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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第一章「river side moon」

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第十九話「言葉の礫」

 翌日、霧島からどんな報復があったものかと怯えながら授業を受けていたが、昼休みを過ぎても結局なんの音沙汰もなかった。

 嵐の前の静けさのような不気味なほど、普通の一日である。

 被害者ともいえる神宮寺サラも、特に普段と変わらない振る舞いをしていた。

 ただし、今日の放課後の実行委員会業務に、サラは『用事がある。業務は頼む』とのメッセージを一言くれたのみで、早々に教室から姿を消した。

 俺は、確かに春藤祭の準備の締めとして、費用清算の書類などを作らなければならなかったのだが、今はバンドの方を優先したい。

 業務をさぼり、練習に繰り出すこととした。





 繁華街にある音楽スタジオの一室で、俺たちは練習に励んでいた。本番、春藤祭は三日後。

 ジョニーの助言により、いつものスタジオ『しろっぷ』ではなく、繫華街の方、つまり俺が最初に霧島に連れられて行ったスタジオで練習している。しろっぷの機材は年期が入っており、本番を想定した音作りのためにはこちらのスタジオの方が適正だ。


「ウォッシャア! 気合入れてプレみそ特盛ニンニクマシマシ喰らってきたぜェ!」

 香ばしい匂いを放つランボーのボーカルに、俺たちは渋面を浮かべながらも、練習に打ち込んだ。

 次第に俺たちのボルテージが上がっているのを感じる。練習の演奏にも緊張感が生まれていた。


「やっぱり、完成度でいえば俺のオリジナル曲はまだ披露する段階にないな」

 俺たちは本番を意識して演奏練習を行っているが、既存曲を中心にセットリストを組み立てた方が安定して聞こえた。

 しかも、オリジナル曲の歌詞はまだ固まっていなく、適当な英詩の羅列でしかない。

「せやな。ランボーのギターは歌いながらじゃ聞くに堪えねぇ」

「まかせろォ、気合でなんとかできらぁ!」

 いや、気合でどうこうできる状況でもない。

「無理せず行こう。演奏するチャンスはこの先いくらでもあるんだ」

 焦って披露し、失敗するわけにもいかない。

 この曲は大事にしたいんだ。

 一応、二人には音源を渡してあるので練習はしてくれているようだが、今回のライブでは見送ることにした。

「さあ、もう一曲通そうぜ」

 俺たちは楽器を構え、練習を再開する。


「ゲフッ!!」

 

 そんな真剣な空気だって言うのに、ランボーは歌い出しから盛大なゲップをかましやがった。

 エアロスミスの『イートザリッチ』の最後みたいなやつね。


「おい、真面目にやれよラーメンマン」

 スパコンは突っ込むが、当のランボーはその場にうずくまってしまった。

「……スマン、お腹痛い。喰いすぎた」

 俺たちは、深くため息をついた。





 ドラックストアである『マツタケシメジ』の店内には、色とりどりのポップが並び、薬品や日用品などが並んでいた。

 『藤岡屋、』のプレミアムみそトンコツをかっ喰らいすぎたランボーの胃薬を買うため、俺とスパコンは店内をぐるぐるしていた。


 なんかこう、普段ドラッグストアで買い物とかしないから、どこに何があるかわからんよね。


「この辺は女性向けの化粧品とかか……もう素直に店員に聞いた方がよくねぇ?」

 スパコンはそう言うが、忙しそうな店員さんに声をかけるのは少し勇気がいる。

 決して、声をかけるのが恥ずかしいわけではないからなっ。


「確かに、もう埒が明かないな……ん?」

 店員を探して目を配らせたとき、目の前の棚を漁る人物に目が行った。


 その女性は、大きなキャップを目深にかぶり、大きなサングラスとマスクをしていた。

 パーカーを羽織っているが、スカートはうちの学校の制服であり、キャップからわずかにはみ出す髪の毛は鮮やかな金色。


「もしかして、神宮寺か?」

 俺は、思ったことが口から出ていた。

 ギョッと驚いた仕草の女性。ずり落ちたサングラスから覗く顔は、まさしく神宮寺サラだった。

 棚から手に取った箱を、キュッと隠すように抱え込む。


「あー、悪い。お前もいなかったし、本番も近いからバンドの練習を……」

 言いつけられていた春藤祭の業務をさぼった俺は歯切れ悪く言い訳を試みたが、聞きもせずサラは踵を返し店内入り口側へ、逃げ出していた。


「なんだぁ? あれ。神氏だったよなぁ?」

 スパコンは疑問符を浮かべる。俺もその様子に呆気にとられる。

 確かに、俺とサラは直近の色々な件で若干気まずい雰囲気があるが、そんな逃げ出すほどのことか?


