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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第四章「茜色の手紙」

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第九十四話「それ以上に必要ないから」


 暦はとうに秋を過ぎ去り、冬と言っても差し支えないほど身を凍らせる寒風が吹き荒む夜である。

 俺と柊木と多村は、地元のとある駅を集合場所と決め、バラバラにアリサを捜索していた。

 集合時間として決めたのは午後九時。その時点で一度全員集合し、お互いの情報を共有することにしていた。

 俺は自分の確認エリアとして割り振ったファーストフード店や喫茶店、カラオケボックスなどをしらみつぶしに探したが、手掛かりは無かった。

 

 辺りは既に夜の帳が降り、この時期のこの時間帯は肌寒いを通り越して寒いの一言であり、制服の上から羽織ったフリースのジッパーを引き上げた。

 既に人の流れも少なくなった小さい地元駅のベンチに腰掛け、ジッと足先を眺めて思考する。


 優木有紗の過去。

 彼女がこの街に移り住むより以前の同級生であろう人物がインターネットに投稿した内容は、過去の新聞記事の切り抜きや当時のSNSでのやり取りなども証拠のように投稿され始め、あたかもすべてが事実であるかのように語られている。

 最近は"紅きギター少女"として脚光を浴び、音楽ファンなども次世代のニューヒーローとして賞賛していたのが嘘のように、インターネット上には彼女の演奏や技術、紅い髪などの容姿に対しても批判的な意見が多くなった。

 意見を投稿している人々は、ただ面白がっているだけなのか、はたまた本気で怒りがこみ上げて来たのか、あるいは正義感をもって世直しのつもりなのか、俺には理解できない。

 顔も名前も世代も性別もわからない多数の人々が、インターネットを通じてアリサに対し批判的な言葉を投げつけていた。


『被害者の人がまだ後遺症があるのに、バンドとか不謹慎すぎる』

『さすがにクズ親の責任を取らされるのは悲惨だが本人も同級生斬りつけるとか擁護不能だなこれ』

『色々言われるのが嫌ならバンドなんてやめればいいだけ。目立とうとしてんじゃねーよ』

『ほんこれ』

『てかRISE ALIVEやばくね? 犯罪者を出演させんな。中止にしろ』

『法律で裁けない悪は俺らが潰すしかない。もう抗議文は送った。やるならここまでしないと』

『いいぞ徹底的にやれ』

『どっちもどっち、くだらない。しょーもな』

『しょーもないとかいいつつわざわざコメントする奴www』


 ネットは無責任な発言で溢れ、もはや最初に暴露を始めた、中学時代の同級生を名乗る人物は姿を消している。

 気が済んだのか、騒動の規模が大きくなってきた事に怯えたのか、もう知る由もない。

 しかし、当人たちのことなんかお構いなしに、正義と正論という最強の武器を手に、好き放題言い続ける人たちが騒動を加速させていた。

 暴露を始めた人物は、自分の同級生が全国的に人気者になっているのが妬ましい、あるいは自身の近況が上手くいかずストレス発散ぐらいの目的で、アリサに非難が集中砲火されるのを楽しんだだけなのだろう。

 いずれにしても、俺は全く許せない気持ちしか湧いてこない。

 けれども、あまりの規模の大きさにどうすることもできなかった。ただ事態を蚊帳の外から眺めることしかできない自分の無力さが悔しい。

 

 怒りを通り越して、もはや荒く息をすることしか、俺の感情が湧いてこない。

 そんなとき、俺の姿を見つけて歩み寄る二人の女子が見えた。

 柊木和希と多村咲は今しがた合流したようで、俺はベンチから立ち上がり彼女達を見るが、二人は揃って首を横に振った。

「町中探したけど、アリサが居そうなところはどこにも……」

 多村が肩で息をしながら、膝に手をついて言った。

 そんな彼女に柊木が肩を貸し、また彼女も同様に疲労が浮かぶ顔を曇らせて、呆然と空を見上げる。

「もうこの時間だし、やっぱり警察に連絡をした方がいいんじゃないかな」

 柊木は、既に陽が沈み暗闇が支配する空を睨むようにしながら言った。


 事態の流れとしては、今から少し前に柊木と多村、そしてアリサは各自の家でラジオ番組のオンエアを聞いた後、明日以降の練習についてメッセージでやり取りをしていたらしい。

 途中から、アリサの反応が無く問いかけると、『アタシは、大丈夫だから心配しないで……ごめんなさい』という一言を残し、一切の返事がなくなったという。

 不安がよぎった多村はアリサの家にも連絡したが、彼女は家を出たきり帰っていないという。

 その後、ネット上での反応から騒動になっていることを知り、柊木から俺へのメッセージに至ったという経緯である。


「改めて、アリサのお父さんに確認したんだけど。一応、私たちと同じような連絡は一言あったみたい。だけど、アリサのお父さんの反応はイマイチ」

 多村は背を駅の壁に着けて息を整えながら言った。

「どうして……親なら心配なはずだろ?」

 俺の当然の疑問に、多村は少し困ったように眉を曲げる。

「もちろん、心配していないわけじゃないと思う。でも、アリサが親に黙って急に外泊するのはこれが初めてじゃない……別にやましい事は誓ってしていないよ。これまでもあの子、割のいいバイトの為に他県まで泊まり込みで行ったりとかしたり、曲が自宅じゃ浮かんでこないからって急に私の家に泊まったりとかあったから」

