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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第二章「ASAYAKE」

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第三十八話「困ってる人のためにできること」

 月が変わり、7月。

 もうすっかり夏である。街には虫の声が鳴り響き、長くなった陽は夕刻を過ぎても明るい空を彩っている。


 俺は、放課後にいつものように国道沿いの街並みを歩いていた。

「今日はジョニーのところ?」

 並び歩くサラが聞いてきた。

「ああ。ちょっとベース選びに難航してて……相談しようかなって」

 まあ、ジョニーは勤務中だろうから、約束を取り付けるだけなんだけど。


 ちなみに、ジョニーはメッセージアプリを入れていない。

 そのため、約束を取り付けるなら直接会いに行くか、電話をするしかない。


 メッセージアプリが無くて不便じゃないのかと聞くと、連絡をする相手がいないとのこと。

 ……まあ、俺も大して人のことを言える立場じゃないけどね。


 しかし、ジョニーに会うのは難しい事ではない。

 なぜなら、TETSUYAに行けば必ず会えるからだ。


「お前ら、ずっと一緒居るんだな」

 ジョニーはカウンター越しから、訪問した俺とサラを眺めて言った。

「そういう訳じゃないけど……」

 否定しようとするが、確かにずっと一緒いる気がする。

 当のサラは、俺たちの会話に興味がないのか、新作映画の棚を眺めているが。


「んで、どうしたんだよ。恋愛相談なら俺はあてにならんぞ」

「しねーよそんなこと。ベースを選ぶのに、少し苦労してて」

 楽器屋をめぐること、早一か月。

 なかなか新たな相棒を見つけることができずにいた。


「どうした、金の問題か?」

「うーん、確かに、金を出せばより上等なものが手に入るとは思うけど、そういう問題じゃないんだよな。なんかこう、コレっていう決め手に欠けてて」

「そうか。まあ、焦って決める必要もねぇ。けど、ネクスト・サンライズに応募する音源を作るなら、新しいベースを使っておきたいよな。いいぜ、今度付き合ってやる」

「そうか、助かるよ」

 ジョニーに楽器選びを見てもらえれば、ハズレを引く可能性はかなり減るだろう。


 心強い味方を得たところで、レジカウンターの方に人が並ぶのが見えた。

 レンタルの方は、完全にセルフレジになっているので人が付いている必要がないが、購入の方は従来通りの対人式なレジだ。

 ジョニーは俺との雑談を終え、仕事に戻る。


「あ、すみません。これをお願いします」

 若い女性がレジに持って行ったのは、一枚のCDだった。

 ジャケットは、黄色い背景に女の子の顔が写っている。

 今時、店頭でCDを買うのも珍しいなと思いながら、俺はその様子をぼーっと眺めていた。


 女性は二十台後半かそれくらい。薄手のベージュのカーディガンに、白いシャツ、紺のスカートをはいた綺麗な人だった。長い髪はほんのり茶色に染められていて、艶のあるストレートだ。


