第二十話「都落ち」
翌日、春藤祭の準備がピークを迎えた教室で、俺の嫌な予感は的中してしまう。
この日の午後、既に授業はなくなり教室は、春藤祭の準備一色だ。
この日はまず、机を廊下へ搬出させたりと作業が行われるはずだった。
しかし、教室内は春藤祭の準備とは異なる騒めきを見せている。
クラスの数人がザワザワ騒ぎ、教室の黒板に文字を書き始めた。
教室の黒板には大きな文字で、「神宮寺サラはニセモノ女」とか、「ウソツキクソビッチ」など、これ以上は口に出したくもない罵詈雑言が書かれていた。
どうやら、クラスのSNSグループ内に、昨日の出来事が拡散され、嘘も真も関係ない謂れのないうわさや悪口がサラに集中し、本来なら関係のないはずの別クラスの日和見野郎共も加勢してサラを攻撃しているようだった。
黒板以上のサラを蔑む言葉が、ネット上に飛び交っているらしい。
俺はクラスのSNS関係にはつながっていないので知る由もないのは不幸中の幸いなのだろうか。
その、サラ大炎上のきっかけとなったのは、霧島翔斗の発言らしい。
彼がSNS上に投降した、一つの言葉がきっかけとなり、騒動に火が付いた。
「サラは俺らを裏切ってた。あの髪は偽物」
その言葉を皮切りに、美野夏海やこれまで彼女の友人としてふるまっていた取り巻きも、一斉に風向きを変えた。
昨日の出来事の詳細や、実際は違うのに万引き常習犯であるとか、髪を染めていたのは中年男性と関わりを持つ小遣い稼ぎのためとか、不愉快な嘘まで投稿され始めてた。
女王を失った群衆は、霧島を中心とする一個の軍隊となり、サラを攻撃し続けている。
もしかしたら。
これは想像でしかないが、美野夏海やその取り巻きはサラのことを本当は友達として思っていなかったのかもしれない。
こんな苦境になったとき、理屈を抜きにしてでも仲間でいてくれるのが、友達ではないだろうか。
クラスで影響力のある人物が馬鹿にしている人物は、俺たち私たちも馬鹿にしていい。
そんなクソ喰らえな風潮。
過去に、俺もその一波を受けたことがある。
ただし、今回は俺とは事情が少し違う。
俺はあくまで平凡なクラスメイトAだったわけで、何もステータスが決まっていない状態からのレッテル貼りがされたわけだが、サラの場合はスクールカーストトップの超有名人だ。
しかも、彼女を有名人たらしめる大きな要因でもあったイギリス人ハーフの象徴でもある長い金髪が、実は偽物だったとなれば、その落差は相当なものになる。
都落ちだ。
俺はそんな言葉が思いついてしまう自分に、自己嫌悪の念を抱いた。
当事者であるサラは、呆然と黒板の前に立ち、その文字を見ている。
そんな本人をよそに、クラスメイト達の口論が聞こえる。
「だってさぁ、悪いのはあっちだよねぇ」
美野夏海の甲高い声が響く。
「だからって、こういうやり方は無いよ」
珍しく、柊木和希が語気を荒げる。
しかし、美野は爪を眺めながら、適当にあしらう。
「染髪は校則違反でしょ? それに、うちらをずっと騙してたわけじゃん。悪はどっちって話でしょ」
「悪って……」
絶句する柊木に、周囲も非難の視線を浴びせる。
「むしろうちらが正義じゃん。校則違反や友達を裏切るヤツを裁いてるんだから」
勝ち誇る美野に、もはや何を言っても無駄なようだった。
柊木和希は、言葉を無くしその場に立つすくむ。
周りには、そんな様子を面白がる群衆。
俺は腹の底から不快なマグマが噴出するかのような気持ちで、もう見ていられなかった。
「おい、消そうぜ」
スパコンに言うと「お、おう」とビビりながらも賛同してくれた。
実際には、柊木をはじめ黒板の文字についてはやりすぎと思っている生徒も当然いたようだ。
だが、彼らも大っぴらにサラの味方をすれば、巻き込まれで自分たちもターゲットにされるかもしれない。
そんな恐怖から、傍観をするしかできないようだった。
俺は、別に傍観者を責める気はない。
だから、黒板の文字を消せるのは、俺のようなカーストから摘まみだされた部外者しかいないと思った。
黒板の文字を消している間、特に誰も何も言ってこなかった。
声の大きい美野夏海も特に俺たちにはなんの感慨もないようだ。
おそらく、サラにこの文字をぶつけた時点で満足していたのだろう。
俺は無心でチョークの粉を黒板消しでそぎ落としながら、頭の中を少しずつ冷静に戻そうと努力していた。
後ろから、サラが教室を去る小さな足音が聞こえた。




