第五十四話「学生に許された一か月間のオアシス」
◇
小説を読んでいると、本編の間にインタールードという短い章が挟まれていることがある。
物語の本筋からは少し離れたようなニュアンスで語られるこの章について、私はこれを読むたびに少し羨ましくなる。
だって小説の中では、実はこのインタールードが重要な内容だったりするのだ。
インタールードとはそもそも、曲の中で楽器だけで演奏される間奏を差す言葉だという。
だから決して、"どうでもいい内容"という訳ではないはずだ。
それならばきっと、私の物語はインタールードにも満たない小さなノイズのようなものなのだろう。
その日は、友達と夏祭りに来ていた。
その夏祭りではステージイベントが行われていて、どこかのバンドが演奏をしていた。
友達は、「なにあのうるさい演奏。理科、行こ?」というので、私はその演奏をちゃんと見ることはできなかった。
けれど、人混みのその向こう、遠くから鳴り響くその歌は何故か、心の中に残っている。
どんな曲だったのか、はっきりとは覚えていないけれど。
その男の人の、少しダミのある歌声はまるで朝日のように暖かく、私の心をポカポカさせてくれたような気がしたのだ。
誰にも見つからない脇役のような私にも、光を与えてくれる気がしたのだ。
*
夏休み。
それは学生に許された一か月間のオアシスである。
俺は夏休みの初日を、午前中には惰眠を貪ることに終始し、昼に起床した後は平日のお昼にやっているワイドショーをテレビでチラ見しつつ、近所のスーパーに出かけた。
明後日の土曜日から三日間、サラのお父様が所有する別荘で合宿を行う予定になっている。
それまでの今日と明日については、思う存分休みを満喫する所存でございます。
とは言いつつも、ベースの練習を怠るわけではない。
近所のスーパーへ向かう道すがらにも、耳にはイヤホンを差しレコーディング予定の2曲をおさらいしたり、メトロノームの音に合わせて右手の指を膝辺りでエアピッキングしたりして、イメージトレーニングを欠かさない。
一日、一時間、一分一秒が充実した時間だった。
昼間の暑い日差しに照らされ、ゾンビの様な足取りでスーパーにたどり着く。
短パンTシャツという格好で、ぼく君さながらのなつやすみ仕様になった俺の背筋には、すでに汗がたまっていた。
スーパーの効きすぎなくらいの冷房で、一気に冷却され蘇る。
俺は慣れた手つきでカートとカゴを掴み、生鮮野菜のコーナーから順に買い物を行っていく。
家は母と俺の二人暮らしであり、母は定時という概念があまりないフリーライターの仕事をしているものだから、中学生ぐらいの頃から俺も料理をするようになった。
とはいっても、肉と野菜を適当に切り刻んで煮るなり焼くなり好きにするだけの、料理と呼ぶには料理人に失礼極まりないものではあるのだが。
しかし、この夏休みの自炊生活における最大のメリットは、臨時収入が得られることである。
いつも母の分の食事も多めに作り置きをするため、食費として多めにお駄賃を貰える。そしておつりは手間賃ということで俺の収入となる。
つまり、母親を満足させつつ、安い食費で済ますことが出来れば、俺のベース購入の軍資金を貯めることが出来るのだ。
さて、今日はどの肉を切り刻んでやろうか。
お前も野菜炒めにしてやろうか。今夜もひとり、生贄になる……。
俺はデーモンのような目を爛々とさせていると、急に声をかけられる。
「あれ? 変質者君……じゃなくて、クッチーだっけ?」
声のする方を見てみると、そこには俺と同じようにTシャツ短パンに身を包み、トレードマークのキャップを被ったボーイッシュな女子、多村咲が居た。
柊木とアリサのバンド、『Yellow Freesia』のドラマーである。
俺と同じく、カートを押して買い物の際中である。
「お、おう。奇遇だな……でも、変質者って呼ぶのはやめてね……」
「あはは。ゴメンネ。クッチーも買い物?」
なんだかまた、妙なあだ名で定着している気がするが、とりあえず置いておくことにする。
