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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第二章「ASAYAKE」

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第四十七話「4:21」


 アルコールのせいで混濁する意識の中、俺はどこか安心していた。

 俺の時間は最後のライブで止まっていて、いつの日かアイツと一緒にまたステージに立つのだと思い込んでいたんだ。

 だけど、それも今日で終わりだ。

 

 世界の時間はとっくに動いていて、最後のライブは遠い昔に過ぎ去っていた。

 でも、俺は前に歩き出せていなかった。


 彷徨う幽霊になって、過去に縋り続けていた。


 そんな日々も、もう終わったんだと、ようやく理解できた。

 あのバカ共と一緒にライブをして、ミサキの報告を聞いて、俺はようやく理解した。

 

 ミサキとどうなりたかったのか、正直なところよくわからない。

 結婚と妊娠の報告を聞いて、ショックが一切全く無いと言えば、嘘になる。

 けれども、今は純粋に祝福したい気持ちが勝っている。

 だから、安心したんだ。


 ミサキも、今を生きている。

 あの日々から、ちゃんと前に進んでいる。


 あの高校生のバカ共とライブをして、楽しかった。

 高校生の時の、あの無敵な気持ちを思い出すことが出来た。

 俺の、果たせなかった夢もこいつらなら、もしかしたらと思うと、この先が楽しみになった。


 また、今日みたいなライブがしたい。

 こんな楽しい瞬間が、また訪れてほしい。


 そう思うと、俺は安心して眠ることが出来たんだ。

 ぼんやりとした意識の中で、ステージの方を見る。

 薄暗闇の中に浮かぶシルエットは、ギターを弾いていた。


 また、歌を聞かせてくれ。

 そして、俺の意識は静かに落ちていった。




「ん……痛てて……」

 気が付くと、俺は眠っていたらしい。

 変な姿勢で床に転がっていたものだから、肩とか首とかが痛い。


 俺だけではなく、酒を浴びていたジョニーはもちろん、スパコンもいびきをかいてソファ席に沈んでいた。

 ここは、ライブハウス「JUST LIKE HEAVEN」。

 俺はライブの緊張感だったり、その後の打ち上げと称したバカ騒ぎに疲れ、寝落ちをしていたのだ。

 地下にあるこのスタジオは、非常灯と最低限の明かりしかなく、外の明るさや、今何時であるかわからない。

 うっすら埃が舞う地下室で、俺は眠い頭を持ち上げた。


 俺が目覚めたきっかけは、かすかに聞こえるギターの音と歌声のせいだった。


 見れば、ぼんやりと灯りが点いたステージの上で、ランボーがアンプに向かって胡坐をかき、ギターの弾き語りをしていた。

 それは聞いたことが無い曲だったが、アップテンポでガンガン攻める感じはとても好みだった。


「なあ、その曲」

「わあ!? なんだ、クチナシ。起きたのかァ」


 素で驚くランボーは、一瞬手を止めるが、再びギターをかき鳴らし始める。


「……こいつは、オレが作ってみた曲なんだ。なんか、ジョニー兄貴の話を聞いてたら、ムショーに弾きたくなって……」


 ちょっと照れ臭そうに言うランボーに、俺は驚いた。

 

「その曲、もう一回頭から弾けるか?」

「え? お、おう」

 ランボーは恥ずかしそうにしながらも、コードを鳴らし始める。


 歌は鼻歌で、歌詞は適当だった。

 けれども、俺は頭が、それまでの寝ぼけ状態から一気に覚醒していくのを感じる。


「待ってろ、ベース取ってくる」


 ポカンとするランボーをよそに、俺はベースを取り出し、アンプに接続した。

「キーは、A♭?」

「そうだァ」

 

 最低限の確認をし、ランボーのギターに合わせてベースを鳴らす。

 初めは、ただのルートから。

 次第に、思いつくままにフレーズを奏でる。


 徐々に、ランボーも乗ってきた。

 足で地面を叩き、リズムをとりながら音を重ねていく。


 サビのメロディはランボーの中で固まっているようで、はっきりと歌が乗る。

 これがまた、俺には思いつかないシンプルでなおかつ印象的な歌だ。

 ランボーの個性が強く反映されている。


「……なんかいいな、コレ」

 ランボーはベースと合わさった自身の曲に、実感を持っている。

「ああ。スパコンも起こそう」


 俺はソファに寝るスパコンを叩き起こし、ステージに引っ張ってくる。

「ワイはまだ眠い……ンゴ」

 いびきをまだかいているスパコンを無理やりドラムの前に座らせ、俺たちはボリュームを少し大きくし、再び頭から演奏を開始する。


 同時に、スマホを取り出し録音をスタートさせた。

 その時、ちょうど時刻が目に入る。

 4:21。早朝もいいとこだ。


 俺たちの演奏の音に目が覚めたのか、はたまたドラマーとしての本能が疼いたのか、スパコンは目を瞑りながらドラムを叩き始めた。

 いつもの、手数マシマシではなく、シンプルで自然なビートだ。


 俺たち三人は、セッションにより曲をかき上げた。

 この時点で曲の半分ほどが出来上がり、残りは録音した音源をもとに後日完成させることとなった。


 その後、俺とランボーはコンビニに朝飯や水分を買いに行くために、ライブハウスの階段を上った。

 扉をくぐると、外は朝焼けの青白い朝だった。


 夏の朝の空気がする。

 少し香ばしくて、何かワクワクさせてくれる匂いだ。


 繁華街の朝は、僅か数時間前までの華やかさは一切消え去り、火が消えた炭のように灰色だった。

 けれども、俺たちは新鮮な気持ちで辺りを見回した。


「なあクチナシ」

「ん?」


 その時、ランボーは空を見上げながらぼんやりとつぶやいた。


「バンド、誘ってくれてありがとな」

「なんだよ急に」

 

 ランボーは照れ臭いのか、こっちを見ずに言う。

「なんつうかよォ。野球をやってた頃は、練習も本番もやっぱり辛かったよ。もちろんプレーは楽しいし勝てればうれしい。いまだに野球は好きだ」


 ランボーは、かつての夏を思い出しているのだろうか。

 ガシガシと頭をかきながら言う。


「でもバンドの楽しさは全く違うんだよな。なんかこう、ハラ減った時に掻き込むメシとか、喉乾いたときに飲む水みたいな、理屈なんか関係ない喜びというか……」

「生きてるって、感じるよな」

 俺は、ランボーの言葉を継ぐ。

 そこに、ランボーはこちらを向いて強くうなずいた。


「だからよォ。ネクスト・サンライズ。絶対勝とうぜ」

「ああ」

 もちろんだ。このライブハウスでのライブがこんなに楽しいんだ。

 RISE・ALIVEで演奏すれば、想像を絶するに違いない。


「なあ、この曲の名前なんにする?」

 俺は、作曲者であるランボーに問いかけた。

「うウゥ~ん。なんでもいいけどよォ」

「なんか、思いついた単語でいいからさ」


「じゃあ、とりあえず『朝焼け』ってどうだァ」


 そうして、この日。

 俺たちのオリジナル曲の2曲目、『ASAYAKE』が生み出されたのだった。

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