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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第三章「白昼夢中への疾走」

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第七十八話「白昼夢中への疾走」


 俺はステージの袖から、四曲目の演奏を終えた佐伯に目で合図する。

 そして、向こうも頷き返し、MCが始まる。

 次の曲で最後です、と告げられた会場からは悲鳴のような惜しむ声が上がる。

 誰しもが、ハロミスのライブがずっと続くことを望んでいる。


「みんな、ちょっとの間のお別れだぜ! またすぐライブハウスで、でっかくなって帰ってきた俺たちを迎えてくれよな! それじゃあ、最後の曲『僕らが居たいのは永遠』!」


 そうして、ハロミスのライブは大盛況の中、幕を閉じた。

 次は、俺たちの番だ。

 

 俺とスパコン、そしてランボーは目を合わせ、静かな声で掛け声を出す。

 ふと、楽屋に残るサラと目が合う。


 お互い、ニッと笑って頷き合う。

 ああ、もう大丈夫だ。

 彼女は同じく楽屋に残る川上理科を連れ、客席側へ向かう。


「ふぁー! やばかった! 無事三人そろった……ってええ? 大丈夫? その腕!?」

 ライブ後の恍惚感にも似た表情で楽屋に戻る佐伯は、額の汗を拭いながらもランボーの様子に驚いた。

「はっ、いや普通に無理だろ。あきらめろよ」

 霧島は鼻で笑ってそう言うが、俺は言い返す。


「ライブの条件は三人揃うことだろ。どうだ、三人揃っただろ」

 その言葉だけを言い残し、俺たちはステージに向かった。



 ステージに上がり、俺の新たな相棒『ミュージックマン・スティングレイ』を担ぐ。

 こいつとは、初ライブだ。全力でぶつかってやる。

 

 背後では、スパコンがドラムセットにつき、ドムドムとルーティンワークのようにバスドラを踏む。


 そして、ランボーが両腕包帯グルグル巻きのまま、マイクスタンドの前に仁王立ちになる。

 その様子に、会場からは疑問符を浮かべたざわめきが巻き起こる。


「なにあれ……怪我してんの?」

「パフォーマンスでしょ。クソださ」

「てかギターは? ベースとドラムだけとか狙いすぎで逆にサムイわ」


 会場からは、ハロミスの熱気を冷まされた恨み節のような小声が聞こえてくる。

 帰れとブーイングされないだけましか。


 俺はランボー、スパコンを目配せをして、曲が始まる。

 1曲目は、『ASAYAKE』。

 ランボーの歌と、ブリッジミュートを刻むギターから始まる曲だ。


 そして、今はそのギターが無い。

 つまり、ランボーのアカペラで始まることになる。

 俺たちは、あえてこの曲をセットリストから外す事もなく、曲の構成を変えることもなく演奏する。

 これが今、この瞬間を生きている俺たちの全力だ。

 これが俺たちの生き様だ。


 ランボーの声が静まり返ったライブハウスに響き渡る。

 少し乾いて、ダミのある天性のロックミュージシャンの歌声。

 俺は、そんなランボーの歌声が好きだ。

 羨ましいとさえ思う。どれほど願っても、生まれ持ったボーカルは変わりはしない。

 

 ランボーのシャウトに合わせてドラムとベースが入り、バンドアンサンブルが始まる。

 けれどベースとドラム、そしてボーカルだけという構成が理解されないのか、客席はポカンとしたままどうすればいいのか分からない様子だ。


 どうせ誰にも理解されない。

 だけど俺たちは、声を張り上げて、腕を振るわせて、血を滾らせて主張するしかないんだ。

 分からせるしかないんだ。

 聞く耳を持たない奴も大勢いる、だけど。

 わかるヤツにはわかるはずだ。

 重なるモノが一点でもあるなら、それがどうしようもない一点であればあるほど、大きく共鳴するはずだ。


 ランボーの歌は語るように、歌詞を紡ぐ。

 かつて、ジョニーが過ごしてきた青春、追いかけた夢に感化され作られたこの曲は。

 早朝の繁華街を抜けた、少し香ばしくてどこか哀愁があるあの空気を含んでいる。

 そして、遥か先の空に昇り行く、朝日に向かって走り出しそうなランボーの姿が脳裏に浮かぶ。


 夢を追いかけろ。

 この曲はそういうランボーのメッセージなのかもしれない。

 不器用でアホで、けれど前にしか進むことのできない男の代名詞と言えるこの歌。

 ずっとずっとこのバンドを続けることが夢。

 それは、この解散がかかったライブとか、ネクスト・サンライズで勝ち抜けるかとか、そういう次元ではないのかもしれない。

 

