第二十五話「虚飾で彩られた舌ざわりのいいウソ」
一つ目のバンド、二つ目のバンドがそれぞれ演奏を終えた。
正直言って、私は音楽の事はあんまり詳しくないからよくわからないけど、普通に上手な演奏ではあったと思う。
ただ、感想はそれだけのもので、後から思い出そうと思ってもどんなものだったか、あんまり記憶には残っていない。
会場には先ほどまでよりも、多くの生徒がいるように感じる。
おそらく、霧島翔斗が演奏するからだろう。
あるいは、彼が呼び集めたのかもしれない。
彼に交際を迫られたとき、直感的に拒んでいた。
彼と友人関係でいることに、何の抵抗もなかった。
しかし、それ以上の感情を持っていなかったんだと、その時はっきりと気が付いた。
私は忙しかった。
そして何より、恐れていたんだと思う。
私は強い光でなければいけないと思っていた。
私がみんなから受け入れられるには、強くなくてはいけない。それは、幼稚園の頃、いじめられたときに気が付いた。
私はみんなとは違う。いや、みんなと同じになるには、それ相応の努力が必要なんだと。
弱いものが『みんな』とちがうと、それは攻撃される対象となる。
私はそんな敗北者にはなりたくない。だから強くなる。強くなれば、みんなと違うことが憧れの対象になれる。
私は、強く、正義でなければならない。
そんなことばかり考えて、異性と交際するなんて、きっと想像もしていなかったんだと思う。
私が必至に取り繕った外の仮面の、その内側を相手が覗いたときに、どう思うか。
そんなことを考え、なにより恐れていたんだ。
私はハリボテの上で必死にバランスをとって、客席の観衆から拍手をもらっている愚かなピエロなんだって、誰かが知ったとき。
崩れ落ちる私を抱きとめてくれるのは。
果たして、客席から私を眺めて笑っている人たちなのだろうか。
それとも……。
「どーも!『highly_book Music lodge』でーす!」
客席からワーキャー声が上がる。
霧島が演奏するのは、最近流行っているJPOPの曲だ。
泣ける恋愛映画の主題歌、だったっけ。正直興味はないが、周りと話しを合わせるために概要は知っていた。
霧島はギターボーカルということで、演奏しながら歌っている。
多分、うまい、のかな?
周りの客はうっとりしながら聞いているので、多分うまいんだろう。
もう、どうでもいいや。
遅かれ早かれ、こんな状況になるとは、心のどこかで分かっていた。
ずっと隠し続けることなんてできないことは明らかだった。
それでも、自分の輝きをなくしてしまった後、どうすればいいのかわからなかった。
暗い夜に、一人取り残されたみたいに、ポツンと途方に暮れることしかできなかった。
「ふむ、やはり霧島君はギターが上手い。しかし歌は普通だな、むしろ去年のボーカルの子の方が上手かったな」
生徒会長は分析していたが、そんな解釈をよそに体育館は盛り上がりを見せる。
きっと、ここに居る生徒達は、演奏が上手とか歌が上手いとかなんて気にしていないのだろう。
ただ、人気者がステージの上で歌い、流行っている曲にノる。その空気感を楽しんでいるだけだ。
ここに、きっと本物はないのだろう。
虚飾で彩られた舌ざわりのいいウソだけを味わっている。
私は、『こんなもの』の中に入るために努力していたのかな。
霧島のバンドは二、三曲と演奏を続ける。
どれも流行りの曲ばかりだ。ちゃんとしていて、まるでCDで聞いているみたいに正確な演奏だった。
予定していた曲を終え、「ありがとーう!」とお決まりのフレーズを叫んだ。
すると、客席から、手拍子が巻き起こる。
アンコールだ。
しかし、私はすぐに気が付く。
アンコールの手拍子を始めたのは、霧島と仲のいい女子数名のグループだ。クラスTシャツの裾を絞ったり頬にチープなペイントを描いたり、春藤祭を大いに楽しんだ格好で、キャッキャッとはしゃぎながら、何がそんなに楽しいのか、アンコールを催促する。
すると、周りの生徒達もそれにつられるかのように、アンコールの渦が巻き起こる。
流されるままに、会場の全員がアンコールの手拍子を打つ。
「ったくしょうがねぇな~。んじゃ、もう一曲だけやっちゃいます!」
と、初めから決めていたくせに、追加の曲を演奏し始める。
「馬鹿な、既にスケジュール押しているぞ!?」
ひとり、生徒会長だけがテンパっていた。




