第四十一話「『JUST LIKE HEAVEN』」
ライブハウス『JUST LIKE HEAVEN』は,繁華街にそびえる雑居ビルの地下に位置している。
かつて、霧島に連れられて行ったスタジオのほど近くであり、何度か付近を通ったことはあったのだが、その存在には気づいていなかった。
階段を降り、扉をくぐると、黒を基調にしたシックな様相のロビーに出る。
観葉植物と自販機が並ぶ六畳ほどの簡素な造りであり、カウンターの脇を抜けるとライブハウスにつながる。
俺が過去に行ったことのあるライブハウスは千人規模の大きなもので、その時は「REX」のライブを観たのだが、ここはせいぜい50人も入れば満員といえるぐらいの小さな『箱』だ。
後方にはバーカウンターとテーブルを構えたソファ席があり、お酒を楽しむがてら、ライブを観れるというような店構えである。
今はステージには楽器がスタンバイされており、客席側には人は居ない。
ある夏の週末。
今日がジョニーの同級生が企画したという同窓会の当日であり、俺たちの2回目のライブの日である。
「おう、来たか」
ジョニーは、俺たちがやってくるのを待っていたようだ。
「おおォ! スゲー、ライブハウスでやるのは初めてだァ」
「意外と狭いんだな。体育館の方が広かった」
スパコンとランボーもライブハウスでの演奏は初めてなので、興味津々に辺りを見回している。
「へえー。ライブハウスってこんな感じなのね」
当然のようにこの場に居るが、サラも観客として来ていた。
さすがに夜道を女子一人で歩かせるわけにもいかないので、いつぞやと同じく公園で待ち合わせをしてここまで一緒に来た。
俺たちは、同窓会の二次会から参加するジョニーに合わせて会場入りした。
そのため、時刻は既に夜9時を過ぎている。
なかなか高校生が繁華街に出歩くには危ない時間である。
一応、各自は親に一報を入れてあり、信用できる大人が付いているという約束はしている。
「……よろしく、頼む」
ジョニーは、少し照れ臭そうに、けれども神妙な顔で言った。
俺は、それに強くうなずく。
ミサキさんの事情は分からないが、今、何か辛い現実と向き合っているはずだ。
そのための、ジョニーの決意も知っている。
これが、何かのきっかけになってくれれば。
それに、俺たちもライブハウスで演奏ができる貴重なチャンスであり、ジョニーのバンドマンとして久しぶりのライブでもある。
気合が入り、身が引き締まる。
「あらら、この子たちが藤木君のメンバー? 初々しいわね」
バーカウンターの奥、暗がりから艶めかしい声が聞こえた。
「相川さん、どうもよろしくお願いします」
ジョニーは声の主に、会釈をする。
相川さんと呼ばれた女性は、茶色の明るい髪をかき上げ、咥えた細いタバコを指で挟みながら、俺たちを品定めするように眺めた。
相川さんはこのライブハウス『JUST LIKE HEAVEN』のオーナーであり、ジョニーの先輩にあたるそうだ。
ジョニーが現役のバンドマン時代から親交があり、当時はライブハウスのアルバイト店員だったそうだが、最近ついに自らの『箱』を構えたらしい。
「雰囲気いいですね、この箱」
ジョニーが言う。
「いいでしょ~。いつでもお安く貸してあげるよ。男子諸君。あ、お酒はダメよ、オトナになってからねっ」
相川さんは俺たちにウインクをしながら、タバコの煙を吹きだした。
反応に困りドギマギしていると、後ろから声がかかる。
「ハァ。そんなんでライブできるのかしら」
サラはやれやれをばかりに首を振り、その様を見て相川さんは微笑む。
その後、俺たちはリハを行い、音作りの最終確認をした。
相川さんは昔からPA、つまりお客さんへ音を届ける調整役のようなものをずっとやっていたらしく、腕前は素晴らしかった。
俺たちの音でも、PAの腕前一つで、本当のバンドらしく聞こえるものだった。
その時、ライブハウスに別の人物がやってきた。
「お疲れ様でーす。おお、ユージン。来てくれてサンキュな」
黒縁メガネに、刈り上げた短髪の男性が、この同窓会の主催者である長岡さんだ。
ジョニーの過去のバンドメンバーということで、俺は少し緊張してしまう。
「ああ、まあな」
ジョニーは無愛想にうなずくが、久しぶりの再会に少し頬が緩んでいるのがわかる。
「君たちが、今のユージンのバンドメンバーかい。……なかなか個性的だな」
長岡さんは、俺とスパコンとランボーとサラをそれぞれ眺めて言った。
「どうもよろしくお願いします。……あと、こっちはメンバーじゃないんで」
俺は、一緒にすんなという目線で俺を見るサラの説明をしつつ、一応バンドのリーダーとして長岡さんに挨拶する。
「そうかい。もう一次会は〆てあるからボチボチ人も集まってくるはずだよ。よろしく頼むね」
酒臭い息を纏いながら、長岡さんは言い、相川さんとジョニーと談笑を始めた。
その言葉の通り、会場には徐々に人が集まり始める。
それぞれ、華やかなドレスやジャケットに身を包んだ大人達が、ほろ酔い状態でやってくる。それぞれ3、4人のグループで談笑しており、大人の会特有の空気に圧倒されてしまった。
せいぜい20人ぐらいの人が集まり、その中にはミサキさんの姿も見えた。
「あれ、遥。今日は飲まないの~?」
「う、うん。まあそんな感じ」
ミサキさんの友人であろう女性達は既に酔っ払いの千鳥足だが、ミサキさんは酒を飲んでいないらしい。
そういう気分ではないということなのだろうか。