「まあ、そんなところだ」
「だよねー。スーパーに来てる時点で買い物しかないよねー」
と、多村も苦笑する。
……ふう。
なんだか、微妙に気まずい。
この、友達の友達にも満たない距離感というか。
柊木か、せめてアリサが居た方がまだ空気感はマシな気がする。
俺はなんとなく助けを求めるように周囲を見回すと、多村の方に猛進するチビッコ二人の姿があった。
「姉ちゃん! これ買いたい!」
男の子は、まだ小学校低学年ぐらいのやんちゃな坊主で、手にはなぜか仁丹の箱が握られていた。
「ちょっと、それはおじいさんが好むものだから、あんたにはまだ早いのよ。返してきなさい」
多村は偏見たっぷりの言葉で、その坊主をぴしゃりとたしなめる。
「ええー。カッコいいのになぁ」
坊主は不服そうだ。
でも、なんかわかるな。
瓶に入った薬とか、ちょっと憧れる男子の気持ち。
「サキちゃん、これほしい」
今度は、幼稚園児くらいの少女が多村に何かを差し出した。
その手にはなぜか、シャウエッセンの袋が握られていた。
「……あんたは、なんでこれが欲しいの?」
「?」
小首をかしげて、分からないのアピールをする少女。
「まあ、おいしいもんね、シャウエッセン。でも高いから駄目よ。こっちの『特用』ってでっかい無骨な文字で書いてある奴じゃないとあんたたちのハラは満たせないの」
そういいながら、多村はシャウエッセンを没収する。
「……というか、弟妹がいたのか」
俺は多村の、そのお姉さんらしい振る舞いにほっこりしながらも改めて聞いた。
「うん。このチビーズ二人の他に、末っ子がもう一人いてね。四人姉弟の長女なの。お母さんが買い物に来るのも大変だから、夏休みの間は私が買い物担当ってわけ」
快活に笑って見せる多村は、確かに見た目の割にはしっかりとした雰囲気があった。
「へぇー。大変なんだな」
だから、俺は思いついた感想がそのまま口からこぼれていた。
「そうかな? 私は昔っからこれが普通だから、大変とかよくわかんないかな。……多分、もっと別な意味で大変な家庭とかも、いっぱいあるだろうし」
「ん? どういうことだ?」
ちょっと含みのある言い方をする多村が少し気になった。
そんな俺の視線に気まずそうに、「いやあ、ありそうじゃん?」と曖昧にはぐらかされてしまった。
「姉ちゃん、何コイツ。通報する?」
「わんこのおまわりさぁーん」
そんなやり取りを姉とする俺を見て、チビッコ二人はそんな単語を口にするのだった。
そんなことを言われると、スーパーで買い物している他のお客様から、疑惑の目線がとんできてしまう。
「コラ! そんな言葉どこで覚えたんだか……」
「姉ちゃん、早く帰ろうよー」
「しゅうでんのがすー?」
チビッコ二人はそういうと、スーパーの出口の方へ走って行った。
「……ほんとに、大変じゃないのか?」
「ああ、うん、まあ、別に。いつもの事だから……ああ、分かったわかった、今いくよ」
チビッコ二人に急かされ、多村はレジの方へ会計に向かった。
去り際、「じゃあね! ネクスト・サンライズ、お互い頑張ろー!」と元気な声と共に、手を振っていた。
俺は、軽くそっちに会釈をして、今日の血祭に上げる肉の選定に戻るのだった。
とまあ、そんな感じで。
俺の夏休みが始まる。
小説家になろうで本作にお付き合いいただいている皆さま。
どうもご覧いただきありがとうございます。
第三章も無事に作成が終わり、また定期的に続きを投稿していきますのでよろしくお願いします!
また、レビュー、いいね、ブクマ等々反応をいただき、その度にものすごく嬉しい気持ちとモチベーションを頂いています!ありがとうございます。
第一章を書いた当時から、再び環境が変わり作成時間があまり確保できていないのですが、何とか最後までたどり着けるように頑張っていきたいと思います。
相変わらずな内容の物語ですが、引き続きお付き合い頂けるという方はこれからもよろしくお願いします。




