第二十二話「だから、見に来てくれよ。俺たちのライブ」
俺は頭の中で、神宮寺サラのこと。俺との関係のこと。そして、俺自身のことを思考した。
神宮寺サラはきっと、理想が高いのだろう。悪く言えば、プライドが高いと言えるかもしれない。
ひたすらに、トップであり続けることを望んでいたのだ。
それが、彼女自身が自分であるための、周りから傷つけられないための手段でもあったのだろう。
だからこそ、金色の髪にこだわりを持っていたんだ。
そして、周囲に近づいてくる人たちを仲間として受け入れているように見えたが、現実それは違っていた。
自分の後ろをついてくるように従えて、自分を着飾る装飾品をのように携えていただけの人間関係だった。
周りの人間たちは神宮寺サラの輝きをあやかりたくて、より大きな光に自分の光を重ねて大きく見せるような浅ましさしかない連中だった。
そんな上辺だけのトモダチには信頼や繋がりなんてものはなく、サラの輝きがハリボテのまがい物だと決めつけるや否や、あっという間に離れていった。
あまつさえ、勝手に依存して寄っていただけの分際でサラを傷つけてよいものとみなし、罵倒し口々に攻撃した。
神宮寺サラの自業自得にも見えるかもしれない。
彼女が誠実に彼らと付き合っていなかったのだとしたら、当然の報いと言われても仕方がない。
だが、それでも。
彼女の努力は偽りだったのだろうか。
彼女の本質は、外見だけだったのだろうか。
そして何より、彼女が誰かに傷つけられてもよい理由などあるのだろうか。
人は目を背けたがる生き物だ。
嫌なもの、汚いもの、不愉快なもの。いろいろなものから目を背けてしまう。
それは他人を見ている時でも、自分自身の本質を他人の中に見つけてしまう時がある。
あの人は自分よりも数倍優れている。自分にできないことを簡単にやってしまう。自分にない魅力をたくさん持っている。そうなるための努力を必死にやっている。
時として、それは嫌なものとして目に映ってしまう。
目を背けたくても、強い光は目に入る。目をつむっても、瞼越しにわかるくらい輝いている。
そんな時は。
輝きに蓋をしようとしてしまう。光り輝くものに泥を塗り、傷をつけて荒らしてしまえば、輝きを見なくても済む。
努力して勉強する人をガリ勉と言って冷やかしたり、ひたむきに理想像を追い求めている人をナルシストと揶揄したり、自己顕示をしている人を痛いヤツ呼ばわりしたりして、馬鹿にする風潮は世の中にも一定数あると思う。
出る杭は打たれるとはよくいうものだ。
打たれてへこむ杭なら出ないほうがマシ。そう思って、周りから飛び出さないように頭を引っ込める人も多いだろう。
過去の俺が、まさにそうだったのかもしれない。
でも、ちょっとやそっと打たれたくらいじゃ引っ込まない杭もある。
打たれて折れ曲がってもなお、より強くなって飛び出してくる杭もある。
強い輝きは、少しの傷ぐらいじゃ、失われたりはしないと、俺は思う。
その傷もまた、個性なんだと言ってしまえばいい。
たとえ一人じゃ輝けなくても、ステージのスポットライトを浴びれば光を放つことができるかもしれない。
か細い声じゃ伝わらなくても、ボリュームのつまみを右端まで回せば遠くまで届くかもしれない。
信じあえる仲間とリズムを合わせれば、大きなグルーヴを生み出せるかもしれない。
サラの悲痛な叫びの答えになっているかわからない。
それでも、俺は口を開いた。
「ノケモノ、だからだろ。俺もお前も。どうしようもない個性とか見た目とか、性格とか考え方とかのせいで、社会や集団の中、いわゆる『みんな』とやらには馴染めなくて、はじき出されちまった除け者なんだ。……でも、俺の憧れたロックスターたちは、全員ノケモノなんだ」
俺は言う。
これまで語ってきた、ロックスター偉人伝の様に、天才的ミュージシャンと社会不適合者は紙一重だった。
彼らは到底、真面目な社会人になれそうもないような連中ばかりだ。
それでも、彼らは人々を魅了してやまない。
孤独は、悪いことじゃないんだ。
『みんな』の中に居ることだけが、青春じゃないんだ。
ノケモノの俺たちは、俺たちなりの生き方がある。
アキラさんや、スパコンや、ランボーや、ジョニーや。なんなら霧島もきっかけの一つに数えてやってもいい。
そして、神宮寺サラとのこれまでの日々が、俺にそう教えてくれた。
「ステージに上がれる奴らは、社会じゃマトモにやっていけないような、ロクデナシのノケモノしかいないんだ。舞台の上に立って、スポットライトを浴びて、人々の歓声を全身で受け止めて、世界に向けてメッセージを放てる。そんな奴は普通の人間でも、空気を読むのがうまい奴でも、クラスの中心人物でもない」
「自分をうまく周囲に合わせられなくて、もがいて、苦しんで、傷ついて。恥ずかしい自分自身の本性と向き合って、それを作品という形になんとか仕上げて、大勢のライバルたちと勝負して。苦難と挑戦をしたノケモノだけがステージの上に立てるんだって俺は思う」
「笑うやつらもいるさ。現実を見ろって。才能やセンスはお前なんかにはないんだって。でも、俺はそんな奴らの仲間に入れてもらいたいわけじゃない。自分の事や他の人間のことを知ろうともせず嘲り笑う連中なんか、無視しちまえばいいんだ。ステージの上に立った自分に声援をくれる人が一人でもいるなら、そいつのためだけに演ればいい」
「だから、見に来てくれよ。俺たちのライブ」
そういって、俺は部屋を出た。
背後から返事はなく、風の音だけが聞こえた。
*
俺は、視聴覚室を出た後、すぐにスマホでメッセージを二人に向けて送った。
『頼みがある。あの曲を、本番でやらせてくれ』
短いメッセージには、すぐにリアクションがあった。
『ファッ!?』
『驚き、桃の木、この木何の木、気になる木』
二人は、それぞれ独特な驚きを表現する。
そうした後に、ランボーから質問が来る。
『でも、オレはまだ歌いながら弾けないけど……』
その問いに、俺は返信をする。
『俺が歌う』