 そこでふと、サラが手を伸ばしていた棚に目線が行く。女性向けのヘアカラー材が並んでいる。ファッション向けのブリーチ剤などがある。

 わずかな疑問譜を頭に残し、俺は何事もなくその場を去ろうとした。


 その時、店内入口側から、大きな声で雑談をする賑やかな声が聞こえてきた。

 振り向くと、ギターやベースのケースを担いだ四、五人の青年たちが入ってきたところだった。

「ゲッ、霧島氏らだ。隠れようぜ」

 スパコンは天敵を目にした草食動物のように、棚の間に身を隠す。


 体積はデカいくせに、機敏な身のこなしだ。完全に喰われるものの立場が身に染みていて、見ているこっちまで悲しくなってくる。

 ここは繁華街のど真ん中にあるドラッグストアだ。

 練習の前後に立ち寄るのにちょうどよい場所でもある。本番も近いので、霧島たちがあのスタジオで練習をしていても不思議ではない。

 

「あれっ。サラじゃん? 何してんの?」

 店内に響く女子の声。普段はサラの取り巻きをやっている女子、美野の声だ。彼女はバンドメンバーではないだろうが、今日は霧島たちと居たらしい。

「あ、ああ……」

 俺から逃亡を図ったサラは、レジの手前で霧島たちとバッティングしていた。


 サラは逃げ出そうとするが、別の男子が「ちょまって、今なんか隠したくね?」と余計なことをいう。

「ちょっとまさか万引き? やめなって」

 美野夏海は、気を使っているのか、からかっているのかよくわからない声音で続ける。

 その間、霧島はムスッとした表情で何も言わない。


「違う、違うの……」

「ちょっと出してみ」

 男子が、歩み寄ってサラの腕を掴む。

 その拍子に、握っていた箱が手から零れ落ちた。


 床に転がる手のひら大の箱。パッケージには髪の長い女性が描かれている。それは、ブリーチ剤の箱だった。

 女子が、髪の毛を金色に染めるための商品である。


 それを、そこまでは無表情でグループの後方に突っ立って黙っていた霧島が見つけた時、あの猛禽類のような表情に切り替わった。

 獲物を見つけた、肉食獣の表情に。

「……マジかよ。ウケるわ。マジで」

 霧島の声。


「は? これどういうこと?」

「だって、サラ。それ地毛っていってたじゃん」

「つか、校則違反じゃね? こういうの買うのってさ」


 霧島グループの面々は、口々につぶやく。

 サラは何も言わず、その場に膝から崩れ落ちた。

 帽子を目深にかぶり、サングラスとパーカーを羽織った姿の彼女は、まるで裁判で糾弾されている罪人のように言葉の礫を浴びせられているのだった。


「な、なぁ。なんなん? この状況」

 スパコンは混乱しながらも、「お前助けに行ったほうがよくね?」というニュアンスを含めて俺の肩をたたく。

 そこで、俺はようやく我に返る。


「ねぇ、ちょっと聞いてるの? どういうことなのさこれ」

 美野夏海がサラに食い下がる。

 相変わらず怒っているのか、からかっているのか曖昧な声音だ。


 ちょっとした騒ぎになる店内に、さすがの店員も怪訝そうな顔で歩み寄ってきた。

 このままでは、まずい。

 直観でそう思った俺は、どうするのが正解かもよくわからないまま行動を起こした。


「あのー、すいません。胃薬はどの辺ですかー!?」


 店内に響き渡るほどの大声を張り上げる。

 サラ達の騒動に歩み寄っていた店員も、びっくり顔で俺を見る。

 それにつられて、霧島グループの面々も、俺のほうを見る。店内にいる人間が、俺を奇異な視線で見つめた。


 その一瞬の間に、サラは立ち上がり、そのまま走り出した。

 サラが落とした商品は、美野夏海が握っている。

 店員は「あれっ?」という虚を突かれた声のまま、俺とサラの後ろ姿を交互に見つめ、彼女は手に何も持っていないことを認めるとしずしずと俺のほうへ来るのだった。


 霧島グループの取り巻きは、何事かしきりに喋っていたが、俺は聞こえぬふりのまま店員に導かれ胃薬のある棚へと向かう。

 正直、俺は霧島の顔を見る気になれず、視線を床に向けていた。

 

 何か見てはいけない物を見てしまったような、暗雲たる気持ちが胸の中に広がった。

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