 多村は気まずそうに告げる。

 それを聞くと、確かにあの破天荒なアリサならそれぐらいのことは想像に難くない。

 ただ、今回は明らかにそれまでとは異なることが分かる。

 柊木や多村が連絡をしても全く返事がない辺り、様子がおかしい。

 まさに、インターネット上での騒動をきっかけに姿をくらましたとしか思えない。

 

「だから、この週末が明けてもアリサが帰ってこなかったら、その時は警察に連絡するって」

 今日が金曜日だから、土曜と日曜日がリミットだ。その間にアリサが帰って来るのだろうか。

「アリサ、バイトの給料は貯めていたはずだから、結構お金は持っているはず。ホテルとかに宿泊していればいいけど」

 柊木は顔を蒼白にしながら、冷えて赤くなった指先に白い息を吐きながら言った。


 そこでようやく、俺は冷静さを取り戻してきた。

 ここで俺たちが取り乱しても仕方ない。彼女たち二人も何かトラブルに巻き込まれたり、体調を崩すなんてことがあってはいけない。

 来週は、ネクストサンライズの二次審査であるライブ審査の本番があるのだ。

 この週末は重要な練習期間でもあるが、それ以前に体調を崩しダウンしてしまっては元も子もない。

 俺は近くの自動販売機で温かいコーヒーを三本買うと、二人に一つずつ手渡した。

「とりあえず、今日のところはアリサを信じるしかない。あいつが大丈夫と言っているなら、きっと帰ってくるはずだ」

「……そうだね」

 柊木は俺から受け取った缶コーヒーを両手で持ち、その温かさを大切そうに抱えた。



「なあ、お前たちは、その……知ってたのか」

 駅からそれぞれの自宅に向かって別れるまでの僅かな道すがら、俺は二人に確認した。

「うん、大体はね。本人が言っていたことだけだから、当時の実際のところは分からないけどね」

 多村は特に、隠すつもりもないように言う。

「初めて会ったばっかりの頃のあの子ったら、くらぁーい顔して酷かったんだから。……でも、一緒に音楽やるようになってからどんどん変わっていってね」

 多村は懐かしそうに顔を緩めながら、缶コーヒーに口をつけた。

 その声に、柊木も強く頷く。

「私は、アリサを信じてる。あの子の過去がどうであれ、今私と会って言葉を交したり、一緒に演奏するアリサを見ていれば、それ以上に必要ないから」

 柊木は缶コーヒーを握ったまま、けれどタブは開けずに大事に握りしめて言う。

「私"たち"ね、きーちゃん。信じているのは間違いない。でも、やっぱりアリサを大事に思うから、大切に思うからこそ心配なんだよ。安全かどうかはもちろんだけど、大変な時に、辛い時にそばに居ることもできないことに、私は焦ってる」

 多村はいつもの調子で何かを楽しんでいるような口調だが、けれどもその眼は真剣そのもので前を見据えていた。


 もちろん、二人を疑う気持ちなんて何もない。

 アリサには柊木和希と多村咲が付いている、それだけで十分だと、俺は改めて認識した。

 だから、どこいっちまったんだよ、アリサ。

 いつも唐突に遭遇する彼女に、今日は会えないのが悔しかった。



 時刻は午後十時を前に、街は徐々に眠りに着き始める。

 俺は柊木たちと別れ、自宅に辿り着いた。

 それまで全然感じなかったのに、急に足が重く感じる。

 玄関のドアに鍵を差し込むと、施錠されていなかった。

 そうか、急いで飛び出すあまり鍵をかけた記憶がない。

 ドアを開けると室内は灯りが点いており、それならば母が帰宅しているのだろう。

「すまん、遅くなった。ただいま……」

 自分の口から出る声の重苦しさに辟易しながらも、上着を脱ぎながら玄関からリビングに入ると、普段よりも暗い事に気が付く。

 暗いというよりも、灯りの付き方が違う。具体的には、リビング自体の明かりは消えていて、俺の部屋の電気が点いていた。

 母はもう寝てしまったのだろうかと、普段との違いの理由を考えていた時だった。


「あ、セイジおかえりー。てか遅いよ。アタシお腹すいたんだけど」


 深紅の髪の少女が、俺の部屋からメガネを掛けた顔を覗かせた。

 俺はその顔を見て、呆然と息を吐きだす。

「はぁ!?」

「こんな遅くまでなにしてたの? 練習じゃないよね、部屋にベースあったし」

 普段となんの変わりもないアリサは、俺の部屋に居た。

 俺はガックリとその場に膝と両掌をついて項垂れてしまった。

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