第二十六話「伝えたい気持ちがあるんだって気づいたから」
*
霧島のバンドは、勝手に始めたアンコール曲を終え、ホクホク顔でステージ袖に戻ってきた。
途中、俺たちとすれ違いざま、「楽しみにしてるよ、ゴミバンド」と吐き捨てていった。
「……よし、やるか」
「声が震えてんぜ、クチナシ」
そういうスパコンは全身がカタカタ震えてた。
「ヨッシャァ、一発きたねぇ花火を打ち上げてやろうぜェ」
「いや、せめて綺麗な花火にしようぜ……」
それに、爆発して無残に散ってるぞそれ。
「……でも、きたねぇ花火くらいが俺らにはふさわしいかもな」
そう思うと、少し緊張はほぐれた。
そうだ、俺たちは何も失うものなんかないんだ。
ただ、胸の鼓動を響かせればいい。
簡単なことだ。
俺たちは、手を合わせ、一発、気合を入れる。
そして、光あふれるステージへ歩き出す。
ステージの上、ざわつく体育館の中で、俺たち三人はスポットライトの光を浴びて立つ。
セットリストの、まずは一曲目。
ランボーが得意なハイスピードパンクロックで始める。
俺たちは目を見合わせ、合図をする。
そして、スパコンがスティックを叩き、カウントをとる。
「ワン、ツー、スリー……」
その瞬間、三人の呼吸が一つになり、空気を爆発させた。
出だしからかき鳴らすランボーのギターは、荒々しいディストーションを身にまとい、一気に観客の注目を引き付ける。
それまで、ステージに興味がなく適当にお喋りをしていた連中や、体育館からまさに出ようとしていた生徒でさえも、一瞬で意識を持っていかれた。
それをスパコンの手数がやたら多いドラムが盛り上げる。
俺は二人の間を取り持つかのように、ベースを打ち鳴らしビートを刻む。
ランボーが歌いだす。
普段はむやみやたらとでかい声だが、パンクロックを歌うにはこれ以上ないくらい、素直に言ってカッコいい声をしている。
少しダミがあり低音が伸びやかで、色気のある高音が織り交ざり、歌唱力では推し量れない魅力のある歌声だ。
曲は、既存のアメリカの有名パンクロックバンドの曲をジョニー監修のもと俺たち流にアレンジしたものだ。
より、ライブ映えするように盛り上がるポイントをいくつも増やしている。
ステージの上のライトは明るく、客席の様子はよく見えない。
しかし、演奏前は興味関心が皆無だった会場は、ワンコーラスを終える頃にはすっかり熱を帯びており、受け入れられたと直感的に感じた。
「届いてる……!」
俺は演奏に掻き消えながらも、実感を口にした。
俺たちの音楽は、確実に観客へ届いていた。
一曲目の演奏を終えると、客席から大歓声と拍手が巻き起こる。
俺とランボー、スパコンは目を見合わせ、恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
「ウォールルルァ! まだまだいくぞォ!」
ランボーの雄たけびに、客席がウォー!と沸く。
◇
アイツらの演奏は、観衆の予想を上回る出来だった。
正直、今までの3バンドの演奏がチープなお遊戯に思えるくらい、彼らの演奏はロックンロールだった。
「……すごい、彼らは予想以上だ! 蘭越君の声は天性のロックスターといえる。音域とかテクニックとかそういうお利口なところじゃなく、ほとばしるパッションのような人を魅了するパフォーマンスだ。これこそ、ロックの真髄といえよう。しかも、歌っていない部分のギターは予想外に上手い」
会長は饒舌に語っていた。
私はなぜか、少し誇らしい気持ちでそれを聞く。
「そして、あのドラムはいい意味でクレイジーだ。あんなに手数が多いのは見たことが無いぞ。少しコミカルだが、それもこのバンドのキャラクターにあっている」
「だが一番の見どころはあのベースだな。自由奔放な二人のリズムを、中間に立って程よくまとめている。そしてフレーズが妙技だ。割と埋もれがちなパンクのベースだが、いたるところにフックがあって客を飽きさせない……もしや、今回のライブは彼らが持っていくかもなあ!」
生徒会長の講釈を聞きながら、改めてステージ上のアイツらを見る。
周りの生徒たちは、普段はバカにしているくせに、こういう時だけは楽しそうに声援を送っていた。
これが、アイツらのライブ。
私は体全体で実感する。
*
二曲目は、某有名アニメ曲のメロコアアレンジだ。
