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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第三章「白昼夢中への疾走」

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第五十九話「風紀委員ですから。規則違反は許しません」

 夏休み後半戦が始まる。

 俺たちは先日の、サラのお父様が所有する別荘での合宿を終え、地元に帰ってきていた。

 その感覚を忘れないうちに、レコーディングのやり直しを行う。


 スタジオ『マグヌス』のレコーディング室は普通の練習部屋とは異なり特殊な機材が必要なため、部屋数自体がそもそも少ない。

 それに加えて夏休みの影響なのか、はたまた俺たちのようにネクスト・サンライズの音源を作る高校生たちが沢山いるのか、予約がなかなか取れなかった。


 とりあえず予約を抑えられたのは、三日分。

 今日と一週間後、そして夏休み最終日の一日前である。

 もちろん、夏休みが終わるということは募集の締め切りとなる。


「よし、気合は入れ直したか」

 ジョニーは相変わらず俺たちのレコーディングに付き合ってくれていた。

 本人は言わないが、絶対俺たちの都合に合わせてバイトの休み取ってるよね。マジ感謝。


「ヨッシャ、あたり前田のハッカーだぜェ」

 真っ黒に日焼けしたランボーは、相変わらず逆立った髪にピアスを開けた刺々しいファッションに身を包みながら、アホな返事をする。

 気合十分なのは、俺だけでなく、ランボーもスパコンも一緒だ。

「まずはワイのドラムからだな。別に、曲を完成させてしまっても構わんのだろう?」

 スパコンはそう言い残しながら、カッコいい後ろ姿を俺たちにみせ、スタジオに向かった。

 いや、ドラムだけじゃ曲は完成しねえから。


 そんなこんなで、レコーディングのリベンジは始まった。



「なあ、ハラへらねェか」

 スパコンが何十テイクも重ねるうち、ランボーが出し抜けに言い出した。

 今はスパコンが録音ブースに入り、一心不乱にドラムを乱打している。

 俺たちはブースの外でガラス越しにその様子を眺めながら、自分たちのパートのイメージトレーニングをしていた。


 確かに、十一時にスタートしてから、かれこれ一時間半ほどが経過している。

 そろそろ昼飯時だ。


「まだかかるだろう。先に食ってこい」

 ジョニーがモニタ用のヘッドホンを片手に、俺たちにそう言う。

 ここは素直に従うことにした。腹が減ってはなんとやらである。


 スタジオ『マグヌス』の外に出た俺たちが向かうのは、相変わらず『藤岡屋、』である。

 繁華街は昼間の時間でも、この日は割と人通りが多かった。

 夏休みの影響からか、学生の姿も多く見かける。


 俺とランボーは並び歩き、街中を抜けてお目当てのトンコツ臭の発生源へと向かう。

「ん……?」

 一瞬、背後に視線を感じ振り向くも、通りを行く通行人の中には特に見知った顔は無かった。

「どうかしたかァ」

「いいや、別に」

 そもそも人が沢山いる街中だ。

 何かの気のせいだろう。

 

 やがて腹も空腹を強く訴え出したころ、お目当てのお店に辿り着く。

 そして、俺たちは家系ラーメンとの対話を始める。


 この世界の始まり、先カンブリア時代から脈々と続くDNAに刻まれた本能が、このトンコツ臭を覚えている。

 この日の家系ラーメンとのバウトの様子を事細かに、音楽雑誌の二万字インタビューばりに語り尽くしてもいいのだが、今回は省略させてもらおう。


「なァ、気づいたか」

「……やっぱり、そう思うか」

 俺とランボーはラーメンカウンターに並んで座り、麺を啜る傍ら、箸を止め視線を交わす。


 スタジオ『マグヌス』を出てから、この『藤岡屋、』に来るまでの道すがらでも、少しの違和感を感じていた。

 しかし、気のせいだと割り切りラーメンとの語らいを始めたのだが、ラーメン屋の店外であるガラス張りの背後からも依然としてその違和感を感じる。


 違和感というか、謎の視線に見られているという感覚だ。

 俺はカウンターの先にある厨房の鉛色の壁に反射する背後の景色に目を凝らし、相手に気づかれないように様子を伺う。

 そこには確かに、店の外、道路の脇からこちらをジッと見つめる人影が居た。

 背格好は小さく、女子のように見える。


 しかし、俺の知り合いの女子ではないと確信できる。

 なぜなら俺の数少ない女子の知り合いは、一人は派手な金と茶が混ざった髪色をしているし、またもう一人は派手な真っ赤な色である。

 他の子はキャップを被っていたり、背格好が異なっていたりと該当しない。


 つまり、謎の女子に俺たちはつけ回されているということだ。

「これがあれかァ。出オチってやつかァ」

「……それを言うなら出待ちだし、『藤岡屋、』から出てきたところを待つ必要もないだろ。トンコツ臭い息を吹きかけられるだけだぞ」

 ランボーは相変わらずアホなことを言っている。

 まあ、別に実害があるわけでもないから放っておいても構わないのだが。

 ……まさか本当に俺たちの事を認知して追っかけをしているわけでもあるまい。


「でも、気にはなるし、確かめるか」

 俺は『藤岡屋、』でラーメンとの語らいを済まし店外へ出る。


 店外へ出ると、俺はスマホ片手に一人歩いていく。

 しかし、スマホの電源は入れずに画面を鏡のように利用して背後の様子を伺う。

 しばらく道なりに進むと、道路の脇から女子が移動し背後をついてくる様子が見えた。

 そこで、俺はスマホを起動させランボーにメッセを送る。


 少しの間の後。


「なァーんだおめえは」

「ギャア!? ヤンキー!?」


 背後から、少女が驚き素っ頓狂な声を上げるのが聞こえる。

 ランボーと俺が時間差で『藤岡屋、』から出て挟み撃ちにする作戦は成功したようだ。

 俺も振り返って二人の方へ歩み寄る。


「だ、騙したわね! この変質者!」

 少女は俺を恨めしく眺め、そう叫ぶ。

 というか、俺の扱いは最近それで定着していませんかね……。


 少女は、俺たちの学校とは違う制服を身に纏っていた。

 長い髪はキッチリと後頭部で結われ、一本のポニーテールになっている。前髪がちょうど眉毛のところでパッツンとそろえられており、吊り上がった目元からも強気で真面目な印象を受ける。

