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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第二章「ASAYAKE」

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第三十四話「WANDER GHOST」


 数日後、俺と遼の作った曲『逆光』の音源をインターネットに公開した。それとともに、CDにも何枚か焼き、近所の楽器屋やライブハウスにおいてもらい、メンバー募集を出した。


 それから一週間。

 いまだ、反響はない。


 俺たちは、この頃すっかりお決まりとなった、三人並んでの下校フォーメーションで坂を下っていた。


「うん。何度聞いてもいい歌ですのう」

 ミサキはすっかり俺たちの音源を気に入ったのか、ウォークマンに曲を入れずっと聞いている。


「おう、再生数が昨日から倍になってたぞ」

「倍って、昨日は6だったから今日で12ってとこか。まあ、そんなもんだろ」


 実際、俺たちの音源に対する反響はないのだが、音源の出来には満足していた。


 ベースとドラムは打ち込みなので、やや機械的で物足りなさはある。

 しかし、それを補って余りあるボーカルとリードギターがある。


 録音環境もプロに比べれば鼻で笑われるようなものだが、素人耳にはそこまでひどくはないだろう。


 今は完全の無名な高校生の音源だ。

 だが、それが本当に理解できる人の耳に届くのは、そう遠い話ではないだろう。


「ねぇ、これ見て!」


 ミサキが指さす先には、路上に新設された看板と一枚の張り紙があった。


「夏祭りか」

「カラオケ大会参加者募集中だって。楽器の持ち込みもOKって書いてあるよ」

「お! おれ達で出てみっか!」


 それは、近所の自然公園で行われる夏祭りのお知らせだった。


 毎年夏ごろになると、夏祭りの季節がやってくる。このお祭りはそれなりに大きな規模であり、毎年大盛況だった。


 広場には特設ステージが組まれイベント事をやっているのだが、今年は素人参加型のカラオケ大会が企画されていた。開催は、今から二週間後とある。


 歌のみでも、楽器ありでもOKの緩い感じのイベントだが、案外こういう場の方が人の目にも触れるだろう。


「いいな、出てみよう」

 俺は頷いた。

 俺たちの存在を世間に知らしめる、いい機会だ。





 それから二週間後、夏祭りの当日。祭りの会場は人でごった返していた。

 行きかう人々は、浴衣を身に纏い、手にはリンゴ飴や焼きそばなどを持ち、楽し気に騒いでいる。


 その出店通りを抜けた先、広場になっているところには鉄骨のステージが組まれていて、イベントが開催されていた。

 昼頃は地元のラジオ局がトークショーなどをしていて、カラオケ大会は夕方六時からの開催となる。


 そのステージの隣には、楽屋となるテントが張られている。

 砂利がむき出しの地面に簡素なキャンプ用イスがいくつか並び、出演者たちが緊張の面持ちで並んでいる。


 俺たちのような高校生もちらほら見られ、町内会のおじさんバンドとか、ちびっ子たちの姿もある。

 せいぜい、十数人がその場にいた。


 俺たちは、俺、遼、そしてサポートメンバーとしてミサキに参加してもらい、三人組でエントリーをした。

 所詮、お遊びのカラオケ大会であり、大会側の機材もアンプぐらいしか用意されていないものだから、本気のバンド編成で演奏するのも難しい。そもそも、ドラマーが居ないのでバンド編成にはならないが。


 俺がカホンという椅子みたいなパーカッションの打楽器を使い、遼がアコギとボーカル、ミサキがエレキベースという編成にした。


「うおー、たのしみ」

「つか、バンド名、あれでよかったのか?」

「おう、この先どんなメンバーが入ってくれるかわからんけどさ。おれと幽人が中心になるのは間違いないじゃん。だから、バンド名はおれらのことをでっかく掲げたかったんだよね」


 バンド名、『WANDER GHOST』。エントリーする際、遼が決めた。

 直訳で、彷徨う幽霊。幽霊の方は、俺の名前の幽人から取っているらしい。


 おれらのこと、と遼は言った。

 同じく名前から取ったにしては、遼という字と『彷徨う』という言葉は結び付かない。

 この言葉に込めた意味を、当時の俺は深くは聞かないでおいた。


「ねえ、もうすぐ出番だって!」

 ミサキが運営の人から指示を受け、ベースを抱えて緊張気味に言う。


 こいつも、人前で演奏するのはそれこそ中学の時の部活以来じゃないのか。


 ミサキは、本人の言う通り上手ではない。けれども、ひたむきに練習をする。

 譜面を時々間違えたりはするが、しっかり覚えてはいる。


 以前、難しくて弾けないからと言って譜面を覚えてすら来ないヤツが部活には居た。俺はソイツに対し、キツく言ってしまった。

 だが、真剣に取り組まない限りは永久に上達することはないという考えには変わらない。


 ミサキは、俺たちのサポートに入ると決めてから、真剣に取り組んでいる。

 上達スピードに個人差はあれど、俺はミサキの演奏は信頼していた。


「よし、行くか」

「おう」

「えいえいおーってやろ!」


 そして、俺たち三人は手を重ね、少し照れながらも掛け声を合わせた。

 そうして、特設ステージの無骨な鉄階段をかけ上り、ステージに立つ。


 ステージの上からは、お祭りに詰めかけた人々の姿が大勢見える。

 別に、俺たちを目当てに来たわけではない。

 たまたま通りがかり、手に入れたお祭りメシを食うがてら、見物しているだけだろう。


「みんなのドギモぬいちゃおうぜ」

 遼は悪戯っぽく言う。

 もちろん、とは心の中だけで言うことにして、俺は笑い返した。


 俺はカホンに腰かけ、遼とミサキもちっこい丸椅子に腰かける。

 すぅ、と遼は息を吸い、演奏を始める。


 曲は、完全にオリジナルだ。しかも、曲名も決まってない。


 この曲はデモ音源で作りネットに公開した『逆光』ではなく、遼の家に三人で集まり、ふざけ合っている間に生まれた曲だ。


 俺は夏祭り用にも真剣に一曲作ろうといったのだが、ミサキも遼も楽しくなったのか、ドンチャカ騒がしい曲が生み出された。


 けれども、ミサキはこの曲を凄く気に入り、このカラオケ大会で演奏する曲に決めてしまった。


 お祭りの、楽しくも少し儚い雰囲気とよく合う。

 楽しいけれど、どこか切ないメロディを持つ遼の作曲センスと、俺のこだわりを詰めたアレンジ。

 そして、一生懸命ながらも楽しそうに弾くミサキのベースが合わさり、会場からは手拍子が自然発生する。


 夏の夕暮れ。

 俺たちの高校生の夏は、ばかばかしくて、煌びやかなひとときだった。


 ライブ後、俺たちは袖に戻り、汗だくでハイタッチをする。

「いやー最高だったぜ」

「ねえ、曲名、決めたよ!」

「なんだ?」


「『花火』って、だめかな?」


 照れたように言うミサキに、「aiko?」「いやミスチルだろ」と俺たちは冗談で返す。

「もう!」

 ミサキは憤慨するが、揃って吹き出し笑いあった。


「いいぜ、サイコーの名曲だ」

 遼がアコギをかき鳴らし、曲の完成を祝す。


 その曲が披露されたのは、結局この夏祭りだけだった。

 それでも、その曲は、いつまでも俺たちの心の中に響き続けた。

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