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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第二章「ASAYAKE」

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第三十五話「転がり続ける石のように。」


「あの、ネットでメンバー募集の件を見てきたんだけど」


 先日の夏祭りの演奏も記憶に新しいころ、昼休みの教室で俺は声をかけられた。

 そこに仏頂面をぶらさげて立っていた眼鏡の男子生徒が、のちにメンバーとなる長岡だった。


 真面目そうなおかっぱ頭の奴で、クラスメイトなので名前ぐらいは知っていたが、音楽をやっているなんて想像もしていないようなさえないヤツと思っていた。


「……俺たちは、本気のヤツとしか組まないつもりだ。すまないが、メンバーとして受け入れられるか、演奏を聞かせてもらってから決める」


 俺は、遼との間であらかじめ決めたことを長岡に説明する。


「いいよ。俺、一応子供のころからジャズ教室に通わされてたんだ。親の影響でね。だから、ドラムはそれなりに叩けると思うよ」

 飄々と長岡は言う。


「ジャズ? そうか、お前ジャズ研だっけ」

「うん、もうやめたけどね。部長とそりがあわねぇんだ」

 どうやら、歴史が長く規律が厳しいジャズ研は演奏云々以外にも、結構厳しい縦社会の起きてのようなものがあるらしく、長岡は辟易していたという。


 後日、スタジオに集合した。俺と遼、そしてなぜかミサキも付いてきて長岡の演奏を見定めた。

 自身ありげな口ぶりにたがわず、ドラムは上手かった。


「いいじゃん。いいじゃん! いっしょにやろうぜ!」

 遼は手を叩いて喜んだ。


「……そうだな。まずは、第一歩、踏み出すことが肝心かもな」

 正直、俺は長岡の演奏に対して、遼の時ほどの感動はしなかった。


 だが、活動を始めるにあたってはメンバーがそろっていないことには始まらない。


 『WANDER GHOST』。このバンド名がある限り、俺と遼の二人が中心であることに変わりはない。


「うんうん、いい感じになってきたね」

「そだ、ミサキもいることだし、セッションしようぜ」

 遼が提案する。


 確かに、ボーカル、ギター、ベース、ドラムと最低限のメンバーはこの場に居る。


「あはは、私はあくまでサポートですけどね。『逆光』はまだ上手く弾けんのですけど」

 ミサキは照れたように笑う。


「あ、それならあの曲がいいな。あの夏まつりの時のやつ。あれならミサキちゃんも弾いてたよね」

 長岡がぽろっという。


「お前、ネットの曲を聴いてきたんだろ?」

 俺は尋ねるが、長岡はあっけらかんと言う。

「うん。でも、ネットの曲よりも夏まつりで聞いたヤツの方がよかったね。あっちをネットに挙げればよかったのに」

 そういわれて、俺はちょっとへこんだ。


 ネットの方『逆光』は俺が真剣に作曲し、遼にメロディを作ってもらった本気の楽曲だった。

 それが、三人でバカ騒ぎして作った曲の方がいいと言われてしまった。


「まあまあ、いいじゃんいいじゃん」

 遼はガハハと笑いながら、演奏を始める。


 これが、俺たちのバンドとしての始まり。

 転がり続ける石のように。

 ここからの日々は目まぐるしく過ぎていった。



 せまっ苦しい練習室には、ベースを構えた俺と、ギターを担いだランボー、そしてドラムセットに埋もれたスパコンが鎮座している。


 今日は久々のスタジオ練習だ。

 こないだの春藤祭ライブで演奏した曲のほかにも、レパートリーを広げるため新しい曲にも挑戦している。といってもとあるバンドのコピー曲ではあるのだが。


「あー、あっちーなぁ」

 スパコンは、既に豪雨の中を来たかのようにビシャビシャだった。


 それもそのはず、7月になろうというこの時期の『しろっぷ』のスタジオ内には貧弱なクーラーが一機、ひたすら白い煙を吐いているのみ、通気性も悪いため、アンプなどの機材や演奏者たちが放つ熱気で蒸し風呂状態だった。


「これはサウナだなァ。ロウリュってやつだろォ」

 ランボーがタオルをぶんぶん振り回す。

「やめろ、汗のしぶきが飛んで気持ち悪い」

 俺はそれをやめさせ、一同に話を振る。


「ネクスト・サンライズのエントリー要項はもう見たよな?」

 俺は、事前に二人にはジョニーからもらったビラの写真を送っていた。

 二人はうんうんと頷いた。


「オリジナル楽曲の音源が二曲分必要になる。一曲は、『river side moon』でいいとして、もう一曲必要になる」

「オレの『トンコツラーメンの歌』で……」

「却下。間に合わせの曲じゃなくて、新しく書き下ろしたいところなんだが……」

 俺は額の汗を拭い、アホなことを言うランボーを制しながら話を続ける。


「クチナシの曲は結構いい感じだったし、また一曲書いてくれるんだろ?」

 スパコンとランボーの視線が俺に集まるのを感じ、俺は少しばつが悪くなる。


「まあ、一応、休憩期間にも作曲をしていたんだが……いまいちしっくりこない」

 ぶっちゃけ、曲のクオリティはランボーが気まぐれに生み出す『ラーメンの歌』シリーズとどっこいどっこいだった。


 というのも、初めて作った曲『river side moon』は俺の中の最も色濃い思い出がベースとなっており、その時の空気とか気持ちを曲にしたいというテーマがはっきりしていたから、深く悩むことなく作り出すことができた。