これも、ジョニー監修のもと作り上げた曲で、誰もが知っているメロディであるがゆえに、テンションが爆上がりするアレンジになっている。
曲が始まると、笑いと歓声が混ざった声が上がる。
それでも、演奏はガチだ。
イントロのリフをランボーが完璧に弾き切る。
歌が始まると、ネタではなく本気で聞かせに来てる曲であることを、観衆達も否応なく実感した。
メロディラインが本当にかっこいい。
ランボーの歌声と相まって、涙腺が緩むようなエモーショナルな響きがあり、原曲とは全く違う印象を与える。
二曲目、そして続く三曲目も大いに盛り上がり、演奏を一旦終える。
俺たちが予定していた曲数は四曲。
最後に俺のオリジナル曲「river side moon」を演奏する。
ここで、一旦間を置き、俺たちは水分をとるなど息を整えた。
「ウォラァァ! ノケモノラルだぜェ!!」
ランボーが宣言すると、客席は大声援で答える。
本当に、普段とは打って変る客席の生徒達に、俺は思わず苦笑する。
しかし、盛り上がりが最高潮に達したその時、ステージ袖には進行を管理している生徒会の男子が現れた。
必死で何やら手をばたばたさせ、サインを出している。
それに俺とランボーが気づく。
「見ろ、クチナシ、盗塁のサインだ」
「いや違うだろ。……ん? 一曲減らせって言ってるぞ。もう終わりってことか!?」
もともと、予定にない霧島バンドのアンコールのせいで、時間が押していたのだ。
最後の三年生のバンドの出番を減らすわけにはいかないので、必然的に俺たちが割を食うことになる。
「ど、どうする」
スパコンが戸惑う。
「関係ねェ! 突っ走るぜェ!」
ランボーがマイクに手をかけたその時、急にステージの照明が落ちた。
明かりが消えるということは、転換、つまり次のバンドに出番を明け渡すこととなる。
あまりの強引な進行に怒りを覚えるとともに、ステージ袖に居た生徒会の奴の顔に見覚えがあることを思い出した。
アイツ、書記のやつか。
生徒会の説明会の時に、霧島とアイコンタクトをしてニヤニヤしていたのを思い出す。
ちっ、結局アイツに邪魔されるのか。
ステージ袖から、「とっとと帰れよゴミバンド! ギャハハ」とヤツの声がする。
「お、おいおい。まだワイたちの出番は終わってねぇぞ」
スパコンがドラムでビートを鳴らし、演奏は終わってないとアピールするも、詳しい事情を知らない生徒たちは「あれ、もう終わり?」とばかりに首を傾げる。
だめだ、このままじゃ終われない……。
「オレが行ってぶん殴ってくる」
ランボーが行こうとするが、そんなところで問題を起こせば、ライブどころではなくなるだろう。
俺は困り果てていたその時、まぶしいくらいのスポットライトが再び点灯した。
「なんだ?」
灯りが戻り、ステージ脇を見ると、俺たちにサインを出していた生徒会書記の生徒の背後に、キラリと光る眼鏡の影が見えた。
すると、そのメガネはサインの生徒をヘッドロックし、そのまま物陰に放り捨てた。
「あれは……生徒会長!?」
生徒会長はなぜか、満面の笑みで、こちらに親指を立てている。
やっていいのか……?
いや、やるしかない。
俺は今、あの曲を演奏するためにここにいるのだから。
どうやら、生徒会長が急ごしらえで、センターのスポットライトだけ点けてくれたらしい。
俺はその粋な計らいに感謝する。
そして、俺はランボーと場所を代わりマイクに向き合う。
暗い観客席にいる生徒たちは、明るいステージからでは顔まで判別がつかない。
それでも、きっとここにいると信じて、俺は言葉を紡ぐ。
「次にやる曲が、俺たちの最後の曲です」
俺は、マイクに向かって喋りかける。
「この曲は、俺が初めて作った曲です。……それまで、俺は何かに夢中になることとか、本気で何かをやろうと思ったことはなかった。周りに合わせて、退屈に日々を過ごしていた。でも、ちょっとしたきっかけで、俺の気持ちは変わりました。けれど、何かを本気でやるってことはとても難しくて、それまで感じたこともないような悲しみが溢れることもありました。それでも、こんな俺でも、伝えたい気持ちがあるんだって気づいたから。その思いを込めて、この曲を作りました」
そこで、俺は二人に目線で合図を送る。
「聞いてください。『river side moon』」




