第八十六話「悲報」
日にちが過ぎ去るのは、あっという間である。自分でも芸がないと言えるほど、それ以上に的確な表現をすることができない。
季節は過ぎ、十二月に突入している。
そして、ネクストサンライズ二次審査の本番である日も、ついに一週間後に迫っていた。
いくら練習しても足りない。
俺たちは指先がちぎれるほどバンドに明け暮れていた。
その週の金曜日、学校から帰宅するなり俺は緊張の面持ちでラジオのアプリを立ち上げた。
というのも、先日収録したインタビューを放送する番組がオンエアされるからである。
しかし、俺たちの分が放送されるのはまだ先であり、今日はまだ他の出演者の紹介がされる。
今日の放送で紹介されるバンドは、『ぜんぶマヨネーズでいいのに。』、『だから僕はダイエットを辞めた』、そして『Yellow Freesia』である。……というか、他のバンド名は全体的にハイカロリー過ぎないか。
ラジオ番組では、既に聴き馴染みとなったDJ・カズの声で高校生向けの音楽情報を紹介している。
そして、ネクスト・サンライズ密着企画のコーナーとなり、出演者のインタビューが始まった。
『……続いては、既に話題沸騰中! ”紅きギター少女”でおなじみのあの子が所属するガールズバンド、『Yellow Freesia』だ!』
『よろしくお願いしまーす!』
女子達三人の明るい声が、ラジオを介して俺の部屋に響く。
顔見知りの同級生である彼女たちの声が、ローカル番組ではあるが公共の電波に乗っている。
今ではインターネットで誰でも自由に発信できるツールが多くあるが、それでもラジオ番組のような大人が作った世界の中で放送されるのはまた感慨も異なる。
聴いているだけの俺が、なぜか緊張していた。
『さーまずは改めて、自己紹介をお願いします』
『はい、私がドラムスのサキで、ベースのカズキとギターボーカルのアリサのスリーピースでやってます。曲のジャンルとしてはロック全般ですかね、私たちがその時イイと思った音楽を自由に作る感じで活動しています』
主に喋るのは多村であるようだ。
確かに、やんちゃなアリサと少し大人しい柊木と比べ、あの三人の中で彼女はお姉さん的な立場なのかもしれない。
『へえー凄いね! ちなみにギタボのアリサさんはもうインターネットでも話題になっていると思いますが、そのあたりはどう?』
DJ・カズは、多少強引にもアリサの話題に触れた。彼女の知名度はハロミスにも引けを取らないものとなっており、もしかしたら番組でも推したい思惑がありそうだ。
『……ええ、まあ。沢山の人に見てもらえてるみたいで、ありがたいです』
誰が喋ったのか分からないほど低いトーンでアリサが喋った。
てっきり、『どりゃぁ! どんなもんじゃい!』的なことを言うと勝手に期待していた。
……いや、さすがにそんなべらんめぇ口調じゃないか。
『ネクスト・サンライズの優勝者はメジャーデビューも確約となりますが、やっぱり自信にもなるんじゃないですか?』
『いえ、その時に演奏した曲はアタシたちの曲じゃなくて。サポートでやらせてもらっただけですし、勝負はやっぱり審査の時だと思います』
なんとか大きなことを言わせようというDJの意図はわかりつつも、逃げるように淡々としゃべるアリサはやっぱり意外だった。
緊張しているようにも聞こえないので、彼女は意識的にそういう語りをしてるのだろう。
『……では、結成の経緯などを教えてもらえますか?』
『はい、私……サキとアリサは学校が一緒で。偶然お互い楽器をやっている事を知って、一緒にスタジオに行ったのがきっかけですかね』
『なるほどー! カズキさんは学校が違うとのことみたいですが、いったいどこで知り合ったの?』
『ええと、まあ。外でベースを練習していた時にアリサに誘ってもらって……』
恥ずかしそうに言うのは柊木だった。
『へーえ、外で? それは弾き語りとか路上ライブ的な?』
『そういう訳ではないんですけど……』
いつものフラットな感じではなく、確実にアガっているのが、声を聴くだけで伝わってきた。
DJもそれを察したのか、さらりと話題を変える。
『楽器を始めたのはなにか理由はある?』
『それは……変わりたかったから、です』
今度の柊木は、相変わらず緊張気味ではあるがハッキリと答えた。
『変わる?』
『はい、私には特技とか個性的な趣味とか、そういうものが何もなくて。このままでいいのかなって思っていた時に……ベースを手にしました』
『そうなんだ! それは運命的だね。それでは、最後に二次審査に向かって意気込みをお願いします!』
『はい! 私たち三人が今演奏できるものを表現したいと思います! そして、共感して応援してくれるととても嬉しいです! 二次審査もよろしくお願いします!』
最後は多村が締め、ラジオのコーナーは終わった。
番組では、来週紹介の三バンドの名前が告げられる。
『次週登場するのはこの三組だ! 『友達異常、コイビト欺瞞』、『Noke monaural』、そして『Hello! Mr.SUNSHINE』だ! 次回も必聴だぞ!』
翌週の月曜日はついに自分たちの番である。
というか、多村がハキハキ喋っていたおかげでかなりインタビューが上手に聞こえた。俺たちは、終始俺がボソボソ喋っているだけの放送事故になるのではないかという恐怖が襲い掛かる。
