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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第四章「茜色の手紙」

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第八十五話「すげー世界観」

 修学旅行2日目。

 この日は班行動で京都を自由に見て回ることになっていた。

 生徒の多くはクラスの垣根を越え、部活や委員会なども含めた中の良い人たちで集合しあい、班員たちには点呼を取る時だけ連絡をする取り決めをしていた。


 かくいう俺たちもその一員であり、俺たちのクラスの班員4人に加え、ランボーと川上理科を含めた6人で京都の散策をすることとした。


「なあ聞けよランボー、クチナシは昨晩こっそり抜け出して京都の屋台ラーメンを食っていたらしいぞ。まじで許せねー」

「ははは……」

「なんだとォ、羨ましいぜェ」

 俺は流石に隠しきれず、スパコンには打ち明けていた。

 ただし、サラと一緒であったことやアキラさんと遭遇したことは黙っていた。


「……へえ。ところで、川上さんや蘭越は昨晩はどうしてたの?」

 柊木はそんな俺たちのやりとりを横目に、話を振る。

「私たちは、実は……」

「いやァ、それがよォ。昨晩の記憶がサッパリねェんだ」

 ランボーは能天気に頭をかきながら言った。

 それに対して少しため息混じりに川上が説明する。

「蘭越くんはどうやら、お家へのお土産に買った日本酒を間違えて飲んだらしくて……」

 川上のぐったりした様子に、苦労の跡が伺える。

「上機嫌で各部屋を練り歩いていたところを私が発見して、先生に見つからないように……まあ、色々と」

「気がついたら布団に包まれて押し入れの中にいたんだよなァ。しかも委員長の部屋だったし、ビビったぜェ」

「ほんと、同部屋の子たちが了解してくれたからよかった……」

 俺たちの知らないところでも、事件は色々あったようだ。

 うん、停学の危機を孕んでいたのは俺たちだけではなかったらしい。


 そんな会話に興じながら、俺たちはとりあえずメジャーな観光地を巡る予定としていた。

 京都の清水寺といえば、まあ修学旅行の定番スポットであろう。

 俺たちの他にも訪れている班は多く、見慣れた制服姿が多かった。


「まずは、清水の舞台でも見にいくか」

「オウ、知ってるぜェ。アリーナァァって言うやつだろ」

「……ハァ、もうつっこむ気力も湧かないわ」

 いつものようにアホなことを言うランボーをスルーしつつ、俺たちは見晴らしの良い舞台へと向かう。

 清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟とは言ったものだ。

 確かに、落ちたらリアルに痛そうな斜面である。


 それから、俺たちはおみくじやらお守りを物色しつつ、参拝の人並みが落ち着いた頃を見計らって、並んで手を合わせることにした。


「よしッ、世界征服できますようにっとォ」

 あからさまにボケるランボーは相変わらず放っておいて、俺も手を合わせて目を瞑る。

 こういうお参りとは正確には、願い事を唱えるというよりも自身の覚悟を聞いてもらうような感覚に近いのだろう。

 俺はもちろん、ネクストサンライズにて全力を尽くし、絶対に合格すると誓った。

 頭の中にはそれしかなく、あっという間に祈り終えると、周りはまだ目を瞑ったままだった。

 

 スパコンは何やらぶつぶつと呟き、どうせ私利私欲に塗れた煩悩の数々を唱えているのだろう。

 柊木はまっすぐに揃えた手のひらに向かって額をつけている。関係ないが、巫女服とか似合いそうだな……。

 川上は、小声で「蘭越くんたちが無事合格できますように」と繰り返している。

 そしてサラは、まるで十字架に向かっているのかと思うような、手のひらを握りしめるように祈っていた。

 その表情は、眉間に一筋の皺を寄せながらも澄んだ様子で、何かの決意表明をしているかのようだった。


 やがて、各自が祈りを終えると、誰からともなくその場を後にする。


「さて、そろそろ昼飯にするかぁ、ニシンそばとかが有名だそうだが」

「いいや、ワイも京都ラーメンが食いたいね、昨日食い損なったもんね」

「ヨッシャア! 特盛マシマシ喰らってやるぜェ」

 場所は違えどいつものように、騒ぐ内容は変わらない。


 あの時、それぞれがどんな願いを誓ったのか、俺は特に聞く必要もないかとぼんやり考えながら、京都の大きな寺を後にした。



 波乱に満ちた修学旅行も、過ぎ去ってみればあっという間の出来事であった。

 京都の夜にアキラさんとの運命的な再会を果たした後は、正直言ってそれ以上のイベントは特になく、順当に京都の寺社仏閣を見物し、大阪で食い倒れるスパコンを見物した。


 結局、サラがあの晩、言いかけた大事な話というのも特に続きは無く、そして柊木にアタックするような男子も特におらず、すべては高校最後の重大イベントと思われる修学旅行特有の非日常感が生み出した幻だったのではないかと思うほどだ。


