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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第三章「白昼夢中への疾走」

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第五十六話「重い鎧を身に着けたまま、旅を続けることはできない」

 俺たちは再び、地下のスタジオに集合していた。

 腹を空かせたスパコンには細野さん謹製のサンドイッチを詰め込み、なんとかカロリーを補給してもらった。


 この後の予定があるというサラの父親のこともあり、俺たちは一曲だけ披露することとなった。

 スタジオには俺たちメンバー三人に加え、サラと父親、母親と細野さんの四人がお客さんとなった。


 この人数には少々手狭だが、お客さまたちは地面に腰を下ろしリラックスした状態で聴く態勢になる。


「じゃ、始めます」

 俺の簡単な合図とともに、演奏を始める。


 曲は、『river side moon』。

 春藤祭で披露した楽曲だ。

 今回はレコーディングの時と同じようにランボーがメインボーカルバージョンである。当時は不安だったランボーのギターボーカルも、最近はそれなりに聞けるようになってきた。

 

 俺たちの演奏を、各々のリアクションで聴いてもらった。

 サラはいつものように心地よさそうにリズムに乗り、サラの父親はまるで学芸会の子供を見守るように俺たちを見ていて、少し恥ずかしかった。

 細野さんはジッとを目を閉じて、音楽を鑑賞している風情だった。


 演奏が終わると、一同は拍手をくれた。

「いやあ、素晴らしいね。君たちは何かの大会に応募するんだろう?」

 サラの父親は社交辞令だろうが、俺たちを称賛してくれた。

「はい、『RISE・ALIVE』というライブイベントの高校生コンテストみたいなものに応募する予定です」

「うん。楽しみだね。ぜひ選ばれたら私も招待してもらいたいね」

「は、はい」

 さすがに恐縮だが、そこまで言ってくれるのは素直にうれしい。


「さ、もう時間ないんでしょ? 早く行った方がいいんじゃない」

 サラが急かすように言う。

「そんなことを言わないでくれよ。とはいえ、時間的には本当に行かなくてはいけない……。どうもお邪魔したね、これからも頑張るんだよ」

 そう言い残すとサラの父親はスタジオを後にする。


 見送りの為に一同は一旦、別荘の外に出た。

 黒塗りの高級車が運転手と共に待っており、やはりサラの父親は大きい会社の社長なんだなあと萎縮する。


「ちょっとよろしいでしょうか」


 まじまじと高級車を見てお値段ハウマッチを想像していた時、俺は背後から呼び止められた。

 そこには、サラの母親が立っており、少し二人で話しましょうというニュアンスで手招いていた。

 その、かつてのサラのような金色の長い髪に続き、俺とサラの母親、オリビアさんは一同から離れてテラスの方に向かう。


「今日は素晴らしい演奏をありがとうございました。……でも、あの曲。以前歌っていたのはあなたですよね?」

「え?」


 俺は意外な言葉に、情けなく口を開けて声を出した。

 一方のオリビアさんは「声で直ぐにわかりましたよ」と笑いながら言っている。

 

「あの子が家でいつもあの曲を聞いているんです。私も覚えてしまいましたよ」

「あ、どうも……」

 サラには以前作成した、『river side moon』の仮レコーディングデータを渡している。

 しかし、それは今日と同じくランボーのボーカルで録られたものであり、俺の歌ではない。


 俺が歌っているというのは、あのネットに投稿されていた春藤祭の映像の事だろう。

 音質も悪いのに、サラは家でその動画をいつも聴いているのか。


 その事実に、なんだか顔が赤くなる。


「……あなたには、感謝しています」

 オリビアさんは、そんな俺のリアクションも気にせず、微笑んでいた。

 感謝されるほどの事があったかと首をひねると、彼女は言葉を続ける。


「あの子は、少し前までは外観にこだわっていました。それが、あの子の身を守る鎧でもあったのは確かです。けれど、いつかはその鎧を脱がなくてはなりません。重い鎧を身に着けたまま、旅を続けることはできないでしょう」


 そこまで教えてもらって、俺はようやく思い至ったのである。

 あの春藤祭の後、サラはトレードマークともいうべき、金髪ロングヘアーを辞めた。

 その変化を一番気にしていたのは、他でもない両親であろう。

 特に、金色の髪は母親からの贈り物だとサラは言っていた。かつてはその金髪を道具の力を借りてでも継続し続けた彼女が、それを辞めたことをどう思ったのだろうか。


「困難に直面した時に、救済を与えてくれる存在は神しかいないでしょう。しかし、救済の手を待ち続けるだけでは現状は変わらないかもしれません。人は、自分の足で立ち上がる事だって出来るのです。その時に、支えになってくれるのは、手を貸してくれる友の存在だと思います」