「なあーに見てんの」

「えっ」

 いつの間にか、サラが俺の横に戻ってきていた。


 ぼんやりお客の女性を眺めていた俺は、なぜかバツが悪くなり言い訳をする。

「いやほら、今時CD買うのも珍しいなって」

「ふぅーん、で、もう話し終わったの?」

「おう、今度一緒に楽器選びに付き合ってくれるらしい」

「あ、そ。曲作りの方は相談しないの?」

「ああ、そうだった」

 なぜか俺よりも、俺たちの活動の心配をしてくれる。

 なんだかマネージャーみたいだな。


 そう思いながら、お客の対応が終わったらもう一度話しかけようとジョニーの方を見た時だった。


「ウソ……!? 藤木君なの!?」

「ミサキ……なのか?」


 TETSUYAのカウンター越しの二人は、揃って驚愕な表情をしていた。

 その様子から、旧知の知り合いにばったり会ったのだろうと俺は想像する。


 ふと、サラと顔を見合わせる。

 なんだかおもしろそうだ、とサラの不敵な笑みは言っている。


 俺はそれに頷き、二人でコッソリ棚の陰へ移動した。

 ここなら棚の隙間から二人の様子や会話が聞こえる。俺たちは頭を並べて様子を見守ることにした。


「ずいぶんと……変わったな」

「藤木君は、変わってないね」

 レジカウンターの周りはほかの客はおらず、二人はしばし言葉を交わしていた。


 ミサキと呼ばれた女性は、大人びた女性の微笑みで言う。

 ジョニーに対して変わらないといった。

 それは、いい意味でも、悪い意味でも変わらないということだろうか。


 その後も、二人の会話のやり取りに聞き耳を立てる。


「大学卒業して、東京で就職したんだろ。仕事はどうしたんだ」

「うん。ちょっとね、退職しちゃったんだ。しばらくはこっちで過ごすつもり」

「……そうなのか」


「そうだ! ねぇ、長岡君から話きいた? 今度、同窓会の集まりがあるんだよね」

「ああ? そうだったな」

「藤木君も行く? 二次会はライブハウスって聞いたけど」

「いや……俺は……」


 そこで、ジョニーは言い淀んだ。

 かなり、険しい顔をしている。


「また、藤木君のギター、ライブで聞きたいな」

 そんな彼をよそに、アンニュイな表情をして呟くミサキさん。


 その様子から、彼女が仕事を退職した理由には、もしかしたら辛いことがあったのかもしれないと思った。

 東京、俺は行ったことが無いけれど、そこで仕事をするのは簡単なことじゃないだろうなと思っている。


「ライブと言えば、ねぇ、覚えてる? あの年の夏まつり。みんなでライブしたよね」

「……そうだっけかな」

「あはは。そうだよね。藤木君は沢山ライブをしてきたもんね。全部覚えてるはずないか」

「そうかもな」

「私ね。今でも思い出すんだ。あの夏まつりのライブ」

 ミサキさんは、遠い目をして、懐かしむように喋り続けた。


「どうしてかわからないけれど、あの時のことを考えると、大人になってからどんなにつらい事があっても、『よっしがんばろー!』って思えるんだよね。多分、私にとって特別で、楽しくて、無敵な気持ちになれる素敵な経験だったんだって思うんだ」


「それから、藤木君のバンドのライブを見るたびに、その頃の思い出と合わさってエネルギーをもらえたんだよね。大学の勉強も、社会に出た後も当時の音源を聞いたりとかして、何とかやれてた」


「だから、もう一度でいいから、藤木君のライブ、見たいなぁ。あ、ゴメンね。急にこんな話しちゃって」

「……そうか」

 ジョニーは、頭をクシャクシャしながら答えた。


 その様子をみて、俺たちはそっと店を出た。

 店の外、俺は何とも言えない気持ちを抱えていた。

 大人同士の会話には、俺たち高校生のような馬鹿馬鹿しくて、些細な事をずぅーっと悩みもがくような雰囲気はなかった。


 小さな傷がなかなか治らないような、ちょっとした棘がずっと抜けないような。

 重く辛くて、どこか諦めてしまったような空気があった。


「なあ、サラ。どうかしたか?」 

 先ほどから口を開かず、腕を組み考え込むサラ。

 そうしてしばしの間の後に、ようやく言葉を発した。


「……あれは、きっと元カノね」

「はぁ……」

 予想外のコメントに、俺は面食らう。


「あの様子だと、付き合っていたのは高校時代ね。ジョニーはバンドでメジャーデビューしかけてたんでしょ? きっと東京で活動していたはずよ。つまり、上京をきっかけに二人は離れ離れになったんだわ。けれど、あのミサキさんは大学を卒業して東京で就職をしたんだわ。彼を追いかけてね」

 何か、サラの中の変なスイッチが押されてしまった気がする。


「しかし、その頃にはジョニーは夢破れてしまっていた。ミサキさんが追いついたころには、彼は地元へ帰ってしまった。すれ違う二人。ミサキさんは仕方なく、東京で新しい生活を始めるの。どんなにつらい事があっても、あの頃の思い出があれば大丈夫。彼女は、いつかジョニーが再びギターを手に迎えに来てくれる事を願って待ち続けていたんだわ」

 妄想が八割以上を占めるような与太話を、俺は黙って聞く。


「けれど、世間は冷たい。東京の会社で働く彼女に襲い掛かるのは、激務、上がらない賃金、そしてセクハラの数々……精魂尽きかけた彼女は、いよいよ地元へ帰る決断をする」

 あの、神宮寺さん……?

 あなたそんなキャラでしたっけ。

 また知らない彼女の一面を垣間見てしまった。


「そしてついに、再び会いまみえる二人。……これは運命の出会いといっても過言ではないの」

 キリっと、こちらを見られても困る。


「きっとミサキさんはジョニーが再びライブをすることをきっかけに、当時の熱意を取り戻してほしいのよ」

 サラのこれまでの妄想話はまあ、置いておくとして。

 ジョニーに当時の熱意を取り戻してほしい、というのは少し同意する。

 

 TETSUYAのバイトオッサンだとふざけて言ってはいるが、彼がそんなところで燻ってていいような人ではないというのは俺も思っていた。

 プロのミュージシャンとまでは難しいかもしれないが、もっと音楽に関わった仕事をするべきではないのだろうか。


 それに、俺たちの大事な師匠だ。

 ミサキさんとの関係はわからないが、名前で呼び捨てにしている辺り、親しい関係であったのには違いないだろう。

 俺が言えた立場ではないが、ジョニーに幸せになってもらいたいとは思う。


「こうしちゃいられないわ。あんたたちも協力しなきゃ」

「お、おお……。でもどうするんだ」


「二次会はライブハウスって言ってたじゃない。あんたたちが、困ってる人のためにできることなんか、一つだけでしょ」

 

 サラは、子供の様に無邪気な笑顔で俺に言う。

 そんな、スーパーヒーロー見たいに言わないでくれ。

 でも、彼女の言う通りだ。俺たちにできることなんか、一つしかない。

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