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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第一章「river side moon」

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第十八話「別に恋人として見たことなんて」

 春藤祭の準備が佳境を迎えるにつれ、俺たちのバンドの本番が近づいていることも意味する。

 企画書の提出も終え、今週末にはいよいよ本番となる。


 昨日の夜の学校の一件は、特に誰からも咎められなかった。先生方にはバレていないらしい。

 サラはというものの、表面上はいつもと変わらぬ女王然としていたが、これまでの日々に見られた彼女の本心ともいえる無邪気な少女のような様相は一切見えず、最初の頃に戻ったような硬さがあった。

 それでも、実行委員の役割は二人そろって、律儀にこなす。


 実行委員の役割をこなした後には、時間が許す限りスタジオに籠り、演奏の練習に励むことになる。

 今日も、夕刻にスパコン、ランボーと連れ立って街へ向かう。


「あ、やべぇ。財布を教室の机の中に入れっぱなしだ」

 俺は、妙にスカスカするポケットに気が付いた。

 やれやれ、今度は俺が忘れ物か。

「いいだろ別に。どうせ大した額入ってないんだろ」

 スパコンはひどいことを言うが、さすがに高校生の身には数千円でもお小遣いが入った財布を無くすのは惜しい。

「すまん、先行っててくれ」

「おう、ダッシュだ! クチナシ!」

 ランボーは熱血漢のように言い、二人を先に行かせ、俺は教室へ引き返した。





 学校は既に完全下校時間を過ぎており、人気は少ない。

 誰もいない廊下を疾走し、一目散に教室を目指す。一分一秒でも、練習時間を無駄には出来ない。


 教室のドアに、手をかけようとしたところで、中から話し声が聞こえる。太くハリのある声だ。

「なあ、サラ。昨日の夜何してたん? メッセ送っても全然返事なかったし」

「え、ああ。企画書仕上げてて、集中してたから」

「ふーん」

 男女の話し声。その声から、会話の主は想像できた。

 どうやら、教室内には二人だけらしい。 

 しれーっと入ったら財布回収ぐらいできるかな。


「なぁ、サラ。お前彼氏とかいねーだろ」

「ハァ? 何よ急に。それがどうかしたの」

 その会話の内容を聞き、俺の動作はピタリと止まる。


「いいや? なんか最近のお前変わったよな。なんか好きなやつとかいんの?」

「別にそういうのは無いし。私は忙しいのよ。それに、私が恋をするにふさわしい男が居ないっていうか……てか、そういう翔斗はカノジョいんの?」

 サラは、馬鹿にされていると思ったのか、声の主、霧島に問いただす。


 だが、俺はこの空気感のヤバさを直感的に理解した。

 放課後の夕日がさす教室。霧島から切り出す交際相手の有無の確認。


 思い返せば、行く先々でサラと居る現場では決まって霧島と遭遇した。

 あいつは割と積極的にサラに関わっているようにも思えた。

 本当なら、財布のことは一旦諦め、引き返して逃げるべきだ。

 だが、俺は体が固まっていた。

 少し、このやり取りの先が気になってしまったのもある。


「居ないよ」

「ほら、翔斗も同じじゃん」

 勝ち誇ったように言うサラに、霧島は冷静に続ける。


「じゃあさ、俺のカノジョにしてやろうか?」

「……ハァ?」

 空気が一瞬で変異したことを、ドア越しの俺でも感じ取れる。


「だからさ、俺のカノジョにしてやるって言ってんの。聞こえなかった?」

「ば、馬鹿じゃないの……そういう意味じゃないし」

「おいおい、俺から言うなんて、マジで人生初なんですけど。な、おい。そういうことだからさ……」

「いや、意味わかんないし! 私は別に翔斗のこと好きとかじゃないから」

 そう言い放つと、教室の中の空気がまた別の様相へ変わった気がした。


「あ……? ごめん聞こえなかったわ。どういうこと?」

「だから、翔斗みたいなやつ好きじゃないって。友達としてツルむのはいいけどさ、別に恋人として見たことなんて一度もないし、チャラチャラした男ってそもそも趣味じゃないんだって」

「はーん……そういうことね。断るんだ」

「そうよ」

 そこでしばし、逡巡するような間が開いた。


「もしかして、クチ男のこと好きなん?」

「ば、ハァ!? なんで今アレの名前が出てくんのよ!?」

「フーン、なんかアイツといるときのお前、俺らと居る時と違う表情をしてるから」

「そりゃそうでしょ。あんな変なヤツ見てたら顔も変わるって。こないだなんかも、ミュージシャンの変な話ばっかりしててさ、マジで笑うっていうか」

「うっせぇ。……聞きたくねえ。いいから来いよ」

 ガタッと音が鳴る。

 机を押しのけたような音に、俺は意識が戻る。


 やばい、そろそろ逃げないと。

 こんな話を盗み聞きしたとバレたら、とんでもないことになる。

 

 こっそり足を後ろへ向けようとしたとき、教室の中から「きゃっ、ちょっと、やめて……」という悲鳴にも似た声が聞こえ、またピタリと動きが止まる。


「いい加減にしろよ。俺の物にしてやるって言ってんだから素直になれって」

「馬鹿、あ、やめてッ!」

 ドン、と机を押し飛ばすような音がした。


 やっぱり、中に入って止めるべきだ。

 俺の体が教室に向きなおしたその時、目の前のドアが開いた。

 

 その光景は、スローモーションの様に長く感じた。

 目に涙を貯めたサラが、扉の前に立ち尽くしていた俺の姿に驚きながらも、飛び出してきた勢いのまま、俺の胸に収まる。

 俺の目線は、サラの金髪を超えた先にいる、教室内の霧島の目線とぶつかった。


 まさに獣のように、息を荒げて鬼のような形相でこちらを見ている。

 男の俺ですら、恐怖するそいつに、女の子は怯えないはずがない。


「どいてよッ!」

 わずか、数秒にも満たない間の後に、サラは俺の胸を突き飛ばした。

 俺は後ろによろけて、廊下の壁にもたれかかった。

 サラは、男共のことなど目もくれず、廊下を走り去る。


 残されたのは、獣のように暴走した霧島と盗み聞きを働いていた卑しい俺。

 ……ここで殺されてもおかしくない。

 妙な覚悟をした俺をよそに、霧島は何も言わず、俺には目もくれず廊下に歩み出し、サラとは逆方向に向かって進んだ。

 どうやら、フラれて傷心している気持ちもあるらしく、俺を咎めることとか、サラを追いかけようとかそういう気はないらしい。


 最後に残された俺は、結局財布を取りに来たという本来の目的を忘れ、すごすごとその場を立ち去った。

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