第四十三話「一瞬の煌めきを遠くに見上げる人」
俺は再び、階段を下りライブハウス『JUST LIKE HEAVEN』に戻ってきた。
会場には予定していた人数よりも多く訪れているようで、フロアはほぼ満員だった。
どうやら、同窓生たちの間でもジョニーはそれなりに有名だったようで、彼が演奏すると聞きつけ人が集まったらしい。
現在は余興のような飛び入りカラオケ大会が開かれており、そこそこ盛況だった。
俺は人の間を縫うように抜け、ステージ脇の楽屋スペースに潜り込む。
そこにはサラと、既にスタンバイ状態のランボー、スパコン、そしてジョニーが居た。
「遅いぞ。どこ行ってた。探しに行くところだったぞ」
ジョニーにたしなめられ、俺は「すまん」と頭を下げる。
「ハァ? どうしたのその足跡」
俺のシャツの胸辺りには、アリサに踏みつけられた足跡がクッキリと残っていた。その様子をサラがジッと見つめる。
「うわ、な、なんでもねぇよ」
俺は慌てて払落し、足跡を消す。
その様子を、サラは訝しげに眺めていた。
「よし、そろそろ出番だ」
ジョニーが告げる。
ステージは、司会進行役の長岡さんがマイクを握り、何やら喋っているが、ステージ袖に向けて合図をしていた。
ライブ決行だ。
会場には、ジョニーの同窓生たちが数十人居る。しかし、このライブの目的はただ一つ。
ジョニーの演奏を、ミサキさんに聞かせること。
きっと、ミサキさんはジョニーに会うために地元に帰ってきたはずだ。
そして、彼女はジョニーの演奏を聞きたがっていた。
そこにある理由は俺にはわからないが、きっと何かのきっかけになるはずだ。
そして、ジョニーの熱意を取り戻す。
また、音楽に関わる人として、何かを伝えてほしい。
*
俺たちはステージに並んだ。
いつもの三人体制ではなく、四人で並ぶため、立ち位置も微妙に異なる。
ランボーが中心に立ち、向かって左が俺、右がジョニーだ。
ステージは明るいライトで照らされているが、客席との距離は思っていたよりも近く、最前列の人からは結構間近で見られていることに緊張した。
体育館のステージほど高低差が無いためだろう。
「行くぞ」
ジョニーの一声で、演奏が始まる。
一曲目は、「WANDER GHOST」の初期の代表曲、『逆光』。
ラウドで攻撃的な音楽と歌詞に加え、ジョニーの超絶リードギターが加わる。
原曲のボーカルは少年的な声でオルタナやポストロックの風味もあるのだが、ランボーは意外とワイルドなダミがあるロック系の声であるため、雰囲気は俺たちに寄っているだろう。
けれども、普段の「Noke monaural」と明らかに違うのは、ジョニーの存在感だ。
歪を多く含んだ音色に、激しいフレーズを繰り広げながらも、繊細さは失っていない独特のプレースタイルに俺を含めた会場の全員は圧倒される。
自然と、俺のベースラインにも攻撃的なアレンジが加わる。
ワンコーラスの演奏が終わった後、ようやく俺は客席の様子を見る心の余裕が生まれた。
客席側はアルコールが入ったお客しかいないので、結構ハチャメチャにノリノリだった。
高校生の学祭よりも、下手したらパワーがあるんじゃないかと正直に思いながら、俺はそんな大人のお客たちの笑顔につられ笑みをこぼす。
ジョニーと目線が合い、「もっとガンガン攻めるぞ」というニュアンスをくみ取った。
それに呼応するかのように、スパコンのビートが熱を帯びる。
ランボーの歌はゾーンに入り、ジョニーのギターサウンドと絡まる。
俺は全体を気にしながら、隙の無い音の攻撃を繰り出す。
ツーコーラス後には、ジョニーのギターソロがある。
そこにはもう圧倒されるしかなかった。
芸術的ギターソロはジョニーらしく泣きのフレーズであり、観客の視線は指版の上、六本の弦を華麗に飛び回る指先に釘付けとなった。
ジョニーの顔を見ると、演奏に集中しながらも複雑な表情をしていた。
それは、過去との決別を果たし、今まさに客席に居る人物へ向き合う覚悟を決めたかのようだった。
一曲目、『逆光』が終わる。
会場は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「ウォォラァ! Noke monaural feat.ジョニーだぜェ!」
おそらく、会場のだれにも伝わらない自己紹介をランボーはしたが、それでもイエーイ!という声が返ってくるあたり何をやっても受けるんじゃないかと思う。
俺たちが演奏する曲は2曲。
次は、ジョニーがリクエストした曲だ。
「オレ達は、えーっと、ジョニー……じゃなくて、藤木サンにバンドのことを色々教わってるッス。それで、今日はとある曲を聴かせたい人が居ると聞いて、オレ達がひと肌脱いだっつうわけッス」
たどたどしいMCを披露するランボーに任せておけなくなったのか、ジョニー自身がマイクを握る。
「皆さん、どうもお久しぶりです……とはいっても、在学中の俺はそこまで社交的な方じゃなかったんで、この場を作ってくれたのは長岡のおかげかと思います」
「ご存じと思いますが、俺たちが在学中の時、バンドをやってました。その顛末は、まあご存じの通りで、上手くいきませんでした」
「そんな俺の演奏に付き合ってくれるこいつらにも、感謝してます」
「次の曲は、昔の夏祭りで披露した曲になります。みんなで集まれたこの機会に、少しでも、あの頃の無敵な力を、思い出せたらと思います。そしてこの演奏が、少しでも誰かに勇気を与えられたらって思います」
「聞いてください。『花火』」
楽しげに打ち鳴らすドラムのリズムは、まるでスキップして歩く上機嫌な少女の様だ。
そこに、鮮やかなコードワークのギターが彩りを添える。
添えるベースのリズムは、少女の鼻歌だろうか。
まさに、晴れた夏の一幕を連想させる楽曲だ。
そこに、普段はギターを抱えて歌うランボーが、今回はギターを置きマイクだけを握りしめる。
原曲は、カホン、アコギ、ベースで構成されたほぼアコースティックバンドの演奏なので、今回はバンドアレンジということになるのだが、なるべく当時の雰囲気を再現するためにギターは一本、ジョニーだけだ。
だからこそ、歌に集中したランボーの歌声は良い。
ポップスに近く、ワイワイと楽しい楽曲にもランボー歌声は映える。
だが、時折混ざる切なさを含む音色もしっかりと表現している。
夏の夜空に打ちあがる花火みたいに。
一瞬の煌めきを遠くに見上げる人みたいに。
楽しさ、美しさ、そして儚さ。
この曲は、ジョニーとミサキさんにとって特別な一曲なのだろう。
コードを弾き鳴らすジョニーの表情は、俺たちには真似できない大人の哀愁が含まれていた。
演奏が終わると、会場は大喝采に包まれた。
人々が、手を打ち鳴らし、歓声を上げる中。
一人の女性が静かに、泣いていた。
あ。
その時、ふっと思い出した。
ミサキさんがTETSUYAで購入していたCD。あれ、木村カエラのベスト盤だ。
見た記憶はあったけど、ようやく思い出せた。




