第三十九話「もう一度熱意を取り戻してもらおう作戦」
後日。
俺たちはジョニーをスタジオ『しろっぷ』に呼び出し、練習を見てもらうのと作曲方法の相談に乗ってもらうことにした。
音楽相談は、建前なんだけど。
サラ考案の「ジョニーにもう一度熱意を取り戻してもらおう作戦」。
「まずは、あんたたちが音楽の話をとにかくさせて、意識をそっちに持っていくのよ」
サラは、俺とランボー、スパコンに語る。
俺たちは、ジョニーとの待ち合わせ時間よりも三十分早く『しろっぷ』に集合し、作戦会議をしている。
俺はげんなりしながらも、スパコンとランボーは意外にもおもしろそうに聞いている。
「まさかジョニーに元カノが居たとはな。意外とリア充感はあったけどよ」
スパコンはしみじみと考えている。
「それで、オレ達はどうすりゃいいんだァ?」
ランボーは身を乗り出してサラ司令官に作戦を問う。
「さりげなく、ジョニーに浮いた話が無いか聞くのよ。多分……というか絶対、今は彼女は居ないだろうけどね。いたらあんな無精ひげなんて生やせないもの」
サラはバッサリと言い放つ。
「……もうその辺からは、サラに任せる。練習終わりにカフェスペースでいつも通り駄弁るから、その時に話を誘導してくれ」
「いいわ。まっかせなさい」
ふふんと、得意げに胸をそらす。
かくいう神宮寺姐さんも、彼氏とか居たことないですよね。何をそんなに自信満々でいられるのか。とは内心で思うだけである。
かくして、ジョニー作戦は開始されたのだった。
とはいえ音楽的相談……特に作曲に関して相談したいというのは、直近の率直な悩みでもある。
ジョニーを練習室に迎え入れ、俺たちはそれぞれのデモ曲を披露しあいながらジョニーにアドバイスを求める。
「なんだお前ら。作曲で詰まってんのか」
ジョニーはいつも通り、気だるい態度をしながらも、俺たちの相談にしっかりと乗ってくれる。
ひとしきり、俺とランボーの作った曲を聴いてくれた。
ちなみに、スパコンはまだ曲ができていないそうだ。
「まず、ランボー。おまえはコード進行から勉強しろ」
ジョニーは腕を組み、タバコをくわえながら言った。
「コード進行?」
ランボーは頭を捻る。
「そうだ。……まあ、簡単に言うと、和音を適当に並べてもまとまった曲には聞こえねえ。『なんかごちゃごちゃうるさい音がなってるな』ぐらいにしか聞こえないんだ」
ジョニーは持ってきた市販の作曲教則本などを手渡す。
彼が学生時代に参考にしたものだそうだ。
「そこで、音楽的にまとまりがよく、『これは曲だ』と人が聞いて納得できるような和音の並び方にはルールがある。それがコード進行だ。つっても、俺も学校とかで専門的に音楽を勉強したわけじゃねぇから、厳密な奴は自分で調べろ」
そういって、教則本を指さした。
対するランボーは、勉強を嫌がる子供のような顔をする。
「なんだかよくわかんねェな……」
「とりあえず、和音の並びにはルールがあるってことだけを覚えておけ。クチナシはその辺は理解してるよな」
「ああ、一応」
俺が『river side moon』を作った時にも、ちゃんとコード進行のルールには従っている。
逆に、ランボーの『ラーメンの歌』はたいてい適当に鳴らしているか、既存の曲に似せているだけだった。
「なんか、ルールに従うってありきたりな曲ができそうでつまんねェなァ」
ふてぶてしく呟くランボーに、ジョニーは厳しい口調で返す。
「そんなこと言ってると、いつまで経っても進歩できない。基本を理解して、技術を身に着けて、ようやく発展的な要素を活用したり、普通と違うことができるんだ」
そこまで言い切った後、今度は俺の方に向いた。
「それと、クチナシ。お前はすぐ曲を没にしてないか?」
「うっ、……。まあ、あんまりしっくりこなくて」
図星だった。
アイデアが浮かんで曲を作り始めても、「これは『river side moon』を超えないかも」と思うとすぐに萎えて没にしていた。