 しかし、その声や顔立ちはまだ幼さが残り、小柄な様子からも中学生であろうと思われた。


「ま、まあ。騙すような真似して悪かった。けど、そもそも君は誰だい。何で俺たちの尾行紛いなことをしているんだ」

「そ、それは……」

 その少女は僅かに悔しそうに唇をかみ逡巡するも、意を決したように顔をあげて俺たちに向かって宣言した。


「私は海寒高校付属中学二年の須原留利よ! あ、兄が、最近変だから! なんか悪い人とつるんでいないか調査していたのよ!」

「兄?」

 俺とランボーは顔を見合わせてこの子の言うことを咀嚼する。

 この子の苗字は須原……ということは。

「スパコンの妹!?」

 俺とランボーは同じく、アホな声で叫んでいた。

 


 スパコンの妹こと、須原留利は俺たちを怪しいヤツかどうか見極めるために尾行をしていたらしい。

 とりあえず、道のど真ん中でそんな話をするのもあれなので、スタジオに戻り歩きがてら、彼女の話を聞く。


「最近の兄は、なんだか帰ってくるのも遅いし。夏休みだって、急に三日ぐらい旅行に行くっていうし。今までアニメの曲しか聞かなかったのに部屋にロックのCDとか置いてあったりするし。……心配で」

 そう呟きうつむく少女は、本当に本心から心配しているようだった。

「へえ、兄貴思いなんだな」

 兄弟が居ない俺にとって、妹からそのように心配されるスパコンは素直に羨ましくて、俺はそんな感想を述べた。


「は? なにキモい事言ってるんですか? 『兄が誰かに迷惑をかけていないか』が心配なんです。デブでオタクでろくでなしの兄が家でダラダラしているだけならまだしも、外で誰かに迷惑をかけているようならもう生きている価値ないじゃないですか」

 しかし、俺の言葉を聞いた須原留利は目をキッと見開いて、まるで俺がセクハラまがいの暴言でも言ったかのように、両手で肩を抱きながら早口で言い返してきた。


 うわー、すげえ辛辣。

 言葉を失う俺とランボーに構わず、彼女は言葉を続ける。

「それで、私なりに調査を始めたんです。私、学校では風紀委員ですから。規則違反は許しません」

 ドヤっとしながら、制服の胸辺りに付いているリボンのような形のワッペンを見せつけてきた。

 それが風紀委員の証なのだろう。

 

 海寒高校付属中学と言えば、この辺りでは有数の私立校である。

 その風紀委員がどれほどの物かは知らないが、彼女にとっては立派なステータスなのだろう。

 ちなみに海寒高校と言えば、いつぞやランボーをボコってたやつらの学校だ。


「でも、別にスパコンは何も悪い事なんて……してないよね?」

 普段のスパコンは大体スマホでゲームしているか、スマホでアニメを見ているか、ゲーセンでゲームをしているか、アニメショップを巡るくらいの事しかしてない。

 うん、ゲームかアニメかの二択ですね……。


 そんなスパコンは健全な高校生かどうかはともかく、別に素行が悪い印象は無かった。

 しかし、須原留利は首を横に振って答えた。

 

「いいえ、悪い事ありまくりでした。なんだかピアスをしたヤンキーみたいな恰好の人や、派手な髪色のレディースみたいな人と並んで歩いたり、浮浪者みたいな中年男性や明らかに目つきと挙動が不審な変質者と一緒に居たりしてました。おまけにこんな繁華街の地下室に入り込んだりしていて……今日こそは悪事のすべてを暴いて反省してもらおうと」

 主に、俺とランボーを見ながら彼女は言う。

 いや、そう恣意的に言えば何でも悪く聞こえるだろう。

 あと浮浪者ってジョニーが可哀そうすぎるだろ。いや、ジョニーのことだって決めつけている俺もあれだが。


「いや、それはまあ、誤解なんだ」

 なぜ俺が弁明しなければいけないのか、まったくもって意味不明だが大事なメンバーの活動に支障が出ないように説明する。

 俺たちは高校でバンドを組み、コンテスト出場に向けて知り合いと共に協力して取り組んでいる旨を伝えた。


「バンド!? 不良の代名詞じゃないですか!? やっぱり悪い事しているじゃないですか!」

 彼女は、その説明を聞き憤慨したように叫んだ。

 須原留利にとっては誤解でもなく、事実を正しく伝えてもダメだったようだ。


 そんな話をしている間に、俺たちはスタジオへ続く階段の前までやって来る。

「でもまあ、誰と何をしているのか分かっただけでも調査は進んだと言えます。今日はこれくらいにしておいてあげましょう」

「そりゃどうも……」

 ふんすと鼻息を吐きながら、須原留利は俺に向かって言い放つ。


「でもまだ、人に迷惑をかけていないと判断したわけではありません。今後も調査は継続するので覚悟しておいてください」

「はいはい、わかったわかった」

 なぜ俺がくぎを刺されているのだろう。

 俺は苦笑しながらも、俺に指をビシッと刺した後に背を向け、駆け出していく背中を見送った。

 

 結局、この日のレコーディングはスパコンのドラムパートを録音するまでにとどまり、解散となった。

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