第三十二話「こいつなら、やれるかな。」
◇
「俺はやるなんて一言も言ってないぞ」
その日の昼休み、別クラスの遼を校舎裏に呼び出し、胸倉をつかむ勢いで問い詰める。
「あるぇ~? なんかバンド組むような話でまとまった気がしてたんだけど」
「アホか。その頭、本当に脳みそ詰まってんのか」
昨日は確かにこいつと一緒に下校はしたが、バンドの件については一切の否定をしたはずだ。
「んまぁ、こまけぇこたぁいいじゃねぇかよう。な、ミサキ」
「うんうん、そうだよ。私も藤木君のギター、また聞きたいもん」
なぜかミサキも一緒に校舎裏についてきては、こんなことを言う。
「というか、なんだ。お前ら知り合いなのか」
ミサキと遼。
いつから知り合いなんだこいつら。少なくとも、俺は遼の存在を全く知らなかった。
「うん、遼くんとはね、幼稚園がおなじだったんだよ。といってもそれを知ったのは高校生になってから、つい最近だけどね」
「たまたま当時の物を整理していた時に名簿をみつけてさ。おれとミサキが同じ幼稚園に通っていて、今は同じ高校に通ってることが分かったんだ。俺たち自身はその頃の記憶も全くなかったんだけどね。まあ、そんなきっかけで、話しかけてみた」
そうか、まあ、人の縁というものは意外なところでつながっているんだな。
「うんうん。それで、『まあお互い仲良くやりましょ~』って話をしたんだけど。遼くんが弾き語りをしているって話になったから、私の自慢の藤木君もギターがめっちゃ上手いんだよって教えてあげて」
それでか。
俺は高校では特に人前で演奏を披露したことが無い。
俺のギターの腕前を知っているのは同じ中学出身の奴等ぐらいなもんで、まったく違う中学に通っていた和峰遼がどうして俺がギターをやっているのを知っていたのか、不思議には思っていた。
ということは、この件の原因というか元をたどればミサキの差し金であったといえる。
ミサキがどういう意図なのか、俺は特に確認はしない。だが、そういうことなら少しは考えを改めてもいい。
「……本気なのか」
俺は、おもむろに呟く。
「あん?」
遼はぽっかりと口を開け、クシャクシャ頭をかく。
「本気なのかって聞いてんだよ。俺は中途半端なやる気の奴と組む気はない。それに、技術面やメンタル面で手を抜いているような奴とも組む気はない。本気の奴だけとしか、組まないって決めてるんだ」
中学の時。俺は軽音楽部に所属していた。
軽音楽部で知り合ったメンバーとバンド組み、活動していた。
しかし、俺は途中で軽音楽部を退部することとなった。
原因は、メンバーとの衝突。
俺は、演奏がよくなるためなら、他のパートへのダメ出しも容赦なく行った。
演奏をするからには上手にやりたい。みんなそう思っていると勘違いしていた。
だから、他のメンバーが下手クソなら、遠慮なくそう言うし、練習する気がないなら帰れとも言った。
だが、軽音楽部の人たちは根本的に考え方が違ったようだ。
ある時、後輩の女子が泣き出し、同級生達は溜まりに溜まった鬱憤が爆発した。
みんなからは、俺と演奏するのが楽しくないと言われた。組織の輪を乱している、自分勝手で傲慢な嫌な奴だと、非難された。
かくして軽音楽部に俺の居場所はなくなり、俺は退部を決め、以降は一人で練習をすることにした。
だから、学生のお遊びバンドなんてもうやる気はない。
やるからには、本気だ。
「あたりめぇじゃん。だって、おれの歌は桜井美玲ちゃんが聞いてるんだぞ」
「え!? ウソ!? そうなの! すごーい、私も美玲ちゃんと友達になりたい!」
「アホか……」
でも、考えてみればこいつは今まであったどんな奴とも違っている。
いきなり道端から現れて、バンドに勧誘してきたり。
誰も聞いていないにもかかわらず、ネットに歌を上げ続けている。
それでいて、夢はでっかくメジャーデビューときた。
こいつなら、やれるかな。
俺は心の中でくすぶっていたものが、再び赤くなるのを感じた。
◇
「にしても、藤木君がまたバンドやってくれるなんて嬉しいですなぁ~」
ミサキが浮かれ調子で喋りながら、俺たちの一歩先を歩く。
俺は相変わらず自転車を手で押し、その横を遼が並び歩く。
下校の時間。俺たち三人は揃って歩いていた。
「まだやるって決めたわけじゃねえ。『本気の』メンバーが揃ったらやってやるよ」
俺は、そうは言いつつも内心では既にやる気になっていたのだが。
「ところでさあ。幽人とミサキってどういう関係なん?」
遼がポツリと聞いた。
「別に。ただ中学からずっとクラスが一緒なだけだ」
「私も中学生の時は、実は軽音楽部だったんだよ。……まあ、下手すぎなので、もう演奏はしないけどね」
「はえ~。ミサキはなにやってたん?」
「一応、ベースでしたー」
そんな雑談をしながら、俺たちは下校をしていた。
中学時代の軽音楽部で、俺は暴走してしまい、周りから遠巻きにされるようになった。
そんな中でも、ミサキだけは変わらず俺と接してくれたのだった。
それに、どれほど救われたことか。
俺は直接面と向かってそんなことを言う気はさらさらないけれど、ミサキには感謝し続けていた。
「それはさておき、どうやって残りのメンバーを勧誘するの?」
ミサキが問うと、俺は手を広げ「さあ」のアピールをする。
本気のメンバーがそう簡単に見つからないことは、俺が既に身をもって体験済みだ。
技術があるヤツは既にバンドや組織に属していることが多いし、隠れてやっているヤツを見つけ出すのはそもそも難しい。
「おれに『みょーあん』があるんだよね」
遼が頭をクシャクシャしながら自身満々に言う。
「まあ、おれん家にこいよ」
そういう遼に連れられ、俺たちは遼の家に向かった。




