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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第二章「ASAYAKE」

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第二十九話「最後にステージに上がったのは、いつだっただろうか。」

 そのライブ映像を見るのは何度目だろうか。


 粗い画質、割れる音声。

 けれど、スマートフォンの画面からは、会場の揺れる熱気が伝わってくる。

 上手さとか、テクニックとか、そういう細かいことを気にする必要なんかない。


 何も纏っていない純粋な熱量。

 それをグルーヴのままに放つ。

 誰かへ向けられたメッセージに、知らず知らずのうちに感化してしまう。


 ……俺もこんなライブをしたことがあった。

 無機質な画面を指でなぞり、ふと思う。


 最後にステージに上がったのは、いつだっただろうか。


「あれ、藤木先輩。何見てんすか? 最近の推しバンド?」

 後輩が、焦げた茶髪の頭を俺の肩越しに覗かせ画面をみた。

 俺はスッと映像を閉じ、スマホをポケットにしまいこむ。


「ちげーよ。それよりも野口、来月のシフトなんだが……」

「あ、スンマセン。俺、もうバイト辞めるんすよ。地元帰って実家から専門通うことにしました」

 後輩の野口は軽薄な調子でしゃべる。


「ああ? そうなのか。でもお前、メジャーデビュー目指すって言ってなかったっけ」

 こいつは、確かインディーズでバンド活動をしていたはずだ。

 時々、おすすめの若手バンドの音源を紹介しあうなど、情報共有していた。


「アハハ! まぁーそんな時期もありましたねぇ。でも、母親もうるさいんすよ。いいかげんに正社員になって結婚でもして孫の顔みせろって」

 後輩は、まるで俺が馬鹿げた冗談を言っているかのようにゲラゲラ笑いながら話す。


「俺ももう26っすよ。そろそろマジメに生きるしかねぇってカンジっすねー」

 喋り方からはまったく真面目さは伝わってこないが、後輩は気にせず「じゃ、お疲れ様でーす」と言い休憩室から出ていった。


 残された俺は、休憩室のパイプ椅子の背にもたれ、天を仰いで嘆息する。

 お前が26なら、俺は32だよ。

 真面目に生きる、か。


 本当に、ステージにはいつから立っていないのだろう。

 あいつらのライブ映像を見たとき、最初に思ったことがそれだった。


 俺、藤木幽人(ふじきゆうと)は近頃、高校生共からはジョニーと呼ばれている。





 桜咲く新しい出会いの季節も過ぎ、徐々に気温は上がり始める。

 日々はあっという間に経過し、日付は六月も後半となった。


 春藤祭が終わった後、俺たちのバンド『Noke monaural』はしばしの活動休止期間となっている。

 春藤祭ライブ本番前の練習期間には、ほぼ毎日のようにスタジオに入り浸り、家にいる間もずっと自己練習をしていた。

 そのため、本番後の暫くは休憩も必要だという話でメンバー内で一致し、それ以来は数回スタジオに入った後、練習ペースはガタ落ちだった。


 活動が停滞しているのは休憩期間だからというのも理由ではあるが、最も大きな理由は別にあると俺は思っている。


 バンドの目標として、初のライブで学校内に俺たちの存在をアピールするということがあった。

 その目標を果たしてしまい、次の目標を明確に決められずにいるからだ。

 そのせいで、なんとなくメンバー間にも弛緩した空気が流れていた。


 俺、クチナシこと朽林成志は、相変わらず学校でノケモノではあるのだが、いくつかこれまでと変わったことがある。

 一つは、クラスメイト達がむやみやたらと俺をディスって来ることが無くなったことだ。


 主な理由として、霧島が俺をイジらなくなったことが大きいと思う。

 もしくは、春藤祭のライブで俺が歌ったことで、クラスメイト達が俺のことを見る目が変わったのかもしれないが……はてさて。


 ちなみに、あのライブは会場に居た生徒の誰かがスマホで撮影していたらしく、画質も音質も悪いがネットに挙げられていた。

 撮影者は最初の1、2曲を聴いている途中から撮影することを思い立ったらしく、ちょうど『river side moon』のところから撮影されている。オリジナル曲なので特に世間ではバズることもなく、再生数は三桁程度だが一部の生徒からは好評のコメントが寄せられていた。