しばらく、放送後の余韻に浸って制服姿のままベッドに仰向けに転がっていたが、やっぱり翌週の自分たちの放送が心配になりすぎてソワソワしてきた。
スマホに手を伸ばし、柊木とアリサに番組よかったぞという旨のメッセを送った後、密かにインターネットで番組の感想を覗きに行く。
SNSで番組名のタグを検索すると、それなりの数の投稿があった。
主に出演者たちの同級生が褒めているものが多かったが、キーワードを『Yellow Freesia』に変えるとアリサが今ネットで話題になっている”紅きギター少女”であることが明言された瞬間から、投稿が伸びていた。
彼女の動画でのギタープレイを引き合いに褒めたたえる内容の投稿がずらりと並び、我ながら壮観である。
ちなみに、俺たちに言及する投稿はもちろん無い。
だが、その中に、とあるリンクが張られた投稿があった。
そして、その投稿を境にコメントの内容も一変する。
「な、なんだこれ……?」
俺は目を疑うと同時に、呼吸が急に熱が下がったように冷たくなり、指先が震えた。
リンクのタイトルには『【悲報】紅きギター少女、犯罪者の娘だった……悲惨すぎる過去で終わる』とあり、匿名掲示板へつながっているようだ。
その投稿の後、コメントにおける議論が始まり、多数の人が言い合っているような投稿が続く。
正直、見るべきか見ないべきか迷った。
だが、中途半端になるよりは、中身を見て確認しなければいけない気がして、そのリンクをタップした。
掲示板のスレッドには、紅きギター少女ことA子の中学時代の同級生と名乗る人物が彼女の過去を暴露する旨の内容が記載されている。
『クズ人間ギター少女の同級生だったけど質問ある?』
『≫どうクズなの? てかギター少女ってあの動画の子のこと?』
『そう、まあいうて俺もクズだけどね まず、あいつの親が犯罪者』
『≫わろたw 娘も逮捕しとけ』
『≫なにやらかしたん?』
『まーまー、色々書きすぎると完全に特定されるからフェイク混ぜるけど 親父が事件起こして人に怪我させたんよ、その被害者の人は今でも後遺症が残ってるらしい』
『≫まじかよ……悲惨すぎる その人災難だろ マジで幸せになることを祈る』
『≫てかバンドとかでイキってんの不謹慎だろ バンドマンとかゴミクズは日本から追放しろ』
『≫いや、クソ親もってキツイのは子供だよ。うちもそうだったから分かる。ろくでもない親を持つ子供の人生はハードモード』
『それがきっかけだったんだろうなぁー それ以降A子は明らかに悲劇のヒロインを気取り出した。周りが気を遣ってもろくに答えねえの。ずぅーっと暗い顔して、周りの事もガン無視。でもそれだけならまだマシだった……』
『≫まだなにかあるのか』
『A子が教室で暴れるようになった。ある時、気を遣って何かと世話をしていたクラスの女子にカッターナイフで切りかかった』
『≫ファーーーーwww』
『≫ヤバすぎ』
『≫まさにクズ』
『≫流れ変わったなこれ 擁護不可だわ』
『≫つかよくよく聴くとあの動画の演奏下手クソすぎだろ』
『≫それな。うちの学校の先輩がギターメチャクチャ上手かったからわかるが、あいつのはタダの雑音』
『≫あんな動画褒めたたえてた奴wwww』
『その後すぐに退学になったのか、学校から消えたんだけどね。こっちは大事な学生生活がA子のせいでメチャクチャになったんだわ それ以降もなんか急に暴れ出す人が居るんじゃないかとおもうとね、当時の同級生たちは全員人間不信に陥ってたと思う。そのせいで俺も高校で上手く馴染めなくて不登校になって夢をあきらめたし。俺らも被害者みたいなもんでしょ』
『それなのに、当の本人はいまさら動画でチヤホヤされてイキってんの こっちの苦労も知らずにね。見つけた時は正直頭に来た』
『≫マジでクソすぎで草』
『≫これも案件? ヘタクソな動画がバズったのにも違和感あったし、絶対背後に組織がいるだろこれ』
『≫加害者がのうのうと生きていることにマジで世の中の不条理を感じるな。粛清が必要だろ』
『≫てか、こいつ?』
その投稿には画像が添付されており、ぼやけた加工はされているが、見る人が見れば顔と名前が分かる。
『うはwww 卒アルはやめい、てか俺と同じ思いを抱いていた同志がいたんだなwww』
『なんかRISEなんとかっていうフェスに出場するらしい、マジで中止になんねーかな』
『≫マジ? 俺たちに任せろ』
『≫犯罪者ステージに上げるとか正気じゃない。凸ってくるわ』
……視界がぼやけた。
俺は息を吸う事を忘れていたことに気が付き、荒く呼吸を繰り返した。
心臓のドクドクという鼓動が鼓膜の裏に直接打ち付けているのではないかと思うほど、俺の頭は熱を持ち感情が入り乱れた。
なんだ、これは。
いったい何が語られている?
文字列が持つ意味を理解できても、頭がそれを受け付けない。
いや、まずは……。
本人に確かめねば、そう思ったとき、俺のスマホは一通のメッセージを受信した。
差出人は、柊木だった。
『どうしよう……アリサとずっと連絡が取れない、行方不明になったかも』
彼女の焦りが、文面から伝わる。
俺は上着を片手に掴むと、勢いよく飛び上がり家の外へ駆け出した。
夜の外は気温がグッと冷え込み、鈍い藍色の空は重苦しく俺を押しつぶすかのようだった。