 帰りの飛行機では疲れ果てた生徒達が爆睡する中、俺もまたその例にもれず睡魔に襲われていた。

 疲労感と飛行機の緊張感の中、耳にはめたイヤフォンから流れるのはAKIRAの楽曲である。

 帰ったら、もっとバンドの練習しないとな。

 そんな思いを胸に、家のベッドが恋しくもあり、修学旅行の終わりを認識した。

 


 そんな修学旅行から数日が経過した。

 地下鉄の駅から地上に上がり、街の中心部を通り抜けた先にある高層ビルに向かって俺たちは歩を進める。

 俺たちは、土曜日という休日にもかかわらず、学生服に袖を通していた。

 幾つもの高層ビルが立ち並ぶ中、ピッチリと区画に収まる長方形の建造物は一面を黒いガラスに覆われていて、いかにも煌びやかな世界の産物という風格だ。


 緊張の面持ちで、俺たちは入口の自動ドアをくぐる。

 二階まで吹き抜けになったロビーは床から壁まで大理石となっており、警備員がいる詰所の前には自動改札機のようなゲートが二機あり、スーツを着た社員のような人がIDカードを使って通過していた。

 その改札機の前、場違いな高校生三人組を見つけると軽く会釈をしてから手招きする人物がいた。

 

「えーと、今日のインタビューの子達ですよね? 株式会社サウス企画部の早崎です」

 丸眼鏡をかけており、茶色に染めた髪をサッと後頭部で束ねた様子の、ベージュのパンツスーツを身に纏った三十歳ぐらいの女性は手に持つクリップボードの用紙と俺たちの顔を交互に眺めながら問う。

「はい、『Noke monaural』の朽林です」

 俺は、大人の人に自分たちのバンド名で名乗る事に気恥ずかしさを覚えながらも、自己紹介をした。

 後ろのランボーとスパコンは、いつものように畏まって会釈をするばかりだ。

「はいーよろしくお願いしますねー。……あー! 君たちだよね、HPのバンド名間違ってたの。ごめんなさいね、私が担当したんですけど打ち間違えたみたいで」

「ああいえ、大丈夫です」

 女性は両手のひらを合わせて、ペコペコと謝る仕草をしながら目を瞑ったかと思えば、パッと身を翻して、「ではいきましょうか。取材は上の会議室で」と俺たちを誘導した。

 その切り替えの早さに、社会人の手際の良さを感じながらも、俺たちは関係者口と称した非常階段のようなところから二階に上がった。


 今日の俺たちは、ネクスト・サンライズ一次審査に合格したバンドに対して、インタビュー取材を受けるために地元のラジオ局に呼び出されていた。

 一次審査を合格したのは、15組。

 俺たちの他にも、アリサたちの『Yellow Freesia』や霧島たちの『Hello! Mr.SUNSHINE』などが居るが、その他にもまだ十組以上が居ることになる。

 それら高校生たちに対して、どんなバンドであるかをインタビューし、地元の高校生向けラジオ番組の放送の中で紹介するコーナーがあるそうだ。

 

