第四十話「あの夏こそが、俺の人生の青春」
◇
突然のミサキとの再会。
いったい、何が起こっているというのだろう。
神様は、俺にどうしろっていうんだ。
彼女は言った、夏祭りのライブを思い出すと。
俺は、言葉では否定してしまった。
けれど、違う。
忘れるわけがないだろう。
俺と、ミサキと、遼。
あの夏、俺たちはずっと一緒に居た。いつかバンドで成功する将来を夢見て、何の実績もないくせに、妙な自信だけはたっぷりとあって。
あの夏こそが、俺の人生の青春だった。
そして、ミサキは東京の仕事をやめ、こっちに帰ってきたという。
あの表情からは、決して明るい話ではないのだろう。
……まったく、高校生のガキ共、余計な心配をしやがって。
そんなことを考えていたら、俺は街をさまよい歩いていた。
まっすぐ家に帰る気も出ない。今日は仕事も休みだった。
何も考えたくない日にこそ、仕事がちょうどいいのに、こういう時に限って役に立たねぇ。
頭の中は、答えの出ない自問自答を繰り返すばかりだが、足は道をしっかりと進んでいた。
そして、行きついたのは懐かしい坂道だった。
ここを上がれば、俺の母校、そしてあいつらがいま現役で通う藤山高校がある。
なんで、こんなところに歩いてきちまったんだろうか。まるで、未だにあの15年前の残像を追い続けているみたいだ。
彷徨う幽霊は、俺のことなのだろうか。
「あれ、藤木君」
そんな俺の背後から、声がかかる。
振り返らずとも、誰の声かはっきりとわかる。
「ミサキ……」
「こんなところで奇遇だね。散歩?」
「いや、まあ、そんなところだ」
彷徨い歩いていた、なんて言えるわけもない。
「学校、あの頃のまんまだね。ずっと変わらない」
「ああ」
ミサキは、昔を懐かしむように目を細めて坂道の上、学校を見上げた。
それに合わせるように、俺もそちらを見る。
「でも、私たちは変わった。大人になっちゃったね」
ミサキは、俺を横目に微笑した。
その声音は、わずかに諦めのようなものを含んでいた。
誰しも、当然のように大人になる。
けれど、自分が高校生の時なんか、大人になった自分を想像することすらできなかった。
若く未来のある自分が、いつかは疲れた大人達と同じようになることなど、微塵も思っていなかった。
言葉では理解できても、自分の頭で想像することなんて出来るはずもないのだ。
「あの頃。いつも一緒に帰ったよね。三人で」
ミサキは言う。
三人、この場に居ない人物を、考えるなという方が難しい。
「そうだな。あいつがバカな話をして、お前がそれを笑って、俺は適当に相槌を打ちながら並んで歩いた」
「帰ったあとは楽器を持って集合して。曲を作ったり、練習したり、ただはしゃぐように鳴らしたり。とっても、楽しかった……ゴメン、なんだか、昔を懐かしんでたら」
その頬に、走る一滴の雫。
ミサキの目には涙が浮かんでいた。
夏の夕日は、その雫を紅の色に染め上げた。
俺は、彼女にかける言葉を持たなかった。
だから、そっと肩に手を添え、彼女が泣き止むのを待ち、彼女が帰るのを駅まで見送ることしかできなかったのだった。
頭の中に、あいつらの曲が流れる。
その曲は、まるで誰かを励ますかのような響きもあった。
包み隠さないむき出しの本性をさらけ出して、臆せず輝こうとする青臭い勢いもあった。
そんな奴らの曲に、俺も共鳴していたんだ。
◇
その日の晩、俺は意を決して、電話番号に登録されたヤツに電話する。
思えば、俺から頼み事をするのは初めてかもしれないな。
「もしもし?」
電話越しに、声が聞こえる。
「ああ、すまんな。夜分遅くに。お前に、いや、お前らに頼みがある」
「頼み?」
