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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第四章「茜色の手紙」

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第九十七話「オリオン」

 冬の夜空は空気が透き通っているような気がした。

 それなりの住宅地であるこの場所からは満点の星空とまではいかないが、普段よりも多くの光の粒が瞬いていた。

 それを眺める程度に見つめながら、先を行くアリサの赤い頭を追いかける。


 俺はアリサの過去にまつわる今回の騒動を受けて、自身のルーツとなる“親”について知っておかなければならないと思った。

 だから、母親に今までできなかった質問を、することができた。

 その答えを聞いて、俺はどう思ったか。

 そして、壁を隔てて同じく聞いていたアリサはどう思ったのか。

 それは、たった今作り上げたあの曲の中に宿っているのかもしれない。


 結局、コンビニに肉まんは売っていなかった。

 それもそのはずだ。こんな深夜に買いにくる客がそうそういるわけではない。

 店側も無駄に蒸し器に入れて廃棄を出す気はないようで、休止中の張り紙が雑に付けられ蒸し器は沈黙していた。

 俺たちは、適当にスナック菓子やインスタント麺を購入し、ホットコーヒーとココアを片手にコンビニを後にした。


 身を刺す様な冷たい風。

 けれど火照った頭にはちょうど良い。

 俺たちは僅かに早足になりながらも、この夜の解き放たれた時間を堪能した。


「ねえ」

「なあ」

 急に、二人の呼びかける声が重なり、見つめ合う俺たちはふっと笑いをこぼす。

「さきにどうぞ」

 俺が促すと、アリサはニッと口の端を引いて話を始めた。

「あの曲、セイジにあげる」

「いいのか?」

 あの曲とは、紛れもなくさきほど俺の部屋で誕生した楽曲であろう。

 シンプルなコード進行であり、キーも高くはない。もしかしたら、初めから俺に渡すことまで想像していたのかもしれない。

「いいの。セイジが歌詞を付けて、そして歌ってほしい。別にネクスト・サンライズの二次審査じゃなくてもいいよ。いつか歌って、聴かせてほしい」

「……わかった」

 俺は頷き返すと、今度は俺が告げる。


「やっぱり、ネクスト・サンライズは辞退するなよ」

「……でも」

 俺がそう言葉にすると、アリサはサッと視線を地面に落とし、手に持つココアの缶を握りしめた。

「あいつらの事なら心配いらないだろ。お前と一緒にステージに上がって傷ついたとか、そんなことでへこたれて離れていくとか、そんなやつらじゃないことはお前自身が知っていることだろ」

 俺が思っているよりも、多村と柊木は強いはずだ。それは間違いなく、アリサがよく知っている事だろう。

「……そして何より、俺が観たいんだよ。お前の本気で挑むライブを、歌を聴きたいんだよ。周囲のノイズに悩まされて、ライブから逃げ出すような姿は見たくない」

「セイジ……」

「たぶん俺はもう、『Yellow Freesia』のファンなのかもしれないな」

 俺自身が、大きな壁にぶつかった時。

 答えの出ないトンネルの中に踏み入れた時。

 そこから光を差し伸べてくれた言葉。

 俺が単純に、言われて嬉しかった言葉をアリサに伝えた。

「……うん」

 彼女は視線を上に移し、その場に立ち止まってただ一言、そう答えた。

 

「あっ、見て」

 そう言うとアリサは、ぶかぶかな俺のコートから指を出し、天を差す。

「星座、なんか見たことある!」

 彼女が指差す方角を見上げ、俺は頷く。

「ああ。オリオン座だな。冬は特によく見えるな」

 俺は一時期、暇な昼休みは図書室で時間を潰すことが多かった。

 その時、気まぐれに手に取った本の中に星座に関するものもあり、記憶の端に残っていた。

「そうなんだ。確か、戦士? の形だよね」

 アリサも一応、知識としてオリオン座を知っている様子だ。

「そうだな……」

 どこをどう見ればそう見えるのか。

 星座を見るといつも、昔の人はずいぶんと想像力豊かだと思い知らされる。

 オリオン座は3つ並んだベルトのような星々と、その周辺に点在する星々を繋ぎ、棍棒を持つ狩りをする男の姿を写している。

「オリオン座には確か、神話があってだな。優秀な狩人のオリオンと彼に対して恋に落ちた女性、アルテミスがいた。だが、そのアルテミスには兄がいて、兄は2人の恋仲を快く思わなかった……。ある時、兄に騙され、誤ってオリオンを弓で撃ち抜いてしまったアルテミスは悲しみに暮れ、全知全能の神ゼウスに頼み込み、夜空にオリオンを浮かべてもらったそうだ」

 俺は、昔連れて行ってもらった少年科学館にあるプラネタリウムで見たアニメの内容を想起しながら喋った。

 当時、俺はプラネタリウムの夜空や星座の解説よりも、合間に挿入されるアニメが好きでよく連れて行ってもらっていた。

「ふーん、神話って結構エグいよね」

 アリサは、いまいちピンとこないのか、ぼんやりとつぶやく。

「アルテミスは月に例えられることがある。最愛の人に会いに行くために、実際に月がオリオン座を通過するそうだ」

「……そうなんだ。なんか、ロマンチックだね」

 そういうと、アリサは指先を温めるかのように、缶を持つ両手を顔の前に寄せて息を吹きかけた。


 誰かの思惑で、ちょっとしたすれ違いで、いとも容易く悲劇は起きる。

 どんなに悔やんでも失ったものは戻らない。

 最愛のものは夜空に残る幻影に過ぎないかもしれない。

 だけど、それでも。

 月はオリオンの元へ向かう。

 信じる気持ちというものは、永久に不変で、不滅なのかもしれない。

 

 そんなことをぼんやりと考えながら、「流石に冷える、早く帰ろうぜ」とアリサを促した。

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