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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第三章「白昼夢中への疾走」

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第七十一話「魂込めた創作物」


 ある日の昼休み。

 私は迷っていた。

 

 というのも、先日蘭越君に言われた、「絵が完成したら見せてくれ」という言葉に対して、どう対応しようかというものである。

 絵はもう完成したと言っていい。だから、まず一番最初に蘭越君に見てもらいたかった。

 絵をかき上げた当初は舞い上がって、なんと今日は学校にまでその絵を持ってきてしまったのだ。

 今は厳重に布で包んで机の脇に鞄に隠すように置いている。サイズ的にはA3ぐらいなので、ちょっとした荷物だ。


 でも、引かれたらどうしよう。

 社交辞令で褒めただけなのに、こいつマジでもってきやがったって思われたらどうしよう。


 教室内ではクラスメイト達が一様にお弁当を広げたりしている。

 私はいつも学食を利用するので、昼休みは教室には居ないのだが、蘭越君はお弁当を食べ終えるといつもどこかへ行ってしまい、行方が分からなくなる。(放課後も同様)


 だから、引き留めるなら今しかない。


「あ、あの……蘭越君」

「おっ、なんだ委員長じゃねェかァ。どうした? おかず分けてほしいのか?」

「そうじゃなくて……えっと」

 いざ、天真爛漫な蘭越君の顔を見ると、次の言葉が出てこない。

 彼はきっと、無邪気で自由奔放な感じに、けれど絶対にネガティブで人を馬鹿にするような言葉は言わないだろう。そう信じれるから、絵を誉めてくれた時に嬉しかったんだ。

 だからきっと、絵を見せたら喜んでくれるはずだ。

 それなのに、あと一言。

 勇気が出ない。


「まあなんだ、お前も喰えよォ。学食よりも美味い自信があるぞォ!」

 そういいながら、特大タッパーに入った、大量の白米と豚の生姜焼きを差し出す。

 もっと野菜も食べた方がいいよ……と内心で言いながらも、首を横に振る。


「あのね、絵、完成したんだ」

「おおッ! 見せてくれよォ!」


「うおーっ、スゲー! やっぱオレこの橋好きなんだよなァ」

 蘭越君は満面の笑みで私の絵を眺める。

 その姿は全くヤンキーには見えず、むしろ純朴な少年の様だった。


 その時だった。

 

