第四十四話「今がずっと続くなんて、思わないほうがいいよ」
演奏が終わった後は、ライブステージにはDJ卓が用意されクラブ風の装いとなった。
踊りたい人達は前の方に行き、ゆっくり飲みたい人達は後ろのソファ席に寄っていた。
しかし、俺たち高校生組……特に女子であるサラがこれ以上遅くまでこういう場に居るのもよろしくなく、またお酒を飲まないミサキさんもそろそろ帰宅するとのことで、タクシーを呼び先に帰すことになった。
俺たちは機材の片づけ等があるので、先にサラとミサキさんを見送る。
ジョニーも含め、俺たちは騒がしい会場から階段を上り、店の外に出た。
そこでジョニーはタバコに火を付けながら、ミサキさんと二人連れ立ち会話をする。
俺たちは気取られないようにその背後に回り、会話を盗み聞く。
「いやー、すごかったよ。藤木君の演奏。高校生の彼らも良かったね」
「ああ、まあな。俺が仕込んでるから当然だ」
ジョニーとミサキさんは、少し若返ったかのように弾んだ声で話している。
俺とサラは顔を見合わせ、作戦の行く末を案ずる。
俺はジョニーが音楽に再び情熱を注いでくれればいいのだが、どうやらサラは二人の恋路が気になる様子だ。
「あはは。もしかしたら、私たちが学生の頃よりも上手かもね、あの子たち」
「ああ? それはないだろ。間違いなく、俺と遼……、いや俺らの方が上手だ」
「……うん。そうだね」
遼、という名前が出た時に、二人は微妙な空気になった。
そういえば、和峰遼という人物の名前はネットでも記載されていたが、今回の場にはいなかったな。
長岡さんとジョニー、そして遼という人でバンドを組んでいたのなら、この場に居てもおかしくはないと思うが。
「ミサキ……なあ、もしよければ、また昔みたいに……」
「うん。またギターを聴かせてね!」
言いかけたジョニーに、食い気味にミサキさんは答える。
ジョニーは言葉を選びながらも、今回のライブの目的、つまりミサキさんが悩んでいる原因について尋ねる。
「なあ、なにか、あったのか」
ぶっきらぼうな物言いに俺たち高校生組は焦れるが、ミサキさんは遠くの商業ビルのネオンの光を見上げながら言う。
「私、怖かったんだ。色々と。でも、今日の演奏を聴いて吹っ切れた。もう大丈夫だよ」
安堵の表情を見せるミサキさんに、ジョニーもつられてほっとするような顔をした。
「そうか、なら、まあよかった」
ともに視線を上げるジョニーに対し、ミサキさんは相変わらず遠くを見上げて言った。
「私、妊娠してるの」
その瞬間、俺たちとジョニーはピタリと静止する。
「東京の仕事の関係で、いい人と知り合ってね。付き合ってるんだけど、まだ両親には彼氏を紹介するっていうことしか伝えていないんだ。だけど、結婚するって言おうと思う」
「まあ、言うのは私じゃなくて彼からなんだけどね。なんでだろ、実際にはもうプロポーズもしてもらってて、OKもして。両親にはその報告をするだけなんだけどね」
「実際に私がお嫁さんになって、奥さんになって、そして次はお母さんになる。そんなことが怖かったのかもしれない。自分じゃ歯止めが利かなくなるような、時の流れに身を任せていくことになるんだと思う。だから、ほんのちょっとだけ、勇気が欲しかったんだ」
「……ああ」
ジョニーが絞り出すことができたのは、そんな言葉にならない声だけだった。
そこから先は到底盗み聞く気になれず、スパコンとランボーは片づけの為にライブハウスへ戻っていった。
その頃、呼んでいたタクシーがやってきて、サラとミサキさんは乗り込む。
ジョニーは相変わらず脇の方でタバコをふかしているので、自然と俺一人が見送る形になる。
タクシーに乗り込んだミサキさんは、車の窓を開け俺に別れの挨拶をした。
「今日は素敵な演奏をどうもありがとう。元気出たよ」
「あ、こちらこそ、ありがとうございます」
俺は大人の女性に話しかけられ、へどもどしながら応える。
「君も、よく覚えておいてね」
ミサキさんは、悪戯っぽく笑いながら言う。
「高校時代なんて、あっと言う間なんだよ。今がずっと続くなんて、思わないほうがいいよ」
そういうミサキさんの表情は、どこか寂しそうだった。
「だから、君もハッキリと覚悟をしといたほうがいいかもね」
覚悟。
いったい何に対してなのか、俺は聞くことができなかった。
車の窓は閉まり、俺と背後のジョニー向けてミサキさんは手を振る。
その奥で、サラが目線だけを俺にくれた。
タクシーは発車し、男共は夜の繫華街に置き去りになった。