 俺たちは、事務机が立ち並ぶ二階フロアの奥、会議室に通された。

 移動式の白いテーブルと、折り畳みパイプ椅子、壁掛けのホワイトボードしかない潔白な部屋には、既に俺たちの他に四人の高校生が待機していた。

「準備があるので、ここで少しお待ちくださいね」

 担当の早崎さんはそう言い残すと、素早く会議室を後にした。


「やあ、もしかして……というか、もはや確実だよね。君たちも出場者なんだろう?」

 先に居た四人のうち、一人の男子が声をかけてきた。

「まあ、うん。そうですけど」

 俺は一応、バンドの代表として彼に応答する。

「いや、そう構えなくてもいいよ。今日は挨拶程度に……ね。僕は『友達異常、コイビト欺瞞』のリーダー、成田ゆとりだよ。よろしくね」

 一瞬、彼が何を言ったのか理解できなかった。

 握手を求める差し出された右手を見て、さっき喋ったのは彼のバンド名だったのかとようやく理解した。


 成田ゆとりと名乗った男子は、男にしては華奢すぎるほどに細く、また色が白かった。そして不相応なほどのボリュームがある縮れ毛の黒髪に、ナイフで刻んだような細い一重の目が印象的だった。

 彼の体には大きすぎるサイズの黒いパーカーから覗く鎖骨が、ある意味で不気味だった。


「あ、ああ。よろしく」

 さすがに手を差し出されてしまえば握手をしないわけにはいかない。

 俺も手を出し握ろうとすると、彼はその指先で俺の掌の中心部辺りを二回、ちょんちょんと触れると「うん、受信した」と言い、背を向けて自席に向かった。

 見れば、彼のバンドメンバーと思しき男子三人も似たようにボリュームだけが多い野暮ったい黒髪をしていて、同じく黒いパーカーを着ていた。

 ……すげー世界観だな、おい。

 まあ、俺たちもあまり人の事を言えたわけじゃないが。


「はーい、それでは成田祐太郎君たち、インタビューの準備が出来たので来てもらえますか」

 早崎さんが会議室に戻り、俺たちとは別のバンドを呼び込んだ。

 それに応じたのは、成田ゆとりと名乗った少年を筆頭とする黒髪軍団である。

 ……というか、成田ゆとりって芸名かよ。どこまでもすげー世界観だな……。

 


 普段から、一応ステージに立ちマイクを通じて歌っているので舞台度胸的なものはあるのだと思っていた。

 しかし、いざ大人からインタビューをされ、自分たちの事を喋るとなると緊張してしまい、後になって思い返しても何を言ったのかよく覚えていない。


 俺たちは成田ゆとり率いる『友達異常コイビト欺瞞』のインタビューが終わった後に、同じく早崎さんに呼び込まれ、応接室のような部屋に向かった。

 そこには、ボイスレコーダーを持った中年男性と、真っ黒に日焼けしギラギラした金髪の男性が並んで座っていた。

 レコーダーの男性は、イベント会社であるサウスの企画部課長ということで、このネクスト・サンライズの立ち上げにも関わっていたらしい。

 ギラギラの男性はラジオDJ・カズという名で、インタビューは主にこの人と対話する形式で進められた。

 声を聴くと、確かにどこかで聞いたことがあると思うカズという人は、見た目とは裏腹に柔らかい口調で喋りかけてきた。

 言葉を武器に仕事をしている人なんだと、改めて認識した気がする。


 たどたどしくも、結成した経緯や、やっている音楽のジャンル、憧れのミュージシャンの話やライブへの決意などを主に喋ったはずだ。

 オンエアには今回の録音した内容を編集し、五分くらいのミニコーナーで、毎週三組ずつ紹介されるという。


「それでは、二次審査頑張ってくださいね。また近くなったらメールで詳細を連絡しますから。じゃあ今日はお疲れ様でした」

 インタビューを追えた後、早崎さんに見送られ、俺たちはラジオ局を後にした。


「てか、お前らちょっと静かすぎないか」

 俺は、先ほどから一言も喋らないメンバーにしびれを切らす。

「はぁー、ワイああいう大人の空気って苦手だわー。なんかどこ行っても職員室みたいじゃね」

 スパコンは安堵の息と共に愚痴をこぼした。

「……もう喋っていいんだよなァ?」

 ランボーは周囲を見回していった。

「お、おう」

「くぅー疲れたぜェ。これにてインタビューも終了だよなァ。いやー実は昨日姐御からメッセがあってよォ。『明日は一切喋る事を禁ずる』って言われてたからよォ」

 ランボーは解き放たれたように流暢に喋った。

 ……というか、事前にサラがくぎを刺していたのか。確かにランボーが喋り出すと色々誤解される可能性もあったし、賢明な判断だと言える。


 とりあえず、俺たちの回は数週間後にオンエアになる。

 それまではソワソワしながら待つとしよう。

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