 俺はどこかで折り合いをつける必要があると感じていた。

 いつかは夢を破り捨て現実を見て生きる必要があると、無意識に決めつけていたのかもしれない。

 夢を追うということは、とても無垢で綺麗で美しく見えるだろう。

 でもその内側では答えの出ない自問自答をひたすら繰り返し、泥臭く地を這うように、周りから足蹴にされたり吐き捨てられた唾を浴びせられたりしながら進むしかない。


 でも、いくら険しい道だったとしても、夢に向かってなりふり構わず全力で突っ走ってみるのもいいのかもしれない。

 イマを生きているこの瞬間ぐらい、バカになってもいいのかもしれない。

 むしろ、ずっと一緒に来てくれよというランボーの思いを、俺は歌から感じた。


 客席の反応はない。しかし俺たちはもう止まれない。それでも突き進んでゆく。

 曲が再びサビに突入する。

 その時だった。


 キィーン、という特有の薄いノイズの後に、ぐしゃぐしゃに歪んだギターサウンドが完璧なタイミング加わった。

 それまでのドラムとベースだけの演奏だったこともあり、余計にそのギターサウンドが印象的に感じ、俺は全身がゾワっとする感覚が走り抜けた。


 これまで、客席の方ばかりを見ていた俺は、視線を左側、上手側に向ける。

 包帯まみれのランボーの奥、金色のマーシャルアンプの前に立つのは、深紅の髪に真赤なフライングVを構えた小柄な少女、アリサだった。


 目線だけがこちらに返される。そこから、このまま演奏を続けろという意思を感じる。

 そして、サウンドに紛れて声は聞こえないが、「今日だけ、特別」という口の動きが見える。


 俺は思わず苦笑を漏らし、けれど心強すぎる助っ人の登場に頬が緩む。

 彼女にとって、思わず乱入したくなるようなライブが出来ていたのかもしれない。


 そして、客席側にもアリサの加入シーンが鮮烈に映ったようで、演奏の最中にも拘らず歓声が上がる。

 そうか、これまでのはそういう演出だったのかとばかりに、合点がいった観客たちは、ようやく清々しいノリで曲を楽しみ始める。

 

 アリサの加入により普段よりもさらに攻撃性を増した『ASAYAKE』は、包帯まみれのランボーがセンターに立ち、いつも以上の迫力が生まれる。

 アリサのギターはカッティング混じりで、その指先は自由奔放に指板の上を駆けまわる。

 俺とスパコンもその勢いに負けないように、これまでの特訓の成果をもって強気でぶつかり合う。

 

 激動のまま、一曲目が終わる。

 その瞬間、大歓声に会場は包まれる。

 あの時と一緒だ、受け入れられたと直感的に感じる。

 会場はこの瞬間、俺たちと思いを共有している、そんな感覚があった。

 さっきまであんなに冷淡だったくせに、と心の内で苦笑する。けど、人間なんてそんなものだ。


 俺は息を吐いて、改めてアリサを見る。

 上手側と下手側。ステージの端と端、最も遠い位置関係にありながら、お互いの目線を合わせる。

 ほんのり肩で息をしている辺り、ランボーの惨状を知り、大急ぎで家までギターを取りに行ったのだろう。

 

