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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第五章「Let's go, catch the midnight star」

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第百二十四話「開幕前夜」


『アリサは最近朽林と会ってる?』


 カズキからのメッセにスマホの画面が光り、通知アイコンにはそのような文字が並んだ。


「会ってないよ」

「なんで?」


 アタシは手に持つアコギを腕で抱き抱え、スマホに返信を打ち込む。


 あの夏まつりの日から一週間ほどが過ぎ去っていた。

 ここ最近は『Umu』の活動予定も無く、アタシは一人河川敷で弾き語りを行っていた。

 夏の日差しの増すこの頃も、過ぎ去る人々がアタシの演奏を聴いて足を止めることはなかった。


『彼ら、学校の夏期講習に来てなくて』

『自宅に連絡しても音信不通らしいんだ』

『大丈夫かなって』


 カズキたちの学校は、夏休みに夏期講習があるらしい。

 出席日数には関係ない自主参加制らしいが、出席を取っては来なかった生徒に連絡をするという。

 生徒の夏休みという建前と受験合格率を上げたい学校の本音が垣間見える。


「まあ、大丈夫なんじゃない?」

「と、失踪経験者は語る」


 心配そうなカズキに、アタシは適当に返事をする。


『確かに』

『きっと今頃、時間も忘れて音楽を鳴らしまくってるんだろうね』


 カズキもそこまで深刻に心配はしていないのか、そんな返事と共にスタンプが送られてくる。


 アタシはスマホを仕舞うと、再びギターを構えた。

 アタシは一人、弾き語りで演奏をする。

 きっと、大丈夫……だよね。


 アタシは耳に残るメロディを振り払うかの様に、闇雲にギターをかき鳴らした。



「あ、柊木さん。なんか久しぶりだね」

 私は、学校の廊下で見かけた昨年までのクラスメイトを見つけ、話しかける。

 向こうも私に気がつき、片手をあげて挨拶をしながら近づいてきた。


「神宮寺さん、お疲れ。今日は調べ物かなにか? 最近はもう留学の準備で忙しいんでしょ?」

「そうそう、もう学校にもあんまり来てないし。どう? バンドの方は今も順調?」

 私は、目前に迫った留学の準備のため、夏期講習は受けないことを学校に伝えていた。

 今日は転入に関する書類作成の関係で登校しただけだったのだが、ちょうど柊木さんの下校と重なったようだ。


「うん。まあね。ちょっと色々あったりもするけど、順調だよ」

 柊木さんは、相変わらずフラットな受け答えをする。

 しかし、その後に少し迷うかのように視線を泳がせて、おずおずと尋ねてきた。

「ねえ、神宮寺さんは……」

「うん?」

「神宮寺さんは、留学することで、みんなと離れ離れになるのが、怖くはないの?」

 柊木さんは、もう今日この瞬間しか聞くことができないと思ったのだろう。

 ずっと溜め込んでいたような質問をくれた。 


「……もちろん、怖いよ」

「……だよね、ごめんなさい」

 私の答えに、申し訳なさそうに目を伏せる。


「いいの。別に謝らなくても。側から見れば急な決断だったし、薄情に見えるのも分かるし」

 私の言葉に、柊木さんは首を振り否定しようとする。

 本当に、この子は人の気持ちにいい距離感で付き合ってくれる良い子だと思う。

 

「でも、それ以上に、私は決意したの」

 私は、彼女に喋る間を与えない程のテンポで、そう告げる。


「このまま、なんとなくの成り行きで、夢を追うみんなに付き従うのもいい。なんなら、そのためにサポートしたいって思うくらいだった」

 私はこれまでの一年間を振り返り、改めて自分の覚悟を伝える。

「でも、どこかで置いて行かれているような寂寥感?も感じてて」


「私は、柊木さんや優木さんのようにステージには立てないから。だけど、私は彼とは対等でいたい、並び立っていたいって思った」


「私はもうとっくにノケモノだから。だから、寄りかかるんじゃなくて、並び立つ。そのためには、私自身も何かを成し遂げる志しを持つ者にならなきゃいけない、そう成りたいんだって決断したの」


「まだ具体的な目標を掲げられていないんだけど。でもいつか、私は人とは違う事を重く悩む人たちに寄り添うような活動ができたらいいなと思う。それがどんな活動なのか、見極めたい。……もしかしたら、創作活動の中にそれがあるのかも、なんて思ったりもしているの」

 ただのボランティア活動や、慈善活動では無い。

 もっと、困っている人たちの心にそっと寄り添えるのは、もしかしたら音楽のようなエンターテイメントの中にあるのかもしれない。

 私自身が、そうだったから。

 その経験を、生かしていきたい。


「うん、わかった。私も陰ながら応援しているね。時々帰国したら、いろいろ話を聞かせてよ。……そういえば、RISE・ALIVEは見られるんだよね?」

「もちろん、最後まで見届けないとね。あいつと賭けをしたんだし」


「賭け?」

「そう。まあ、一方的に向こうからふっかけてきたんだけどね」


 私は、そうは言うけれど賭けの内容は彼女には話さなかった。

 柊木さんはこういう時の、もう少し積極性というか、他の人を気遣わないくらいわがままな瞬間があったら、色々違ったんじゃないかなと、勝手に思っている。


 クチナシから、一週間前に届いたメッセージ。

 それは一方的で、身勝手で。

 何を言いたいのか、全然わからないけれど。

 

『賭けをしよう。……俺たちが、絶対に優勝する』

『もし俺たちが、優勝した時は』


『ずっと、俺の音楽を聴いてくれ』


 気持ちだけは、伝わってくる。



 俺とスパコン、ランボーは実に一週間の間、地下に缶詰となっていた。

 最低限、親には連絡を残し一切の外部との連絡を絶っていた。


 ネクスト・サンライズ最終審査に向けて、特訓の日々である。

 練習時間を確保するために、一日中演奏ができる場所が必要だった。

 スタジオ「しろっぷ」も候補ではあったが、営業時間は夕刻頃までであり、夜間の音出しは出来ない。


 そこで、以前ジョニーの同窓会ライブを行ったライブハウス『JUST LIKE HEAVEN』のオーナー相川さんに頼み込み、ほぼ住み込み状態で練習させてもらえることになった。

 交換条件として、俺たちは営業時間をライブハウスの裏方として働き、それ以外の時間を自由に練習させてもらった。


「いいねー、青春だね。最初に会ったときと比べたらもうすっかり男の顔だわ」

 そんな俺たちを見ながら、相川さんはカウンターに両手で頬杖をつきながら言った。

「……お世話になりました」

 俺は身支度をしながらお礼を口にする。

 今日はついにRISE・ALIVE前日である。

 開幕前夜だ。

 ついに、明日が全ての集大成となる。


「いよいよだなァ。ワクワクするぜェ」

「世間がワイたちを讃えても、もう遅いって言ってやろうぜ」

「じゃあ、行ってきます」

 

 そうして、俺たちは光あふれる地上へと踏み出した。

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