「それじゃあダメだ。曲作りは確かに個人のフィーリングによるところが大きいが、最初は何事も経験値が重要だ。『いい曲にならないかも』じゃなくて、『いい曲に仕上げるにはどうしたらいいか』を考えねぇとレベルアップは出来ない。とにかく、曲を沢山『完成』させるのが重要だ」
ジョニーの指摘は相変わらず、的を射ていて正確だ。
「へぇー、トニック、ドミナント、サブドミナントってなんかゲームの属性の相性みたいだな」
「なんだァ? 意外と単純なルールじゃねぇか」
スパコンとランボーは教則本やスマホで作曲の基本を調べながら、実際にギターでコードを鳴らしたりしている。
「まあ、そうだ。特にロックなんて、シンプルな構成でも成り立つっちゃ成り立つ。それに既存曲のコード進行そのままに、テンポを速くして見たり、キーを変えたりするだけでも結構違う曲に聞こえるもんだ」
盗作はだめだけどな、とジョニーは付け足す。
「ワイはてっきり、曲作りって、『真っ白な画用紙に想像で地図を描け』みたいな無茶振りかと思ってたけど、機械的にできるもんなんだな」
「まあ、基本ルールは実際にそう難しくはねぇ。だが、出来上がる曲はそれぞれの個性がばっちり出てくる。とにかく、たくさん曲を書いてみることだな」
ジョニーとの音楽相談は、曲作りに詰まっていた俺たちにとってかなり有益なものとなった。
そこから、時間が許す限り曲作りのアイデアを出し合い、一旦持ち帰って各々仕上げてみることとなった。
俺たちは蒸し暑い練習室から脱出し、サラの待つ喫茶スペースへと繰り出す。
「あ、お疲れ様」
サラはいつものように、文庫本から顔を上げる。俺たちはそちらの席に向かった。
その途中、ランボーはハッと思い出したようにジョニーに話しかける。
「ところでよォ。ジョニー兄貴は彼女とかいんのかァ?」
「ああ?」
途端に怪訝そうな顔になるジョニー。
俺とサラは顔を見合わせ、ハアとため息をつく。
多分、ランボーは音楽相談に夢中でサラの作戦を忘れていたに違いない。
そして、サラの顔を見た途端に思い出して、慌てて聞き出したのだろう。
それにしてもど真ん中直球ストレートすぎるだろ……。
「いや、なんか聞いたぞ。姐御がジョニー兄貴の元カノ見かけたって」
「……ちげえよ」
不愉快そうな顔でジョニーはランボー、そして俺とサラを見やる。
まあ、この間の場面に遭遇した俺とサラが発端であることは間違いない。
「で、でも。ミサキって名前で呼び捨てにしてたじゃん」
作戦が難航する気配を察したのか、サラは話に割り込み食い下がるが、ジョニーはようやくクックと笑う。
「ちげえよ。ミサキは苗字だ。御崎遥。それがアイツの名前だよ」
「な、なんだ……で、元カノじゃないの?」
サラは自身の妄想話の真偽を確認するが、ジョニーは一蹴する。
「馬鹿言うな」
まあ、サラの説は置いておくとして、ミサキさんとジョニーの関係はただの同級生には思えない。
元カノじゃないにしても、彼の演奏を彼女が聞きたがっていることに変わりはないだろう。
「……けど、ミサキさん。何か思いつめた風だったよな」
俺は、ジョニー作戦云々を抜きにしても、ミサキさんの状態を案ずる。
ここぞとばかりに、サラも加勢に加わる。
「そうよ。仕事もやめちゃったって。何か辛い出来事があったんじゃないの?」
そういわれると、今度はジョニーがバツが悪そうになる。
タバコを取り出し火をつける。
その煙と共に、彼の中の迷いのようなものが揺らめいていた。
「……知らん、俺には関係ないだろう。何かできるわけでもない。それに、そんなことお前らが気にする筋合いもないだろ」
吐き捨てるようにいうジョニー。
「そう、なのか」
そこまで言われてしまえば、俺にも返す言葉が無い。
「ああ。もういいだろ、俺は帰る」
ジョニーは身を帰し、店を出ようとした。
去り行く背中に、俺は叫んだ。
「なにか、俺たちにできることがあったら言ってくれよ」
ひらりと手を振り、彼は振り返ることなく店を後にした。




