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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第二章「ASAYAKE」

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第三十一話「実は大物か、ただのバカかの二択」



「あー肩凝った……」

 その日の夜、俺は座椅子にもたれて、天井を見上げた。

 膝の上には相棒のフェンダー・ストラトキャスターが鎮座しており、作業を続けていたノートパソコンから手を上げ、肩や首を揉んだ。


 六畳一間の実家の和室は、俺が生まれた時から相変わらずシケッた空気に包まれていた。


「つか、今更作曲とかなにやってんだろな。ホント」

 誰に話すわけでもなく、一人ごちる。


 気を紛らわすように手にしたスマホの画面を立ち上げると、先ほどまで再生していた動画が勝手に始まる。

 この映像を、あいつらのライブを聞いてからだ。

 俺の精神状態がおかしくなっている気がする。


 あいつらとの出会い。初めは、ただの面白半分だった。

 退屈なバイト生活を紛らわすような、ちょっとした実験だった。


 バイト歴が長くなると、定常作業はあっという間に片付き、暇を持て余すようになる。まして、最近はデジタル配信が流行していて、レンタルビデオ屋の仕事は減ってきた。


 本社の掲げる目標に、足を運びたくなる店づくりとかいうのがあったらしく、店員たちには棚に飾るポップや催し棚をつくってお店の個性を出すことが命じられた。

 俺は仕方なさ半分で、自分の趣味全開のオルタナティブロック特集を作り、展開した。当然のごとく、見向きするヤツは居なかった。


 だが、一人の冴えない高校生がその棚の前にかじりつき、かたっぱしからCDを借りていったときは笑ってしまった。

 借りるCDは、『Radiohead/ザ ベンズ』、『ザ ストロークス/Is This It?』、『Weezer/The Green Album』と俺の青春を彩った名盤たちだ。

 俺はその高校生に興味を持ち、次はどのアルバムを聞かせてやろうかと棚の陳列を楽しむようになっていた。


 そして、ある日。

 そいつは生意気にも背中にベースを担いで、バンドメンバーらしきオタクとヤンキーと一緒に来店した。


 俺は実験として、面白半分で。

 そいつに声をかけてみた。


「お前、バンドやってるのか?」

 おっかなびっくり、そいつは頷いたのだった。


 俺はちゃぶ台の上、ノートパソコンの横に置かれた500mlの缶ビール掴み、まだ半分ほど残る中身を一気に飲み干した。


 今から、もう十五年も前の話。

 まったく同じ質問を俺もされたなと、思い出した。





「お前、バンドやってるのか?」

 ボサボサの髪が垂れる額の奥に、キラキラ光るつぶらな瞳があった。


 初夏の頃。時刻は夕暮れ。俺がちょうど学校から帰宅するときのこと。

 下校途中の坂の上、俺はカバンを自転車の籠に乗せ、今まさに坂を下り降りようとしていたところだった。


 道端の草むらから急に人が目の前に飛び出してきて、俺は急ブレーキ踏み危うく転倒しかけた。

 文句の一つでも言ってやろうと俺が口を開く前に、そいつはそういったのだった。


「あぶねぇだろって……ああ?」

「お前、ギターがめちゃくちゃ上手いって聞いたぞ。バンドやってるのか」

 クシャクシャ髪をかきむしる独特な癖のそいつは、早口にまくしたてる。


 制服は俺と同じ、藤山高校の物だ。


「何の話だ。つか誰だお前」

「ああ、悪い。おれ、2年C組の和峰遼(かずみねりょう)。んでさ、バンド……」

「バンドバンドうるせぇ。やってねぇよ。あと邪魔だからどけろ」

 俺は強引にそいつを避けて通り抜けようとすると、肩をがっしりと掴まれてしまった。

 意外にも強い力を感じ、俺は少し驚き固まる。


「だったら! おれとバンドやろうぜ!」

「……俺は学校じゃバンド組む気はないんだよ。悪いが、他をあたってくれ」

 プロを、メジャーデビューを目指すんだから。とまでは言わなかった。


 中学生の時、そのことをクラスメイトに馬鹿にされたことがある。高校生にもなって、将来の夢はプロ野球選手とかサッカー選手とか、真面目に言えるのは確かな実績のあるやつだけだ。


 俺にはそういう実績みたいなものはない。

 大体、音楽関係で実績なんてそう簡単に作れるものでもない。


 だから、口が裂けてもそんなことを言わないと決めた。


「なんでだよ、『藤木君はめっちゃうまいんだ』って聞いたぞ。おれの夢はな、メジャーデビューして、でっかいスタジアムから世界中の全員におれの歌を聴かせるんだ。だから絶対に上手いメンバーが必要なんだよ」

 そんな、自分勝手な言い分を聞いて、俺は思わず吹き出してしまった。


 こんなバカげたヤツがいたのかと。

 俺が口が裂けても言わないと決めたことを、こうも簡単に言いのけやがった。


 こういうヤツは、実は大物か、ただのバカかの二択だ。


 これが、俺と和峰遼との出会いであり、のちにインディーズ界の伝説とも呼ばれるバンドを始めるきっかけとなった。





 なかなか食い下がる和峰遼とかいうやつに根負けし、仕方なく俺はそいつと一緒に下校することにした。小柄で猫背な遼と並び、俺は自転車を押しながら渋々下校を再開する。


「おれ、弾き語りで曲をつくってさ、ネットに挙げてみてんだ」

 当時は、まだインターネットで活動するミュージシャンは少なく、趣味として音源を投稿する人が一部いる程度だった。そういう意味では、遼は時代を先取りしていたといえる。


「んで、誰かに聞いてもらえてるのかよ」

「いんや、昨日もあげたけどよ。再生数はたったの2。2だぜ? 俺が一回試しに再生しているから、俺以外で聞いたのは一人だけってことになるな」

「……それでよく、メジャーデビューとか言えるな」

 俺は確信する。


 こいつは大物ではなく、ただのバカだ。


「夢を見るのはタダなんだからいいだろ。それに、おれはその一人が桜井美玲ちゃんだと信じてる」

 ちなみに、桜井美玲というのは当時人気だったアイドルである。

 『青春炭酸!』というCMでブレイクしていた。

「まあ、妄想も大概にしろよ」

 そこで、俺たちは国道の分かれ道に来た。


 遼は道が違うようなので、自然と別れる。


「じゃーなー! 幽人!」

 もう呼び捨てかよ、と思いながら俺は家に向かった。





 翌日、朝のホームルーム前。俺は教室につき席に着くと、パタパタと駆け寄ってくる姿があった。


「ねぇ、藤木君。聞いたよ!」

 明るく声をかけてくる女子生徒に、目を少し逸らしながら答える。

「なんだよ、ミサキ。朝から騒がしいな」


 ミサキは、俺と中学からの同級生で、中学の三年間と現在の高校二年まで同じクラスが続いている。

 何かにつけては俺に話しかけてくる。あまり友人が多くない俺にとっては、数少ない雑談の相手といえる。


 ミサキは、元気溌剌にショートヘアを揺らし、化粧っけはないがクッキリした二重まぶたの瞳をクリクリさせて興奮気味に話した。

「バンドやるんだってね!」

「はぁ!? やんねぇよ」

「あれれ!? でも遼くんは藤木幽人とバンドを結成したぞ~!って声高に宣言してたよ」

「ああ? なんで、だれがいつどこでそんなこと言った」

「うーんと、遼くんが、今朝、校門の前で、そんなことを言ってました」

 ビシッと敬礼ポーズをして、ミサキは答える。

 いやそんなことはどうでもいい。


 とっちめなければいけない相手ができた。

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