第三十話「RISE・ALIVE」
「だって、暇になったんだもん」
なぜ俺に付いてくるのか問うた際、サラはそう返答した。
あの春藤祭の一件で、サラは学校に対して染髪の事実を認めた。
担任教師の松本は、意外にも淡々と対応し一週間の休学を命じたのみだった。
学校側からは、元々黒髪ではないのだし、染めた髪の毛はもうどうしようもないので、自然に生え変わるのを待てばよいとのことだったらしいが、サラは過去との決別のためにバッサリと切り、本来の髪色に近づけるための最後の染髪を行ったそうだ。
かつてはまぶしいくらいの金髪だったが、今では茶色がグラデーションの様に混ざり合っている。
しかし、クラスでのサラの扱いは、まさに腫物を触るようなものとなった。
これまで取り巻きをやっていた美野夏海などは、サラを完全に無視すること決め込んだらしく、今では彼女がクラスの中心に居座っている。
霧島もサラには特に関わることをしなくなったようだ。
カーストトップ勢は無視をするし、中間層は気軽に声をかけることもできず、成り行きとしてサラはクラスで完全に孤立状態となった。
「もうみんなの流行をチェックする必要もなくなったし? 美容院代のためのバイトもしなくてよくなったからさ。暇なんだよね」
そういい、俺に付きまとっては練習はいつするのかとか、次のライブはどこでするのかなど聞いてくる。
サラとの関係が、ライブの後で変わったことのもう一つだ。
「そうだ、AKIRAの新作が入ったら買うから取り置き頼む」
俺は、ジョニーに会いに来た本題を告げる。
「ちっ、人をいいように使いやがって、あいあいわかったよ。……あ、AKIRAで思い出した。お前にこれやるよ」
そういうと、ジョニーは一枚のビラを差し出した。
「本当は来月に入ったら掲示されるやつだから、他所で出すんじゃねぇぞ」
ビラは、カラー印刷されたA4の物である。自然豊かな山々の中心部に、巨大なステージが組まれている写真。そして、中心部には円形のロゴが印字されていた。
「『RISE・ALIVE』……。これ今年のヤツ? すげぇ!」
RISE・ALIVEとは、俺の住んでいる都市で開催される、国内最大規模の野外フェスである。
一番の特徴として、自然豊かな山々の中で、キャンプ場が開設されオールナイトのライブが楽しめることにある。
毎年8月に開催され、去年も当然見に行った。
「よく見て見ろ。裏側に面白いこと書いてあるぜ」
ジョニーに促され、俺はビラをひっくり返す。
横からサラも興味深そうに頭を近づける。ふわりとサボンのいい匂いがした。
そっちから意識をそらすように、俺は文字を読む。
「『ネクスト・サンライズ』……募集要項? なんだこれ」
「地元のラジオ局とイベント会社が協賛して、高校生バンドのオーディション企画をやるらしいぞ。それのタイトルが『ネクスト・サンライズ』。これから一年間を通して審査をして、来年……つまり、次の次に開催されるRISE・ALIVEで表彰されるそうだ」
ネクスト・サンライズ。
概要がビラの裏面一面に書かれていた。
『次世代を担う、輝きを放つバンド募集!』。
その言葉に続いて、詳細な内容が記載されている。
募集期間は8月末まで。条件として、現時点で地元の高校に通う現役高校生がメンバーのバンドのみ。ジャンルは不問、ただしオリジナル楽曲が2曲の音源データを送付すること。(既発表、未発表問わず)
そして、音源による一次審査を勝ち抜けると、地元のライブハウスで二次審査のライブイベントがある。その次の最終審査はなんとRISE・ALIVEのステージで行われる。
その様子はインターネットでライブ配信され、プロのミュージシャンと一般リスナーの人気投票が行われる。
「人気投票1位のバンドには、メジャーデビュー確約……賞金五十万円」
「ウソ、やば!」
サラは目を丸くして驚いている。
「最終審査は、RISE・ALIVEでのステージで演奏できるらしい。さらにエキシビジョンとして、地元出身のアーティストとのコラボ演奏の時間も噂ではあるらしいぞ」
「地元出身アーティストって」
「俺の予想じゃ、AKIRAも十分あり得る」
ジョニーは俺に、ニッと笑いかける。
俺に音楽を続けるきっかけをくれたアキラさん。そして、俺がもっとも敬愛しているシンガーソングライター、AKIRA。
いまや、東京に進出したAKIRAの知名度、人気っぷりは凄まじい。
初めのうち、メディアではマイナーな女性シンガーという扱いで紹介されることが多かったが、ヒット曲『SILVER SHINING』を始め、ドラマやCMにタイアップされる曲の数々がヒットし、今では国民的シンガーとなった。おそらく、今年の紅白にも出場するんじゃないかと噂されている。
「……決めた。俺達の次の目標」
俺は、自然と浮かぶ笑みをこらえることができなかった。
「おいおい、まだエントリーすらしてないのに、RISE・ALIVEに出る気でいるのかよ。ま、それくらいの心意気ってのがちょうどいいのかもな」
ジョニーはクックと笑い、仕事に戻るからと店の奥に消えた。
「クチナシ、目の色変わったね。最近じゃ陸に打ちあがった深海魚みたいな目だったもん」
「うるせぇな……つか、深海魚って何? それ目が死んでるってことですよね?」
アッハハと快活に笑うサラに続き、俺は歩きだした。
アキラさんと同じステージに立てるかもしれない。
俺が楽器を手にし、本気で音楽と向き合うことを決めた日から掲げていた目標。
その挑戦への道筋が、朧気ながらも見えた気がした。
夕暮れ時の日差しは、新たな目標へ向かう闘志の様に燃えていた。
◇
俺はレジカウンターの奥、返却レンタルDVDを整理する手を止め店から出ていく背中を見つめる。
ベースが入ったソフトケースを担いだ男子と、その横を寄り添うように歩く派手な髪色の女子。制服姿で明るい店外へ並び歩くその姿に、自身の過去を投影する。
外から差し込む夕日のまぶしさからか、目を細めてしまう。
「……ああ、なにやってんだろな。俺は」
自嘲気味に呟き、作業に意識を戻す。
三十二歳、独身。
職業、TETSUYAのバイトリーダー。
かつては、この辺りじゃ一番人気のインディーズバンドのリーダーだったはずなのに。
俺の人生は『あの日』を境に一気に転落の一途をたどっていた。
頭の中に、先ほど見たライブ映像の音声が流れる。
決して上手な演奏とは言えない、けれどもその音楽、その歌声は俺の脳裏に焼き付いて離れなかった。
「悪い、ちょっといいですか」
作業している背後から、声がかけられる。
鼻が詰まったような声は、振り返らずとも誰の物かわかる。
正社員の山下が、シャツの襟を指でいじりながら俺に話しかける。
年齢と職場の歴は俺より下だが、正社員であるため立場は上である。そのため、ため口と敬語が中途半端に混ざった言葉使いをしてくるのが妙に癇に障る。
おそらく内心では、俺を見下しているのだろう。
「なんすか」
「バイトの野口君。今月で辞めるそうだ。申し訳ないのですが、藤木さんにシフトを増やして頂けると助かります」
「さっき本人から聞きました。いいですよ。どうせ、俺には用事もないし」
そう言いながら、口の中には苦々しいものが溢れてくるような気がして、奥歯をかみしめた。
悔しさなのか、虚しさなのか。
俺は俺のことがわからなかった。