 確かに、ランボーを柊木と一緒に探しに行ったはずのこいつは帰ってきていなかったな。

 というか、なんでこいつは俺たちの曲をあんな完璧に弾けるんだよ……。


 アリサは顔を客席側に向けたまま、視線だけをこちらに向けている。

 汗を手の甲で拭い、再び口だけを動かして、「すごいでしょ。アタシ」と言った。

 そこに俺は「ありがとう」とだけ、声を出さずに言った。


 大観衆のステージの上、二人だけで交わされるやり取りになぜだか、俺の心が高揚する。

 

 そして、二曲目は『river side moon』である。

 この曲は、今度は俺のボーカルとなる。ランボーとポジションを交換し、俺はステージの中心に立った。

 声量や、声質ではランボーに勝らなくてもいい。

 この曲の語り手は、たぶん俺なのだから。


 スパコンのカウントから、曲が始まる。

 アリサのアルペジオは、普段の激しいギターストロークとは異なり、しっとりと絡みつくようなサウンドだった。それを意外にも思いながら、心地よい流れに身をゆだねる。

 ドクドクと脈動のようなベースを弾き、いつもとは異なる『river side moon』を奏でる。


 何度も歌うたび、同じ曲であるはずなのにその中に潜む意味は変遷を続ける。

 多分、もう初めてこの歌を歌ったあの時の様には歌うことはできないだろう。

 それでもいい、それが続けることなんだと実感する。


 ランボーもコーラスに専念し、やや手持無沙汰ではありながらも俺との呼吸を合わせる。

 アリサのギターソロは、もはや完全に彼女の物だった。

 激しく歪んだギターの音色はアグレッシブさを強調するが、そのフレーズには多くマイナーの音色を含んでいる。おそらく彼女の手癖なのだろう。

 無意識のうちに、ギターが泣いている。

 鳴くでもなく、涙を流して泣いている。

 それは本当に聴く者の深いところに刺さり込んでしまう、特有のギターソロだった。


 曲が終わり、再びセンターにはランボーが立つ。

 曲前には、MCがある。

 いつものように「オラァ! ノケモノラルだぜェ!」というダサいパフォーマンスの後、観客たちは拍手と歓声で応じた。

 そして普段のような陽気なMCではない真剣なトーンでランボーは話を始める。

 

「大歓声、アリガトよォ……。ちょっとライブ前に転んじまって、腕がこんなんになっちまったァ。でもよ、助っ人が来てくれたぜ」

 その紹介にアリサはスッと頭をさげ、観客は声援を送る。

「ちょっとだけ、話をしてもいいかァ」

 ランボーは改めて、真剣な眼差しで客席を見つめる。


「オレはバカだからよくわからねぇけどよォ」

 そう前置きをして、客席に居るはずの誰かに向かって言う。


「オレには、夢があるんだ。このバンドをこのままずっと続けて行って、ライブをして歌を歌って、生きているんだァって実感しながら一生を終えてェ。だってよォ、ライブは楽しいじゃねェか。楽しい時間をずっと続けてぇじゃねェか。そのためには多少苦しい事や悔しい事も飲み込んでいけるんだ」


「だからよォ、夢を……捨てんじゃねェ」


「……夢っつうのはなァ。寝たら必ず見てんだとよ。でもみんな目が覚めたらすぐ忘れちまうんだ。でも、夢を見たという事実は無くならねぇ。頭の片隅のどっかにはずっとあるはずだろォ」


「人は誰しも夢を見るんだ。だけどよォ、目ェ開けたまま夢見ちゃいけないって、夢からは必ず目を覚まさなきゃいけねェって、誰が決めたんだ」


 ランボーの言葉に、笑うべきか真剣に聞くべきか迷うようなリアクションもあった。

 だけど、彼の思いはそんな表面的なものではなかった。

 俺たちと、彼女と。

 こいつなりの馬鹿正直な直球ストレートを、俺たちは受け止める。


「忘れたくねェ夢は実現させればいいんだ。現実にしちまえば、うるさく言われる筋合いもねェ。もう誰にも邪魔は出来ねェんだ。まんまるいお月様を見て夜に夢を見る。そんで朝焼けを待って、日の出を目指して、疾走するしかねぇんだよ」


「だからオレは叫ぶ。いくぜ、最後の曲『白昼夢中への疾走』」


 

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