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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第三章「白昼夢中への疾走」

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第五十八話「きっかけなんて些細なもの」

 早いもので、合宿の最後の夜である。

 先ほどまでのランボー殺人事件もとい茶番に興じた一同も、日付が変わろうかという時刻にもなり、次第に就寝を始めた。

 結局、ジョニー達は長岡さんの運転する車で帰って行った。

 こんな時間から帰るなんて、さすが大人である。


 別に別荘を使う予定もないので、ずっと使っていてもいいという許可はサラのお父様から頂いていたのだが、細野さんの手を煩わせ続けるというのも忍びないし、レコーディングの再挑戦にどれほどの期間を要するかの予想もできなかったため、予定通りこの三日で切り上げるつもりだった。

 

 明日の午後には帰りの電車に乗り、また二時間ほど揺られて地元に帰る事になる。

 俺たちバンドメンバー三人はリビングに布団を敷き、合宿らしく大部屋で寝ていた。

 しばらく、布団をかぶりまどろむ。

 既に外も静まり返り深夜と言える時間帯となったが、俺はなかなか寝付けなかった。


 先ほどうたた寝をしたこともあるだろうが、頭の中でこれまでのライブの反省やらレコーディングに挑む想像やら色々な事が巡り、目が覚めてしまう。

 結局、眠るのを一旦あきらめ夜風でも浴びようと思いテラスに出ていた。


 時刻はまだ深夜。

 見渡す水平線は黒く、空には星々がまばらに輝いている。

 遠くを見つめると、港の灯台なのか、はたまた工場地帯なのか人工的な灯りが煌々と光っているのが見える。


 俺は潮が混ざった夏の夜の空気を吸い込み、しばらくぼんやりする。

 

 バンドとしてのレベルが上がってきていることは、ここ数か月の出来事を通して実感している。

 特に、この合宿の効果も大きいと思う。


 でも、ネクスト・サンライズの審査に合格できる自信は、正直なところあまりなかった。

 アリサたちの、『Yellow Freesia』の演奏を聞いてしまったせいかもしれない。

 思い返せば春藤祭の霧島の演奏もそうだ。

 

 俺たちよりも長い時間をかけて練習したバンドなんて、数多くいるはずだ。

 俺よりも強い気持ちをもって作曲した曲は、沢山あるはずだ。

 その多くのライバルたちと肩を並べて競い合わなければならない。

 

 まだ音源審査の段階だから納得のいく物を作り込めばいいと思っていたが、気が付けば締め切りの八月末まで一か月を切っている。

 あとどれほど、クオリティを上げることが出来るのだろう。


 俺は考えこむあまり、テラスの手すりをグッと握りしめる。

 暑い夜でも、海風は冷たい。

 熱を持つ手のひらが、じんわりと冷やされていく。


 その時、背後から戸を開閉する音と足音が聞こえてきた。


「あれ、クチナシ。起きてたんだ」


 ふいに背後から声がする。

 俺が振り向くと、サラは寝間着の紺色のホテル風パジャマの上にカーディガンを羽織り、スリッパをパタパタ鳴らしてこちらにやってきた。


「お、おう。せっかくだし、星でも見ようかと」

「ふうん」

 

 サラはそれ以上は特に何も言わず、俺の横に並んで立ち、同じく海と夜空を見つめた。

 その横顔を、俺は横目で盗み見るように眺める。

 表情は別段、いつもと変わらない。しかし、そういうサラもこんな夜更けに起きているということは、何か理由があるのだろうか。

 

「ね、なんかこうしてると二人で学校に忍び込んだ時の事思い出すね」

「あー、そういえばそんなこともあったな」

 あくまで視線は海のまま、サラはポツリと言った。

 そう言われ、俺も過去の出来事に思いを馳せる。


 あの時は、俺の不用意な質問によってサラを怒らしてしまった気がする。

 たかが数か月前の出来事なのに、遠い昔に感じるのはサラとの関係性が大きく変わったからだろうか。


「私ね、最近色々考えてる。考えてて、あんまり眠れないときもある」

 出し抜けに、サラが呟いた。

「どうした? 悩みでもあるのか」

 普段はそんな素振りも見せていないので、少し驚いた。

  

「ううん、具体的な悩みじゃない。むしろ、具体的に言えないから悩むのかな」

 そういうサラは視線を海のままに、けれども俺に向かって話を続ける。

「あんたたちを見てると、ワクワクして楽しくなる。いい音楽を聞かせてって期待できる。でも、その反面少し羨ましいんだ」

 そこで彼女は、一旦言葉を切ってから吐き出すように言った。


「私にも、そんなに熱中できることがあったらなって」


「普通の高校生なら沢山の友達と遊んだり、恋愛に悩んだり、学校行事にワイワイはしゃいだりすることに夢中になるものだと思ってた。それが結局一番楽しい事なんだろうなって、以前の私は思ってた」

 その言葉に、俺もあいまいな言葉で相槌を打つ。


「でもあんたたちは全然ちがう。ずーっと三人で顔あわせて。馬鹿話をした次にはすぐ音楽の話してる。勉強も行事も恋愛も後回しにして、ずっとバンドの事考えてる。それでいて、三人とも同じ方向に向かって青春のすべてを注いで、走ってる……正直、うらやましい」

 サラがそんな風に思っていたなんて、予想外だった。

 だから、俺は特に考えを巡らせることもできず、気の利いた返事もできずに思ったままの言葉を返した。


「まあ、俺たちのやってることなんて、そんなに大層なものでもない。それに、夢中になれるものなんて案外簡単に見つかるかもしれないしさ」

 俺だって、音楽を始めたきっかけは、友人に連れられたライブで感動したからだ。

 その後は色々あったが、きっかけなんて些細なものだ。


「そうかな。……そうかもね」

 サラはそういうと、視線を上に向ける。

 まだ暗い海の向こうに、二人そろって視線を向ける。

 水平線の上に浮かぶ、弱々しい光の星々を眺めながら。


 その時、再び背後から物音がする。

 俺とサラは驚きながらも振り向くと、そこにはランボーがのっそりと歩み寄っていた。


「ああん? クチナシと姐御も起きてたのかァ?」

「どうしたんだ、ランボー」

 俺はこの状況に、少しばつが悪くなるような思いを感じながらも、ランボーに問いかける。

「いや、どうにも落ち着かなくてよォ。もうちょっとギター練習しようかなァと思って起きたらクチナシもスパコンもいねェからよォ」

「スパコンも?」


 その言葉に連れられ、俺たちは地下の練習スタジオへ向かう。

 完全防音にはなっていないドアからは、控えめなドラムの音が漏れている。


「なんだ、結局全員揃ったじゃねぇか」

 スパコンも寝床を抜け出し、ドラムの練習を行っていた。


「ふふ……まあたまには、徹夜で練習するのもいんじゃない? そのための合宿だしね」

 サラはどこか満足げに腕を組みながらそういった。


「そうだな。この夏休みは一生悔やんでも悔やみきれない、今できることがあるなら全力でやろう」

 そうして、俺たちは徹夜で練習を行った。

 夏休みぐらいしか、こんな贅沢な時間の使い方は出来ない。

 ひと夏の、特別な思い出はすべて薄暗いスタジオの中でのバンドサウンドに彩られていく。


 翌日、帰りの電車内では意識が無くなるほど爆睡することになるのだろうが、今はそんなことはどうでもよかった。

 

 

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