 美しいグリーンの瞳が、俺を見つめる。

 そこには、感謝の気持ちが、優しく包まれていた。

 俺は頭を下げ、その礼に応える。


「これからも、サラと仲良くしてくださいね」

「はい、もちろん」


 俺だって、彼女にどれほど力をもらってきたことか。

 彼女は、俺たちのライブを楽しみにしてくれている。

 彼女にお礼をするならば、やはりネクスト・サンライズの審査を通過し、RISE・ALIVEの舞台に立つしかないと心に誓った。



 合宿二日目。一夜明け、再び練習の再開である。

 この日は特別講師にやってきてもらう約束になっていた。


「うお……でけえ家だな」

「うひょー、こりゃ豪邸ですなぁ」


 別荘の前に、一台の軽自動車が停まった。

 昨日の黒塗りの高級車を見た後では、なかなかどうしてあふれ出す庶民感にホッとする。


 そして中から出てきたのは二人の男性だ。

 まあ特別講師とはいっても、いつものメンツなのだけれど。


「ジョニーと長岡さん。わざわざありがとうございます」

 俺は二人を迎えに表に出ていた。

 二人は俺を認めると、ジョニーは苦笑気味に、長岡さんは面白そうにニコニコと頷いた。


「あら、いい場所じゃない」

 そこに加えて、後方座席から一人の女性が降りた。

 ライブハウス『JUST LIKE HEAVEN』のオーナー相川さんも来ていた。

「私はただの見物客だから気にしないでね」

「あはは、はい」

 そういう相川さんは、オフショルダーのワンピースに黒い大きなサングラス、黒い日傘をバサッと広げており、ハリウッド女優かよとツッコみたくなる風情だった。


 ジョニーには普段からも何かとアドバイスをもらっていたが、彼の本職はギターであり、ドラムにも詳しくはあるが指導をするなら本職の人が相応しいということになった。

 そこで、以前の同窓会ライブでお世話になった長岡さんにも話しを付けてもらい、今回の合宿に来てもらえる事となった。

 長岡さんは脱退したものの、ジョニーのバンド『WANDER GHOST』のドラマーであり、スパコンのドラムの先生にはもってこいだ。


 というわけで三人を連れ、俺たちは地下のスタジオに入る。


「オォ! ジョニーの兄貴!」

「なんだよ、いつものオッサン連中じゃねぇかよ。暇なのか」

 スパコンは憎まれ口をたたくが、「いやいや、僕はフリーのイベンターをしていてね。割と時間に融通は利くんだよ」と長岡さんは律儀に返事をしていた。


 それからは、スパコンのドラム指導を中心に夜まで練習に明け暮れた。

 ジョニーと長岡さんの指導は、二人が合わさると熱を増しいつも以上にスパルタ指導が飛んでくる。


 その間、初めのうちは練習風景を覗いていたサラと相川さんだったが、次第に飽きたのか、二人で上階に行き、細野さんの入れるコーヒーをまったりと楽しんでいたようだ。


 そんな感じで、二日目の日中の大半は地下で過ごした。

 それからやはり、スパコンの腹時計を合図に、夕食の時間を知る。

 男共5人が汗水流して練習に打ち込んでいたせいで、かなりむさ苦しい感じになってしまった。

 

「おっ、今日の練習も終わりかい? 夕食はテラスでバーベキューにしようとおもうんだ」

 上階に上がると細野さんが両手に骨付き肉やら貝付の海鮮をのせた皿を持ち、テラスに向かっていた。

 テラスに目を向ければ、既にサラと相川さんが食器類を並べており、準備は万端の様である。


「よっしゃァ!! 食ったるぜェ!」

「とりあえずなんか食えるものくれ……」

 ランボーとスパコンは元気よく駆けだしていき、俺もその後に続く。


「ちょっと男子、炭に火が付かないんだけど~」

 相川さんは既に赤色の液体が入ったワイングラスを片手に上機嫌である。

 なぜか甘ったるい声で火ばさみを持ち、可愛いアピールをしている。

 その横では真剣な表情のサラが必死に団扇で炭を仰いでいた。

 

 俺は苦笑しながら、その輪に加わった。



 ジュウジュウと肉からあふれ出す油が爆ぜる音は、自然と人間の食欲をそそる。

 ほんのり赤くなった炭の色合も鮮やかに、バーベキューコンロの上は一瞬で豪華な晩餐となった。

 

 テラスに並べたダイニングテーブルやイス、そして火の回りを囲うように人々は食事を楽しんだ。

 食事や歓談もひとしきり落ち着いた後、炭火の上に薪を並べて焚火が始まる。

 

 その火を囲みながら、一同はくつろいでいた。


「あれ、長岡さん何見てんだァ?」

 ランボーは退屈そうにあたりを見回し、何やら音楽が流れてきた長岡さんの方に食いつく。

「ああこれ、実は最近知ってね。君たちにも勧めようかなと思ったんだ」

 そういいながら、長岡さんはスマートフォンの動画を一同に見せる。

 

「なんでも、君たちと同年代で、しかも地元も一緒らしいよ」


 長岡さんが再生した動画は、男子高校生による弾き語り動画だった。伴奏は別な人が演奏しているらしく、エレクトーンによるピアノ伴奏だ。

 男子高校生の顔は写っておらず、制服らしき白いワイシャツから下しか見えないが、両手を後ろで組んで大声で歌う姿は『まさに青春』を見せつけられている気になる。


「ふん、音程は外してないが、大声と勢いだけだろ」

 ジョニーはあまり興味がないのか、缶ビールを片手に焼きあがった肉をアテにしている。


 俺も音楽的趣味はジョニーと同じで、言葉にするのは難しいが、ポジティブ一辺倒なノリの曲はやっぱり好きになれず、少しセンチメンタルな内面の弱さも内包した作品の方が好みだった。

 だからこの、元気一杯に歌う動画も、そこまで心惹かれるものではなかった。


「うぉっすっげえ再生数……」

 スパコンはむしろ、動画の内容よりも数字を気にしていた。

「あら本当。コメントも山ほどついているわね」

 相川さんもそっちが気になるのか、話題はそちらに終始した。


 その動画の投稿者、『Hello! Mr.SUNSHINE』の名前は、なんとなく脳裏に刻んだ。

 もしかしたら、ネクスト・サンライズに応募しているかもしれないしな。

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