 中には『うおおお! 熱い! もっと熱くなれよ! パワー!』という、ひと際暑苦しいコメントがあり、おそらく生徒会長の物であろうと推測できる。

 ……いや、いろいろふざけすぎだろ。


 俺はそのことをスパコンから聞き、ジョニーや『しろっぷ』のマスターなどお世話になっている人にはリンクを教えていた。


 まあ、霧島のバンド『ハイなんちゃらかんちゃら』の動画も上がっていて、そっちの方は正面の一番いい位置からばっちり撮影されており、曲も流行りの楽曲ということも相まってバズりまくっているのだけれど。


 再生数は万を超えているし、コメントは外部の人達からも投稿されており、『アラフォーのオッサンだけどこれこそが文化祭の魔法やで。ステージの照明は麻薬みたいなもんだ』とか『感動しすぎていつの間にか涙が止まらない。バスタオル不可避』とかいった、なんかもう自己陶酔しまくったコメントが羅列されている。


 それはさておき、変わったことのもう一つ。


 俺は日課であるレンタルビデオ店『TETSUYA』で新作CDを物色していた。

 最近はサブスクとかで新作も聞けるのだけれど、俺は店派だ。

 高校生の財政事情から毎月千円弱を捻出するのは厳しいということもあるが、この店特有の店員の個性を反映させた催棚のラインナップを見たいということも大きい。


 俺は放課後の制服姿で背中にベースを担いだまま、ぶらりと店内を物色する。

「あ、ジョニー。お疲れ」

 俺は見知った店員を呼んだ。


 そいつは鬱陶しそうにレジでの作業から顔を上げ、こちらを見た。


「なんだ、お前か。今月の新作で一押しはあれだな、ドイツのメタル風バンドの奴かな」

 ジョニーは無精ひげをボリボリかきながら、乱れたロン毛をかき上げた。


「そうか、後でチェックしておく」

 俺がジョニーと雑談を始めようとしていた時だった。


「ねえクチナシ、今日はバンド練するの? 『しろっぷ』行く?」

 俺の背後から、女子の声がした。


 整った顔立ちは、廊下を歩けば振り返らない男子が居ないほど。

 かつては女王然としていて、尖った空気を身にまとっていたが、今ではそれも大分和らいだ。

 長かった金髪はバッサリと切られ、今は茶色味がかったショートヘアが顎のあたりで揺れていた。


 神宮寺サラは俺の横に並び、さも当然のように話しかけてくる。


「お、おう、まあな。最近あいつ等、だらけてるからそろそろ練習しないと」

 俺は答えると、その様子をジョニーが驚愕の表情で見る。

「おまえ、……か、彼女でもできたのか……」

「ち、ちげーって。なんか成り行きでこうなった」


 俺たちのやり取りをよそに、サラはじろじろとジョニーを見る。

「あ、この人が例の師匠? 初めまして。神宮寺サラです。……ねえ、あんまりジョニー・デップに似てなくない?」

 しっかり挨拶をした後に、こっそり俺のほうにサラが言う。

 その声が聞こえたのか、ジョニーは心なしか悲しそうな顔をした。


「え、そう……? ちょっとロン毛な感じが似てない?」

 俺は、スパコンがそう命名したとき、『すごい!ぴったり!』って内心では思ったんだけど……。


「ハァ? てかジョニー・デップってもっとイケメンだし」

 俺とサラのやり取りに、ジョニーは咳払いをして「仕事の邪魔だ。お喋りならよそでやれ」と叱った。


 あのライブ以降、神宮寺サラは俺とよく行動を共にするようになった。

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