「俺とライブをしてくれ」
俺は、恥じらいも情けなさも捨て、直球で頼み込んだ。
「……そう言ってくれるって信じてた。俺たちに任せてくれよ」
電話越しのそいつは、生意気にもそういった。
いつの間に、こんなに心強いヤツになったものやら。
俺は電話を切るなり、フェンダー・ストラトキャスターのネックを握った。
*
「んで、やる曲だが」
ジョニーが彼の相棒、ストラトキャスターを取り出しながら言う。
ジョニーから申し出があり、彼の同窓会の二次会でライブをすることになった。
『Noke monaural feat.ジョニー』である。
俺たちメンバーとジョニーは再び『しろっぷ』のスタジオに集結し、練習を行っていた。
「お前らのレパートリーは基本的に俺もやれる。完成度の高い曲から選ぶか」
「そのことなんだが」
俺たちは、顔を見合わせる。
その様子に、ジョニーは頭にハテナを浮かべる。
「一曲、やりたい曲があるんだ。聞いてくれよ」
そういい、俺たちは演奏の準備をする。
「ああ? まあいい。お前らがやれる程度の曲なら、大丈夫だ」
そういうジョニーをしり目に、俺たちは演奏準備を始める。
「ヨッシャァ、腕が鳴るなり法隆寺だぜェ」
ランボーは腕まくりをしてやる気十分だ。
独特な俳句の引用はさておき。
「準備OKならいくお」
スパコンのカウントから、演奏を開始した。
その途端、ジョニーは驚愕の顔で目を丸くした。
「……おまえら、なんで」
俺たちは悪戯が成功した笑みを浮かべ、そしてランボーが歌い出す。
そう、俺たちが演奏した曲は、「WANDER GHOST」の曲『逆光』だ。
かねてより、密かに練習していたのだがこんな形で披露することになるとは思っていなかった。
バンドの休憩期間中に、スパコンがネットで見つけたのだという。
ジョニー本人は、過去のことを余り語ろうとしなかった。
そのため、以前はバンドを組んでいてメジャーデビュー寸前まで行ったという情報があるのみで、具体的にどんなバンド名なのかも知らなかった。
「たまたま、藤山高校のバンドで検索してたらさ。十五年くらい前の音源が出てきて、もしかしてと思ったんだ」
そういうスパコンは、音源投稿サイトの中に、バンドメンバー募集と『藤山高校二年、和峰・藤木』という投稿を見つけたのだという。
調べを進めるうちに、ジョニーの学生時代のバンドだと確信した。
「本当は練習のためにコピーを始めたんだけどさ。まさかこんなチャンスがくるなんてな」
演奏が終わった後、俺は興奮気味に言う。
元々、ジョニーの激しいリードギターがある曲なので、ランボーがギターボーカルで演奏するには難易度が高く、ライブで披露できることはないと思っていた。
それでも、俺たちは曲を純粋に気に入り、コピーしたいという思いが一致し、練習曲として取り組んでいたのだった。
「馬鹿かお前ら……しかも、ヘッタクソだ」
ジョニーはそういいながらも、破顔一笑だ。
「もう一回弾け。今度は俺も入る」
そういうと、ストラトキャスターのボリュームのつまみを回した。
ジョニーが参加すると、曲は一気に様相を変える。
ラウドでグルーヴ感を強くした俺たちの演奏に、ジョニーのテクニカルで芸術的な演奏が加わる。
メタル的でありながらも、クサくない。
ジョニーのスタイリッシュで爽快なギタープレイが加わると、俺たちの演奏まで熱を帯びる。
「すげえ……」
「ワイたち、上手くね」
「ウオオオオ!」
「馬鹿、俺が上手いだけだ」
ジョニーはそういいながらも満足げだ。
演奏が終わった後、汗を拭ったジョニーは俺たちに向かって言った。
「お前らに、頼みがある。もう一曲だけ、やりたい曲があるんだ」