「今のところ、そこまでのモチーフというか、テーマが思いつかないんだよなぁ……」

 さして創作活動をしたことはなかったが、産みの苦しみというか、スランプに陥る感覚に近いのかもしれない。


「そうかァ。今度ジョニーの兄貴にも相談してみようぜェ。俺もちゃんと曲をかけるように教えてもらうぜ」

 ランボーも作曲には興味があるらしく、今度は真剣な声音で言った。


 俺は頷き、改めて楽器を構える。


「スパコンも作曲してみて、三人でコンペするのもいいな。ま、とりあえず今日は既存曲を練習しようぜ」

 そういい、俺たちはレパートリーを一通り演奏することにした。





「お疲れさまー」


 スタジオの練習室から汗だくで脱出すると、カフェスペースでは涼しい顔をしたサラがクリームソーダを飲みながら読書をしていた。


 その傍らには、平均体重を明らかに超えた猫が、腹を開けっ広げにして寝転がっている。

 その腹を、無意識にサラはなでなでしている。


「あー……あちー、いいもん飲んでんじゃねぇか」

「あげないわよ。……でも、今日の演奏は結構締まって聴こえたよ」

 サラは俺たちの練習をこのカフェスペースで聴き、後から感想をくれるようになった。


 ボロい店内は、どうもスタジオでの練習音がダダ洩れになっているらしく、サラ曰く「ちょーっと、騒々しいBGM」になっているらしい。


「たまには姉御も歌っていいぜェ」

「嫌。とりあえず、夏の間はあんた等とあの部屋に入りたくない」

 露骨に眉間にシワを立てて、サラは断った。

 男共の蒸気でミストサウナとなっている部屋に、女子は入らないだろう。


「マスター、あのエアコン新調してくれよ、ワイ痩せちゃう」

「いや、お前は普通にダイエットしろよ……」


 ドラマーには体重が重要なんだとか力説し、『藤岡屋、』でラーメンとライスを食すのは音作りの一環だと言い張るスパコンは、近頃さらにボリュームが増した気がする。


「てか、何読んでんだそれ」

 俺は、サラが片手に持つ文庫本を見やる。

 どう見ても、全編英語で書かれた本だ。


「ああこれ。もう翻訳バイトはやってないんだけどね。純粋に読んでみると案外面白いなって」


 サラは、海外で働く父親の伝手で、一時期翻訳のバイトをしていた。

 その関係で、洋書を原文で読むことができるほど英語が堪能である。


「ふーん、英語の詩とかもいいかもな……」

 ぼんやりとつぶやき、それ以降は愚にもつかない雑談をして過ごした。


 代金を支払い、店を出て帰路に就く。

 夏の夕暮れ、湿気と熱気が少し冷めて独特な空気の匂いがする。

 風の清々しさを浴びながら、俺たちは歩き出した。 


 その時に、サラは問うてきた。

「今週末はどうするの? また練習?」

 まるでメンバーであるかのように、サラがスケジュールを確認する様に俺は僅かに笑みをこぼす。


「いや、今週末はちょっと用事。練習はもうちょっと先かな」

「オレは曲作りもしてェ。いとこにも相談してみっかなァ」

 ランボーのいとこも、かつてはバンドをやっていたらしいな。実際、ランボーのギターはいとこからのおさがりである。

 しかも、そのギターはなんと『Gibson レスポール』であった。


 ビンテージ物ではないようで、それなりに入手できるものだとジョニーは言っていたが、新品で買えば二十万を超えると聞いてたまげた記憶がある。


「俺は、楽器屋をめぐる予定だ」

 もちろん、目的は新たな楽器を入手するためである。

「へぇ、そうなんだ。私は今のベースの見た目も好きだけどな」


 俺の赤いベースは、中学三年生の頃に駅前の楽器店で購入したものだ。周りの備品と合わせて三万円の代物で、それなりに経験をした今となっては音の響きに物足りなさを感じるようになってきた。


 言葉では表現しにくいが、もっとこう、中身が詰まったブイブイ感が欲しいんだよね。

 あと、ジャックのあたりが少し緩くて、ノイズが気になる時もある。


 使い手のレベルに応じた楽器を手にするのがよいとジョニーは言っていた。今が新しいベースを探すタイミングではないかと俺は思っている。


 もちろん、このベースは俺も思い出が多く、出来れば使い続けたいという気持ちもあったが、バンドのレベルアップのために音作りの強化はしていきたい。


「ワイも、リズム感強化の修行に赴く予定だぜ」

「お前はゲームしに行くだけだろ」

 スパコンは相変わらずだった。


 けれども、実はこいつも自主的にドラムを叩きにスタジオに潜っていることを俺は知っている。


 ドラムセットは、『しろっぷ』よりも街中のスタジオの方が整っているので、スパコンは結構一人でスタジオに入るところを目撃されているが、自分から言い出さない辺りがコイツらしい。

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