第二十三話「祭りの喧噪」
春藤祭当日。
俺はあらかじめ決めていた段取りをクラスメイト達に伝える。
もう一人の実行委員である神宮寺サラは、あの日以来、結局一度も教室に現れなかった。
俺の発言なんて誰も聞き入れないんじゃないかと危惧したが、クラスメイト達は意外にも俺の指示に素直に従った。
「朽林、手伝うよ」
柊木和希が無表情で申し出た。
おそらく、神宮寺サラが不在の状況を見て、俺一人ではさすがに心許なかったのだろう。
お互い、サラに対する美野を始めとしたカーストトップ勢の態度への憤りと、サラ自身の気持ちを想像する悲哀のような感情が入り混じり、どんな顔をするのが相応しいのかわからなくなっている。
「すまん。助かる」
俺たちは、それ以上余計な言葉を交わすことなく、作業に取り掛かる。
教室に残り、接客に当たる生徒と、ポットでお湯を分かし紅茶を入れる生徒、あらかじめ焼いたクッキーを配膳する生徒の三種類に分かれる。人数を数え、手が余るようなら他を手伝うよう指示をする役割が必要で、柊木にそれを依頼した。
俺は改めて、教室を見回す。
完成した教室は、普段の日常の気配がすっかり消え去り、立派なカフェに生まれ変わっていた。
壁一面にはレンガ調のペイントを施した段ボール壁が並び、角や凹凸がありハリボテを立てるのが難しい場所は橙色の布をかぶせてしまった。
窓枠も、図書室で見つけた世界の建築物の資料写真集を参考に、飾り付けられている。
美術部の生徒を中心にデザインを作り、それをA4サイズのパーツに収める。あとはカラーコピーをしてしまい、切り抜いてマスキングテープで張り付けた。急ごしらえだが、至近距離で見ない限りは紙だとは気づかない。
テーブルは教室の机を四つ突き合わせて、上から大きなテーブルクロスで覆った。足が見えると、教室感が出てしまうので、ホテルの大広間にあるような、すっぽりと足まで覆い隠せるサイズのクロスを作った。
ちょっと場違いかもしれないが、足が見えるよりは断然いい。
廊下に出た側の壁もレンガ壁を貼り、ツル植物の絵を追加で描いてもらった。その上に、看板風の段ボールに筆記体のローマ字で、『ブリティッシュカフェ』と描いてある。
神宮寺サラが、全面プロデュースの店は、しかし当の本人が目にすることはなかった。
*
模擬店の店番は、あらかじめ決めたシフト表に従ってこなすことになっている。しかし、俺とサラは実行委員として店番は免除となっていた。
俺は開店と同時にお客の生徒達が模擬店に入ってくるのと同時に、教室からするりと抜けだした。
柊木が制作したエプロンドレスは、ひらりと裾が広がっているが腰辺りでキュッと絞られており、制服のブレザーの上から身に着けると本格メイド服のように見え、可愛らしいと男女ともから好評だった。
そんなこともあり、女子のエプロン姿目当ての生徒もいて結構な人数が訪れていた。
そしてなりより、クッキーと紅茶のクオリティが高いと噂になっているらしい。
後でスパコンが教えてくれたことだが、生徒間のSNSじゃ、常にトレンド上位にいたとかなんとか。
模擬店である喫茶店は盛況。サラのプロデュース能力は本物だった。
しかし、当の本人がその光景を見ることはないのが、心から残念に思う。
「なあ、本番まで模擬店巡りでもしようぜ」
スパコンが腹をすかせたのか、提案してくる。
「そうだな。本番は午後、リハは十二時頃からだから、少し時間をつぶすか」
俺はスパコンの提案に乗り、祭りで浮つき騒がしい廊下を踏み出した。
廊下は、クラスTシャツを身に着けた一団や、客引きなのかコスプレや仮装をした生徒も多く、祭りのカオスな雰囲気に満ちていた。
誰もかれも笑顔でワイワイ騒いでいる。
もちろん、俺たちみたいな陰の奴等も沢山いるだろうが、こういう時はなぜか視界に入らない。
この祭りの喧噪のどこかに、サラは居るのだろうか。
俺は昨晩、ほぼ徹夜で作詞を行った。
俺が初めて作った曲『river side moon』。
曲のイメージは、俺の音楽的原点ともいえる、川辺でのアキラさんとの出来事だ。しかし、この曲にはまだ歌詞が付いていなかった。
というのも、歌詞を決めかねていたといってもいい。
ジョニーが言っていた、この曲は大事にしろという言葉は、いつしか俺には重荷のようになっていた。単純な気持ちで歌詞を決めることができずにいた。
だが、昨晩の俺は不思議なほどすらすらと言葉が思い浮かんだ。
思いつくとか、考え出すというよりも、自然と書くべき言葉が決まっていたのに気づいたのかもしれない。
音楽に向き合い始めたこの一年間。
そして、神宮寺サラと関わり始めたこの一か月。
ただ振り返りさえすれば、歌詞は出来上がっていた。
あとは、誰に何を伝えたいか、だったか。
その相手も、伝えるべき言葉も見つけた。そして演奏の技術も身に着けた。
ライブに挑む準備は出来上がった。




