第四十七話「4:21」
◇
アルコールのせいで混濁する意識の中、俺はどこか安心していた。
俺の時間は最後のライブで止まっていて、いつの日かアイツと一緒にまたステージに立つのだと思い込んでいたんだ。
だけど、それも今日で終わりだ。
世界の時間はとっくに動いていて、最後のライブは遠い昔に過ぎ去っていた。
でも、俺は前に歩き出せていなかった。
彷徨う幽霊になって、過去に縋り続けていた。
そんな日々も、もう終わったんだと、ようやく理解できた。
あのバカ共と一緒にライブをして、ミサキの報告を聞いて、俺はようやく理解した。
ミサキとどうなりたかったのか、正直なところよくわからない。
結婚と妊娠の報告を聞いて、ショックが一切全く無いと言えば、嘘になる。
けれども、今は純粋に祝福したい気持ちが勝っている。
だから、安心したんだ。
ミサキも、今を生きている。
あの日々から、ちゃんと前に進んでいる。
あの高校生のバカ共とライブをして、楽しかった。
高校生の時の、あの無敵な気持ちを思い出すことが出来た。
俺の、果たせなかった夢もこいつらなら、もしかしたらと思うと、この先が楽しみになった。
また、今日みたいなライブがしたい。
こんな楽しい瞬間が、また訪れてほしい。
そう思うと、俺は安心して眠ることが出来たんだ。
ぼんやりとした意識の中で、ステージの方を見る。
薄暗闇の中に浮かぶシルエットは、ギターを弾いていた。
また、歌を聞かせてくれ。
そして、俺の意識は静かに落ちていった。
*
「ん……痛てて……」
気が付くと、俺は眠っていたらしい。
変な姿勢で床に転がっていたものだから、肩とか首とかが痛い。
俺だけではなく、酒を浴びていたジョニーはもちろん、スパコンもいびきをかいてソファ席に沈んでいた。
ここは、ライブハウス「JUST LIKE HEAVEN」。
俺はライブの緊張感だったり、その後の打ち上げと称したバカ騒ぎに疲れ、寝落ちをしていたのだ。
地下にあるこのスタジオは、非常灯と最低限の明かりしかなく、外の明るさや、今何時であるかわからない。
うっすら埃が舞う地下室で、俺は眠い頭を持ち上げた。
俺が目覚めたきっかけは、かすかに聞こえるギターの音と歌声のせいだった。
見れば、ぼんやりと灯りが点いたステージの上で、ランボーがアンプに向かって胡坐をかき、ギターの弾き語りをしていた。
それは聞いたことが無い曲だったが、アップテンポでガンガン攻める感じはとても好みだった。
「なあ、その曲」
「わあ!? なんだ、クチナシ。起きたのかァ」
素で驚くランボーは、一瞬手を止めるが、再びギターをかき鳴らし始める。
「……こいつは、オレが作ってみた曲なんだ。なんか、ジョニー兄貴の話を聞いてたら、ムショーに弾きたくなって……」
ちょっと照れ臭そうに言うランボーに、俺は驚いた。
「その曲、もう一回頭から弾けるか?」
「え? お、おう」
ランボーは恥ずかしそうにしながらも、コードを鳴らし始める。
歌は鼻歌で、歌詞は適当だった。
けれども、俺は頭が、それまでの寝ぼけ状態から一気に覚醒していくのを感じる。
「待ってろ、ベース取ってくる」
ポカンとするランボーをよそに、俺はベースを取り出し、アンプに接続した。
「キーは、A♭?」
「そうだァ」
最低限の確認をし、ランボーのギターに合わせてベースを鳴らす。
初めは、ただのルートから。
次第に、思いつくままにフレーズを奏でる。
徐々に、ランボーも乗ってきた。
足で地面を叩き、リズムをとりながら音を重ねていく。
サビのメロディはランボーの中で固まっているようで、はっきりと歌が乗る。
これがまた、俺には思いつかないシンプルでなおかつ印象的な歌だ。
ランボーの個性が強く反映されている。
「……なんかいいな、コレ」
ランボーはベースと合わさった自身の曲に、実感を持っている。
「ああ。スパコンも起こそう」
俺はソファに寝るスパコンを叩き起こし、ステージに引っ張ってくる。
「ワイはまだ眠い……ンゴ」
いびきをまだかいているスパコンを無理やりドラムの前に座らせ、俺たちはボリュームを少し大きくし、再び頭から演奏を開始する。
同時に、スマホを取り出し録音をスタートさせた。
その時、ちょうど時刻が目に入る。
4:21。早朝もいいとこだ。
俺たちの演奏の音に目が覚めたのか、はたまたドラマーとしての本能が疼いたのか、スパコンは目を瞑りながらドラムを叩き始めた。
いつもの、手数マシマシではなく、シンプルで自然なビートだ。
俺たち三人は、セッションにより曲をかき上げた。
この時点で曲の半分ほどが出来上がり、残りは録音した音源をもとに後日完成させることとなった。
その後、俺とランボーはコンビニに朝飯や水分を買いに行くために、ライブハウスの階段を上った。
扉をくぐると、外は朝焼けの青白い朝だった。
夏の朝の空気がする。
少し香ばしくて、何かワクワクさせてくれる匂いだ。
繁華街の朝は、僅か数時間前までの華やかさは一切消え去り、火が消えた炭のように灰色だった。
けれども、俺たちは新鮮な気持ちで辺りを見回した。
「なあクチナシ」
「ん?」
その時、ランボーは空を見上げながらぼんやりとつぶやいた。
「バンド、誘ってくれてありがとな」
「なんだよ急に」
ランボーは照れ臭いのか、こっちを見ずに言う。
「なんつうかよォ。野球をやってた頃は、練習も本番もやっぱり辛かったよ。もちろんプレーは楽しいし勝てればうれしい。いまだに野球は好きだ」
ランボーは、かつての夏を思い出しているのだろうか。
ガシガシと頭をかきながら言う。
「でもバンドの楽しさは全く違うんだよな。なんかこう、ハラ減った時に掻き込むメシとか、喉乾いたときに飲む水みたいな、理屈なんか関係ない喜びというか……」
「生きてるって、感じるよな」
俺は、ランボーの言葉を継ぐ。
そこに、ランボーはこちらを向いて強くうなずいた。
「だからよォ。ネクスト・サンライズ。絶対勝とうぜ」
「ああ」
もちろんだ。このライブハウスでのライブがこんなに楽しいんだ。
RISE・ALIVEで演奏すれば、想像を絶するに違いない。
「なあ、この曲の名前なんにする?」
俺は、作曲者であるランボーに問いかけた。
「うウゥ~ん。なんでもいいけどよォ」
「なんか、思いついた単語でいいからさ」
「じゃあ、とりあえず『朝焼け』ってどうだァ」
そうして、この日。
俺たちのオリジナル曲の2曲目、『ASAYAKE』が生み出されたのだった。