 クラスの前方から、後方に向かってボールが飛んできた。

 体育館でボール遊びをする男子達が、気持ちがはやったのか、教室内でボールを投擲する。

 普段からも、誰かに当たりそうになって注意していたのだが、まったく聞く耳を持ってくれない。


 そのボールが蘭越君の机の上にあるお弁当に直撃し、中身をぶちまけた。

 そして、飛散したご飯粒やおかずのたれが、私の絵にかぶさった。


「……アァ?」

 蘭越君は、目の前で悲惨な状況となった私の絵を呆然と眺める。


「ぶっ、ダサヤンに当たっちまった。わりーわりー。メンゴなー」

「つかおまえコントロール悪すぎっしょ。危険球退場だわ」

「うっわー弁当ぶちまけて超悲惨じゃん。あとで菓子パン奢るから許してちょ」


 ボールを投げた男子達は、反省の色を全く見せずにそんなことを言いあっていた。

 決してこちらに詫びる気のない態度に、腹が立つ。

 クラスの騒々しい男子達の一部は蘭越君の事を、ダサいヤンキーを略してダサヤンと呼んでいる。


「大丈夫? 怪我はないよね……まず掃除しよっか」

 けれども、彼らに今更そんなことを言っても、どうせ聞く耳なんて持っていないだろう。

 さっさと片付けてしまおう。

 所詮、私の絵なんて。


「……オイ! お前ら……ちょっとこいよ」

 その時、蘭越君は立ち上がり大きな声で一括した。


「お、おいおい、何キレれてんだよ」

「つかなんだよ、教室で絵なんか広げんなって」

「てかそれ委員長の絵? あいつ美術部だっけ?」

 普段は、クラスメイト達からはからかわれても、全然効いていない風で飄々としている蘭越君だが、この日は異なっていた。

 口々に言い訳を並べる男子達は、その様子に少し怯む。


「お前ら、委員長に謝れッ!」


 蘭越君の怒声が教室に響き渡り、一瞬静まり返る。

 関係ない生徒達も、何事かと目を丸くしている。

 言われた男子達も突然の蘭越君の激怒に面食らった様子だったが、すぐにいつものヘラヘラした態度に戻る。


「だからメンゴって言ったじゃんか。大体飯食いながらそんなもん広げる時点であぶねーだろ」

「そういう問題じゃねえだろォ! 人が魂込めた創作物に対して、敬意ってもんはねェのかよォ!」

「ちっ、脳筋乱暴野郎のくせに調子こいてんじゃねーよ、そんなんでイチイチキレんなよ鬱陶しい」


 もはや暖簾に腕押し、馬の耳に念仏。

 彼らにはどれだけ語気を荒げてもこちらの気持ちなど伝わらないのだろう。

 私は、その場をどう収めようか迷っていた時、クラスの後方から、初めは事態を静観していた一人の生徒が歩み寄って来る。


「よお、蘭越。なんか偉そうなこと言ってんじゃねぇか」

「霧島君……」

 私は、その生徒の顔を見上げる。

 浅黒い精悍な顔つき、ハリのある声はいつもクラスの中心を賑やかにする。

 ボールの男子達とも仲が良く、いつも何かにつけて蘭越君をイジる彼の事は少し苦手だ。 


「だいたい委員長なんて美術部でもなんでもないんだろ。趣味で描いたラクガキみたいなもんじゃん」

「テメェ……人の本気を侮辱しやがったなァ……」

 霧島君は当の本人を前に、遠慮もなく言い放つ。

 その言葉に、犬歯を剝き出しにして怒るのは蘭越君だった。

「ちげーよ、素人のくせに偉そうにすんなって言いてえんだよ。……だいたい、本気で絵描きやってんなら美術部に入るなり、コンテストに応募したりしてんのか? 創作活動気取るのはいいけどよ、人前で偉そうなこと言ってんじゃねえ。ただ気ままに、中途半端な気持ちでやってる分際の奴が、本気で取り組んでるやつと肩を並べた気になってるのがムカつくんだよ」

 私の絵の事をこっぴどくこき下ろす彼は、意外にも真剣な表情をしていた。

 私は、確かに悪く言われて気が良くないのは事実だが、彼の言うことは図星でもある。

 私の絵には実績も付加価値も無くて、ただの素人が趣味で描いたものだ。汚したことに対する詫びがない事には腹が立つが、それ以上の事を言うのはおこがましいというのは私も感じてしまう。


 だが、それ以上に。

 作者の私以上に激している蘭越君の気持ちが、こんな状況にもかかわらず私の心を高揚させた。


「なんだァ、出島。まるで自分は違うみてェなこと言いやがって」

「霧島だよ……っつても、脳ミソ腐ってるお前にはいってもわかんねぇか。つーかお前ら、ネクスト・サンライズ一次受かったからって調子乗ってんだろ」

 霧島君は殊更声を強く張って言う。

 まるで、本題はそっちだとでも言いたげだ。


「アァ? 実際にオレらの実力が認められたってことじゃねェか」

「くくっ。実力とか実績もない奴がほざくんじゃねー。音源なんていくらでも細工できるからな。どっかの売れなかったバンドマンのオッサン引き連れて録音してたらしいじゃんか。どうせ小細工が得意なだけのお前らなんか、実際のライブじゃウケねえよ」

「んだとォ? やってみなきゃ分からねェだろうが」

 二人の口論は、当初の男子達や私までも置いて、二人のバンドの話になった。


「そこまで言うなら証明してもらおうか。今度、俺たちのバンドが主催ライブを開くんだ。剣崎センパイもゲストで出てくれる。そこに、お前たちも出してやるよ」


「主催ライブだとォ? ……要は勝負ってことかァ」

「ライブはネットでも配信されるんだ。そして、当日の会場では人気投票を行う。投票でお前らの票が俺たちのよりも取れてたら……そうだな、あいつに裸で逆立ちさせて構内一周させてやるよ」

 霧島君はボールを投げた男子を指さす。

 急に差された彼は、驚愕の顔をした。

「見たくねぇ」

「俺もだ」

 私も見たくない。

 

「それはどうでもいいとして、だ。お前らがもし、俺らの半分にも満たない投票数だったら……その場で解散しろ」

 霧島君は、ニヤニヤと口を歪めていう。

 その言葉は、まさに挑戦状の様だった。

「ハァ? お前になんの権限があってそんなこと言ってんだァ」

 蘭越君が言い返すが、霧島君は態度を変えない。

「おいおい……ネクスト・サンライズ二次審査はもっとデカい会場でプロの審査員もいる前でやるんだぜ。俺たちと対バンして半分も行かねぇようじゃ、二次審査受かるわけねえだろ。余計な手間を省くんだ、いい案だろ?」

「……わかった、でも、もしオレ達がお前らより票を取ったら……」

 蘭越君はしばし、言葉の意味を咀嚼するような間を取った後、私の肩を急にがしっと掴んで宣言した。


「委員長に詫びろ。いいな?」


「けっ、馬鹿言うな」

 霧島君はそう吐き捨てると、教室を後にした。

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