女がこちらに歩み寄り、手を差し伸べてくれた。俺はその手を掴んでヨロヨロと立ち上がる。
「あなたのおかげです。ありがとうございます」
「いや、そんな――それよりキミこそ大丈夫だった? ケガとかしていない?」
「えぇ、問題ありません」
少女は静かに首を振ってみせた。
「それより教えてください。アナタはナハトに何をしたのですか?」
「大したことはしてないよ。錬金術でヤツの兜を分解したんだ。どうやらヤツの甲冑は普通の装備品みたいだったから。それさえなくなれば、キミの攻撃が通りやすくなると思って……」
「あの短時間で、そんな高度なことを……?」
「え? う、うん……」
「アナタは――」
少女は驚いたような表情を浮かべた。
しかし、それも束の間、少女は糸が切れたマリオネットのように、くしゃりと崩れ落ちた。
「ちょっ!? だ、大丈夫!?」
慌てて駆け寄り、少女を抱き止める。
「……すいません、あのスキルを使った後は、いつもこうなんです。一時的な魔力切れで、少し休めば回復しますから」
少女は申し訳なさそうにほほえむ。
俺はそれでも心配で、彼女の顔をのぞきこんだ。
すると、とある変化に気がついた。
「瞳の色が――」
思わず口走ってしまう。そう、少女の瞳の色が変化していたのだ。
俺の記憶ではさっきまでの彼女の瞳の色は俺たちと同じ青。しかし今の彼女の瞳は紅玉のように真紅に染まっていた。
まるで、魔族のように――
一瞬、そんな考えが頭をよぎって、慌てて頭を振る。パーティの為、命を賭して戦ってくれた少女に対して、それはあまりに失礼な想像だった。
そんな俺の思考を察したのか、少女が顔を背けてポツリとつぶやく。
「ごめんなさい。お目汚しをしてしまって……いつもはスキルで隠しているのですが……」
寂しそうな、それでいてどこか諦めを含む声色だった。
「あぁ、いや、違うんだ。ただちょっと、その、キレイな瞳だなって思っただけで――」
「き、キレイって……何を……」
俺の言葉を受けて、少女の頬が赤くなる。
「アナタは――おかしな人ですね」
「そ、そうかな? 不快にさせたならゴメン」
「……謝らないでください」
「ゴメ――あ」
半分口ぐせになっている謝罪の言葉を封じられて、俺は口籠もってしまった。
とにかく、この調子なら少女はもう大丈夫そうだ。
「ちょっと待ってて、今ラインハルト達に回復薬を飲ませてくるから」
俺は少女をそっと地面に下ろすと、倒れたままのラインハルト達に視線を向けた。腰のベルトに巻き付けたポシェットから、回復薬の小瓶を取り出す。
「あの――」
「ん? なに?」
そんな俺を少女が呼び止めた。その声を受けて俺は振り返る。
彼女は所在なさげに視線を彷徨わせてから、意を決したように言葉を継いだ。
「名前を――教えてくれませんか?」
「へ、名前? なんの?」
彼女の言葉の意図が思い至らなくて、オウム返ししてしまう。少女の眉根がちょっとだけ寄った。
「アナタの名前を聞いているのです。それくらい察してください」
「ああ、俺の名前か」
「……ごめんなさい、もう聞いてるかもしれません。わたし、人の名前を覚えるのが苦手で」
少女は少し恥ずかしそうにモジモジとしながらそう言った。
「クスッ……」
「な、なんですか」
「いや、ゴメン。なんでもないよ」
その様子はさっきまでの凛とした彼女の姿とは対照的で、とても可愛らしくて、思わず俺の口元は緩んでしまった。
「俺はニコ――錬金術師、ニコ・フラメルだ」
「わたしはミステル。狩人のミステル・ヴィントミューレです」
俺たちは名前を名乗り合う。
「ミステル、ありがとう。キミが戦ってくれたおかげで俺たちは全滅を免れた」
「ニコこそあざやかな戦いぶりでした。アナタがいなければわたしの命はなかった。ありがとうございます」
互いの価値を見出し、健闘をたたえ合う。死地を乗り越えたことで、俺たちの間には奇妙な信頼が生まれていた。
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