第二十七話「夜に輝く月のようで。」
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その光景は鮮明に脳裏に焼き付いて、この先一生忘れることなどないのだろう。
眩しいくらいの照明を浴びて、ステージの上に立つ三人。わずか数メートル先に立っているはずなのに、客席側から見る彼らは果てしなく遠い存在に思えて、けれど同じ空気を吸っているのが分かるくらい近くに感じた。
ドラムスティックの乾いたカウント音が響く。その途端、空気が破裂した。掻き鳴らすギターのディストーション。うねりをあげるベースのリズム。内臓を震わすドラムのビート。三者のサウンドがグルーヴを産み出し、会場全体を包み込む。
体育館に詰めかけた生徒達は三人のエネルギーを感じ取り、取り憑かれたかのように、躍り叫んでいた。
あいつの歌は、けっして上手な歌ではない。むしろ、所々ひっくり返って不格好だ。歌詞だって、何が言いたいのかよくわからない。
あいつがマイクに向かう様は、それまでの人たちとは違って、ぎこちなく、見ているこっちが心配になってしまうほどだ。
でも、それでも、私の胸の奥の方がザワザワする。
震えているのを感じる。
嫌な感じじゃなくて、少し恥ずかしいけれどワクワクするような、そんな感じ。
演奏はゆっくりとしたテンポで、けれど歪んだ激しい音の奔流。
語るように歌う歌は、サビになって一気に盛り上がる。
ギター担当がコーラスを入れ、二人のユニゾンは大きな空気の振動を生み出す。
何かの感覚に似ていると思ったら、思い出した。
幼稚園の頃、誕生日が来た園児に対して、クラスみんなでハッピーバースデーを歌うイベントがあった。
私の時も、クラスの園児たちが一生懸命私の誕生日を祝う歌を歌ってくれた記憶がある。
その時の嬉しさと恥ずかしさが入り混じった、けれど夜な夜な思い出しては布団の中で微笑みをこぼしてしまうような、そんな感覚に似ている。
これは、誰かに向けられた歌なのかもしれない。
そして、その伝えたい思いに、私は共鳴しているのかな。
私は独りぼっちじゃ、ないのかな。
真っ暗闇の中、丸いスポットライトの光りが輝くステージ。
その灯りは、夜に輝く月のようで。
行き先を見失った旅人の、足元をまばゆく照らしている。
もう一歩。
もう一度。
踏み出せるかな。
気が付くと、私の頬に涙が流れるのを感じた。
私はその場に根が生えたように立ち尽くし、その光景に圧倒されていた。一瞬も見逃したくない、瞬きをする隙さえ惜しかった。
この日、この瞬間に、自分の中のなにかが大きく変わったのだと、心のどこかで確信した。




